7-8 帝国の次なる手

 俺は、アラミス・ベルギウム、元ダル・エグゾスの隊員だった男だ。

 一応、近衛部隊を退団して第一線は退いたものの、その諜報工作技術を買われて、皇帝直卒の裏組織である「影」を率いている。


 「影」のメンバーは、俺が近衛部隊を退職してから集めた者たちだが、近衛部隊のダル・エグゾスとは異なった視点から選り分け、育成した者たちだ。

 「影」は、近衛の規則に縛られないために自由に動けるのがメリットだ。


 皇帝若しくはその側近からの勅命を受けて行動するのだが、大枠の指示だけ受けて細かい部分は全てが俺の裁量に任されている。

 ダル・エグゾスの場合は、隊長を含む現場指揮官クラスが居り、更にその上に近衛師団長がいるから、計画立案の承認を含めてかなりの煩雑はんざつな事務手続きを必要とする。


 俺が近衛師団を辞めた理由の一つは、そういった堅苦しい手順を俺が嫌ったので、上から少々にらまれたということもある。

 但し、実績だけは生半可な隊員では及びもつかないほど上げていたから、皇帝及びその側近が俺の実力を認めてくれたのが幸いだった。


 皇帝お抱えの何でも屋というのが俺の率いる「影」の組織だ。

 合法であれ非合法であれ何でもやるし、痕跡を一切つかませないのが「影」の仕事振りなのだ。


 今回の指示は、どのような形であれ、ジェスタ国のファンデンダルク伯爵をこちらの言うがままの傀儡かいらいにせよということだ。

 まぁ、取り敢えずは三通りぐらいの方法があるだろうな。


 「影」のメンバーで「魅了」の異能を持つ女を潜り込ませる手。

 「影」のメンバーで闇魔法に優れた男を差し向け、ファンデンダルク卿を洗脳する手。


 最後に、ファンデンダルク卿の身内を人質にしてこちらの言うことを聞かせる手。

 いずれも長所と短所はあるが、これまで俺の配下は作戦ミスをしたことがない。


 今回は大事を取って、三通り全てで同時発動を狙ってみる。

 どれか一つでも成功すれば後はどうとでもなる。


 「影」のメンバーは最初から精鋭ぞろいであるがゆえに人数も少ない。

 俺を含めて総勢8名全員が出張って、今回の作戦に当たることになる。


 今回は不安要因にもなりかねない臨時雇いは一切使わない。

 現地の内情に詳しい者を雇うことは大きなメリットもあるが、往々にしてその動きが相手にばれることもあるのだ。


 30名からのダル・エグゾスがジェスタ国で行方不明になっている原因もそこら辺にあるのじゃないかと俺はみている。

 幸い、俺を含む三人は、過去においてジェスタ国で潜入工作を行ったこともあり、地の利はある。


 出立の前日、俺は8人全員を集めて詳細な計画を知らせ、それぞれの役割分担を決定した。

 そうして、翌朝目覚めた時には俺の寝台脇の小机に文が乗っていた。


 封蝋ふうろうは、見慣れない紋章であった。

 双頭の鷲の意匠は始めてみる紋章である。


 昨夜寝る際には無かった文である。

 夜中に忍び込まれて俺が全く気付かずにいた?


 背中に冷や汗が噴き出た。

 これほど危険を感じたことは無く、すぐさま周囲の気配を探ったが何も感じなかった。


 改めて文に目を向ける。

 あて名は確かに俺宛だが、差出人の名は無い。


 封蝋を切って、中の文を見た。

 驚くべきことに、昨日俺が仲間に話した今回の作戦内容が簡潔に記されていた。


 そうして最後に脅迫めいた警告が記されていた。


「これは警告である。

 貴殿の計画を進めた場合、若しくは代わりの計画を持って、ジェスタ国に危害を与え、若しくは、ファンデンダルク卿本人、その身内又はその従者等に危害を加えた場合、貴殿及びその仲間は勿論の事、貴殿及びその仲間の家族、更には依頼せし人物も等しく死神に招き寄せられるであろう。

 一切の例外は無い。

 今回の任務を速やかに廃棄することを謹んで勧告するものである。

   リューマ・アグティ・ヴィン・ファンデンダルク」


 驚くべきことに狙いとするファンデンダルク卿からの書簡である。

 俺はファンデンダルク卿の署名を知らないから、これが本物であるかどうかの区別はつかない。


 しかしながら、この内容からしてファンデンダルク卿の手の者が間違いなく近くにいるのである。

 しかもファンデンダルク卿の意を受け、若しくはファンデンダルク卿が如何様にしてか知らず、この文を俺に届けたのだ。


 冷や汗をかいている上になおも背筋がぞっとした。

 如何様にすれば、遠くジェスタ国に居る筈のファンデンダルク卿の封書が届けられるのだ?


 いや、意向を受けた人物が伯爵の署名を真似て手紙を書いた筈だ。

 無理やりにでも俺はそう考えることにした。


 さて、この警告をどう扱うか・・・。

 俺が、ちょっと考えている内に、文と封筒が一瞬のうちに緑の炎に包まれて燃え尽きたのである。


 今のは何だ?

 誰かが魔法を発動した?


 いや、封を切って一定の時間経過後に燃えるように魔法をかけたのか?

 それにしても、緑の炎と言い俺の全く知らぬ現象だ。


 そう言えば、噂に聞くファンデンダルク伯爵は、古今稀に見る大魔導士という。

 或いはこのような魔法など簡単にできてしまうのかもしれない。


 で、奴が俺たちが動こうとしていることを知っているとするならば、今回の使命は限りなく不可能に近い。

 仮に今回の計画が露見したのが千里眼としよう。


 ならば、その千里眼をして俺たちの一挙手一投足が見られていることを意味する。

 であれば、ダル・エグゾスが人知れず消息を絶ったことも容易に理解できる。


 計画の初期段階で見破られていれば計画の遂行はおぼつかない。

 ダル・エグゾスに事前の警告は無かったはず。


 では、今回は何故に?

 もしや、俺達を恐れているのか?


 それゆえに警告を出して俺たちの動きを止めようとしている?

 いや、それは無いな。


 必要があれば。この文をここへ届ける際に、寝首を掻くこともできたはずだ。

 小机は俺の手が届くところに在ったのだから、小机の上に文を置くことできるなら、ナイフで胸を一突きするなど童でも出来そうだ。


 どうやら、俺は、敵に温情を掛けられたようだ。

 だが・・・・。


 情けないが俺にできることは少ない。

 無理と承知で進むか、皇帝陛下にジェスタ国に就中なかんずくファンデンダルク卿に手出しするのをやめるよう進言するかだが・・・。


 俺は、暫く考えた。


 ◇◇◇◇


 その日、俺は秘密のルートを使って皇帝の元へと参上した。

 その日はたまたま帝位第一継承者のブレンベル皇太子が一緒にいた。


 或いは関連するかもしれないので、皇太子を含めて、皇帝にファンデンダルク卿からの警告と前後の状況を説明した。

 その上で言った。


「警告の有無にかかわらず、計画を進めることは可能ですが、その代わり、皇帝陛下のお命に危険が迫るやもしれませぬが、そのお覚悟はございましょうや?」


「馬鹿な、数万の皇軍が守るこの皇都にあって、尚且つ一万の近衛師団が守る皇宮に中に居る陳を殺害などできようはずがないではないか?」


「恐れながら申し上げます。

 このアラミス、官位など一切ない市井の者にございますが、近衛兵の監視網を掻い潜り、このように御前に参上しておりまする。

 真の腕達者は、皇宮の中にも侵入できるものと思し召し下され。

 陛下のみならず、皇家の皆様方が等しく危険な状態にあるとお考え召されませ。

 斯様に此度の相手は、並外れた能力を持つ魔導士と考えた方が間違いはございませぬ。

 正直申し上げて相手が如何様な手段をもっているか、とんと見当もつきませぬ。

 今一度申し上げますが、我らは死を恐れませぬ故、ご命令ならば、粛々として計画を進めます。

 但し、御身の安全をお計らいくださいませ。」


 皇帝は返事をしなかった。

 俺は最後の拝礼を為して粛々と皇宮を辞去したのだった。


 命令は一度下っている。

 通常は皇帝の命令は覆らないものなのだ。


 それでも恩義の有る皇帝陛下には命を長らえて欲しかったゆえに、敢えて言上したのだった。

 仮に皇帝陛下が身まかられても皇太子殿下が今のやり取りを見ている。


 聡明であると言われている皇太子ならば賢明なる道を見出すだろう。

 その日の夕刻、俺は部下達と共に皇都を発った。


 ◇◇◇◇


 半月後、アラミスたちの消息は途絶えた。

 それを知らせるのは、皇帝の側近宛てに旅先から届く書状のみなのだが、


 毎日届く手紙が届かなくなったのだ。

 側近は、皇帝にその旨を知らせるために皇帝陛下の元へ向かったが、皇帝陛下の私室で見たものは朱に染まった皇帝陛下の無残な姿だった。


 オルテンシュタイン帝国の第19代皇帝ポルストはその日急逝したと報じられた。

 跡目は皇太子であるブレンベル・ハイレルン二世が継ぐことになったのである。


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 7月20日及び26日、一部の字句修正を行いました。

  By @Sakura-shougen





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