7ー11 各国の思惑と戸惑い

 俺の新都市シタデレンスタッドへ希望者の移住を始めてから間もなく一年になる。

 俺の領内から移住した住民は二千名をわずかに超えたあたりだが、新天地を求めて他領から入植してきた者がおよそ八千人ほども居て、人口は一万人を超えるようになり、毎月数百人規模の移住者が入植しているのである。

 

 その人の流れの大きな原因は、やはり俺が領内で新たに興した生産業にあるだろう。

 カラミガランダ及びランドフルトでも、俺が考案したガラス工芸品、磁器、縫製業、日用衛生品製造業、酒造業等新規の生産業を始めようとする生産者には、各関係ギルドを通じて事業支援金の名目で資金貸付を行っていたのだが、シタデレンスタッドでは当該資金貸付とともに土地や生産関連機器の貸付までも手掛けていたので、起業を志す者や、従来の仕来りに拘らない自由な雰囲気を望む者たちが多数集まったのだ。


 そのためにシタデレンスタッドに開設するギルドには、その権限に制限を加えたのだった。

 もちろんリスクやデメリットばかりではギルドのような組織は動かない。


 ギルドにかける制限は二つ、収支状況の報告と判定魔道具のギルド員への定期的使用である。

 収支報告はギルドの経営状態をみるものであり、判定魔道具による定期的検査は闇属性魔法により付与された効果による重大違反の確認・摘発である。


 ギルドは往々にして国際的な組織のために国の管理から逃れて放漫な経営を成しているところもある。

 国または領主は余程のことがない限り、ギルド経営には口出しできない仕組みであった。


 従って、収支報告書はその一端を崩しかねないのでギルドはいずれも警戒したのだった。

 俺はギルドを支配するつもりはないが、健全な組織であるか否かを確認するためのものであり、そのために一定比率のギルド上納金の存在を認めている。


 しかしながら、その上納金の枠を超えた暴利を押し付ける行為や特定個人に対する利益誘導を規制することを狙ったものであった。

 その約状に従わない場合はギルドの進出を認めず、領主が立ち上げる官製の民営寄り合い所がその機能を成すことにしたのだった。


 当初はそんなものが役に立つかと高をくくっていたギルドだったが、官製の民営寄り合い所が実際に機能しだすと慌てふためいた。

 実際に有能な官吏が指導する民営寄り合い所は見事に機能し、逆にギルド員であった者が脱退してまでシタデレンスタッドに移住するようになると、将来的なギルドの立ち位置すら危うくなってきたので方針転換をせざるを得なかったのである。


 特になんだかんだ言ってもギルドは他者に寄生する組織であることに違いはなく、古参のギルドほど制限を嫌う。

 その中でも最も古参のギルドである妓女ぎじょギルド(別名遊女組合)が俺の勧誘に乗ってかなり多数の娼館を作り始めたことから、それまでためらっていた他のギルドも一気に進出を決めたのだった。


 この妓女ギルド商機を実によく見分けるギルドであり、採算が取れるとなれば戦場にさえギルド員を派遣するという猛者モサである。

 猛者と言いながら、そのトップも幹部たちも全員が妖艶な女性であるのだが、こと先を読む力は秀逸として他のギルドからもその動向を注視されている存在なのだ。


 その妓女ギルドが動いたとなると他のギルドが手をこまねいていては大きな利益の機会を失うことになる。

 そのためには多少の不利な条件でもものともせずに、先を争ってシタデレンスタッドに進出を始めたのであった。


 ◇◇◇◇


 その頃、ジェスタ王国国内で古代遺跡が発見され、飛空艇の遺物がジェスタ王家に献上された話は徐々に諸外国へ浸透して行った。

 オルテンシュタイン帝国皇帝は、ファンデンダルク卿へ恐れ故にジェスタ国へ手出しをすることを断念したが、帝国の軍人たちは必ずしも皇帝と同じ考えでは無かった。

 

 オルテンシュタインに報告された情報は、特段の機密扱いともしなかったために、帝国内の有力貴族たちにはかなり拡散していたのである。

 ジェスタ国の機密情報だからと言って、オルテンシュタイン国内でそのまま機密情報になるわけでは無い。


 むしろ噂話で貴族の間に広がることによって、国外へまで情報が拡散を始めたのである。

 関係各国は、友好国であれ、非友好国であれ、互いに軍事力で対峙している状況にあり、それゆえ一国の軍事力の増大や突出は頭の痛い問題なのである。

 

 従って、ジェスタ国に関する諜報戦が非常に重要視されるとともに、飛空艇や遺跡がどうなっているのかを探ろうとする動きが活発になるのは当然の成り行きだった。

 今やその噂の中心人物であるファンデンダルク卿の周囲は、密偵だらけという状態になっている。


 リューマも各国の疑心暗鬼を承知しているから、密偵達が不穏な行動に出ない限り放置している。

 しかしながら、遺跡に不用意に近づく者には容赦なく罰を与えているところだ。


 罰というのは、例によって、ダル・エグゾスの連中が全滅した魔境の中の洞窟へ送り込むことだ。

 黒龍であるアムールのテリトリーからは大分離れた場所であり、送り込んだ奴らがアムールに迷惑をかける心配はまずない。


 力づくで深く入り込めば、その者はいつしか姿を消すと言う謎めいた噂が各国の諜報員の中である程度浸透し、理解されると、次は外交戦術でファンデンダルク卿にによしみを通じようとするものが多数現れた。

 そのほとんどは商人という表看板を持っていた。


 リューマも領内での商業活動は禁止できないから、悪事を働かない限りはある意味で放置状態だ。

 商人の常として利益誘導を図るために盛んに賄賂を贈ってくるが、リューマは賄賂は受け取らない主義だ。


 自身が魔道具や薬の生産者でもあることから、互いに利益となる商売上の契約はしても、利益・不利益を額の多少で判断するつもりは無いからである。

 そうしたつかみどころのない年若い伯爵をある意味では奇異の目で見ている商人たちであり、密偵達である。


 金銭欲が無い。いや、欲がないわけでは無いが、既に豊富な資産を持っているから、金で動く男ではなさそうだ。

 次いで色の方はというと、正室以外に5人もの側室を抱え、更に二人ほど側室になる予定の者が居るという。


 正室は元ジェスタ国第二王女であり、側室で輿入れ予定の者にはエルフの王女もいるという。

 いずれの女達も美女であり、女に弱いのかというとそうでもないようだ。


 側室になった者の大半は正室であるジェスタ国元王女が、直々に選び抜いた者であり、伯爵はそれを受け入れただけで、そこに本人の意向はあまり見られないのである。

 まぁ、貴族社会でよくある派閥を維持するための方策として輿入れが利用されるが、どうも、その一環で側室を多数迎えているようだ。


 とある国の外交官が凄腕と言われる女を使って、たぶらかそうとしたが、伯爵には全く通じなかったようだ。

 今のところ伯爵の弱点は何だろうかと、各国諜報員の非公式会合でも話題になるぐらいである。


 そんな中で、じわりと流れ始めたドラゴン撃退の噂は、各国軍人の疑心暗鬼をより深めたのである。

 特にバーレン王国とデラコア宣侯国は隣り合っているゆえに対オルテンシュタイン帝国との関係で同盟関係にあるのだが、滅多に表面化しない隣国シュルツブルドにおける一連の国内動乱について、互いの情報を突き合せた結果、重大な疑惑があることを発見した。


 すなわちジェスタ国ファンデンダルク卿が非常に短い期間にジェスタとシュルツブルグの間を往復したという事実である。

 ジェスタ国からシュルツブルグに至る道筋は主として二つ。


 一つは、エシュラックからデラコアに入り、更にデラコアからバーレン王国に入って、シュルツブルグに入国するルートである。

 このルートは主要街道ルートであるため安全である。


 一方、もう一つのルートはエシュラックから山越えでバーレン王国に入るルートで、一応の道はあるが馬車を使えない急斜面の山道である。

 このルートは危険である上に、途中で休息できる宿場町が無いので余程の急ぎの場合しか利用されないルートなのである。


 これ以外に、デラコア、バーレン両国を経由せずに、他国を廻ってシュルツブルグに入る方法がないわけでは無いが、第一のルートを採った場合の倍以上の日数がかかることになる。

 現実には、ファンデンダルク卿のお屋敷で無礼を働いたエルフ貴族が第一のルートで強制的に帰国せしめられていたが、こちらは帰国までに凡そ三か月を要している。


 また、側室ながら輿入れする第二王女のために側仕えの侍女二名が護衛数名と共にジェスタ国に向かって旅立っているが、こちらも出立から三カ月以上を見込んでいる。

 にもかかわらず、ファンデンダルク卿は、ジェスタ国駐在の名誉領事に会見して二日後には、ユグドラシルの外宮に姿を現したらしい。


 そうして足掛け二日間シュルツブルグに滞在したことまでは、わかって居るが、其処から間もなく足取りが消え、第二王女と共にジェスタ国の王都に姿を現したのである。

 ジェスタ国を出発してから僅かに四日かそこいらでシュルツブルグとの間を往復するなどは絶対にありえない話なのである


 まして、デラコア、バーレン両国に入国した形跡が全く無いのである。

 通常の貴族が自国以外の地を訪れる場合は、外交儀礼として敵意の無いことを表明するためにも、入国許可を申請し、許可証を受理してから出立するものである。


 そのための往復書簡のやり取りもあって、ジェスタ国とシュルツブルドの間ならば、旅を思い立ってから目的地に到達するまで片道が半年ほどもかかってしまうのが普通なのである。

 しかるにその入国許可申請が無かったばかりか、入国した形跡すらないと言うのは明らかに異常である。


 密入国は犯罪であるが、入国した事実が証明できなければ犯罪とは言えない。

 では、如何にしてシュルツブルグへ行き、そうしてジェスタへ戻ることができたのか。


 空を飛ぶか、若しくは古代の大魔法と言われる転移の術以外にはあり得ないのではないだろうか。

 もしや、ファンデンダルク卿は既に飛空艇の秘密を解き明かし、飛空艇そのものを所持しているのではなかろうか。


 両国の外交官は密談の上でそのような疑惑にぶち当たったのである。

 古代の大魔法である転移の術は飛空艇と同じく神話と化している大魔法であり、五千年以上もの間、使用されていないのだ。


 いかにファンデンダルク卿であろうとも、いまだ20歳にもなっていない平民出身の若者がその秘法を知っているとは到底思えなかった。

 むしろ遺跡に在った飛空艇の秘密を解き明かし、飛空艇をみずから再生したからこそ短い期間でジェスタとシュルツブルグの間を往復できたと考える方がつじつまが合う。


 非常に確度の低い情報として、ユグドラシルがファンデンダルク卿と第二王女をジェスタ国から召喚し、所用が済んだので送還したとする噂がエルフの間で広まっているは両国とも承知していた。

 ユグドラシルがファンデンダルク卿を召喚したのは、非常に危険な魔物が誕生したことによりシュルツブルグ自体が危難にさらされそうになったので、飛蝗ひこう退治で実績のある希代の魔法師ファンデンダルク卿を呼んだのだとされている。


 実際問題として、シュルツブルグとその西方にある隣国ヌエル王国の国境付近で巨大な魔物が炎の大魔法で討伐されたという証拠があるようだ。

 その魔物退治の褒章として第二王女が側室に嫁ぐことになったという。


 また、それを決めたのはユグドラシルであって、第二王女は森の巫女としても選任されたようだ。

 エルフの王国は何かと秘匿したがるので、噂とは言え、ここまでの情報が伝わること自体が外交筋では驚きの目で見られているのであった。


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 7月20日、一部の字句修正を行いました。

  By @Sakura-shougen

 

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