7-5 フレデリカの面倒事 その四

 外宮での騒ぎをよそに、俺とフレデリカは薄緑色の衣装をまとい、濃い緑色の髪を持つ美しい女性の前に立っていた。

 この女性の歳は不明だが、二十歳そこそこに見えるフレデリカと同じぐらいの年齢に見える。


 但し、俺の予想が正しければ、フレデリカよりは遥かに歳月を経た存在だろうと思うのだ。

 因みにこの女性に俺の鑑定能力は効かなかった。


 そうして俺が尋ねる前に向こうが名乗ってくれた。


「ようこそ、ユグドラシルの御前に、異界のお方。」


 いきなりそう言われて俺は焦った。

 この女性には俺の身元がバレているようだ。


 そんな俺の焦りを余所に、目の前の女性は言葉を続ける。


「私は森の精霊ドリアードと申します。

 エルフたちの勝手な思い込みが過ぎて、私達は五千年もの長きに渡って森の巫女を待つ羽目になりました。

 本来であれば、とうの昔に森の巫女がユグドラシルのお告げをエルフたちに伝えていたはずなのに・・・。

 貴方のお陰でユグドラシルとエルフの里は救われます。

 心より感謝します。」


 そこでドリアードと名乗る女性は視線をフレデリカに変えて言った。


「さて、フレデリカに申します。

 そなたは当代の森の巫女としての責務を果たさねばなりませぬが、その覚悟はありますか?」


「あの・・・。

 私がその任に就くことが運命さだめならば、それに従います。

 但し、私の伴侶として父が定めた男に嫁ぐのは絶対に嫌でございます。」


 はぁ、あの少納将、余程フレデリカに嫌われているようだな。

 確かにいけ好かない奴ではあるのだが・・・。


「そなたを含めてエルフの華族の子女については、ユグドラシルのお告げで伴侶が決まる。

 エルフの男どもの勝手な都合で伴侶が決められるものではない。

 にもかかわらず、勝手放題をしたゆえに、ユグドラシルの不興が募り、エルフの里に与えている加護が徐々に弱まっています。

 もしこのまま百年も同じような状況が続けば、ユグドラシルの加護の結界が崩壊する恐れさえあったのですよ。

 でも幸いにして、そこな異界のお方がそなたを私に引き合わせてくれた。

 これで、そなたが森の巫女の任を引き受けてくれれば、エルフの里もユグドラシルも安泰じゃ。」


「わかりました。

 では、エルフの里とユグドラシルを護るためにも、森の巫女としての責務をお引き受けします。

 ただ、生憎と森の巫女の何たるかを私はほとんど知りませぬ。

 森の巫女になるために私は何をすれば宜しいのでしょうか?」


 ドリアードはにこやかに微笑み、頷きながら、改めて言った。


「ユグドラシルの祭壇で最初のお告げを受けなされ。

 その最初のお告げがそなたの森の巫女としての選任のお告げじゃ。

 この選任のお告げは、ユグドラシルのお力でこのエルフの里全ての住人に届けられる。

 そうして、おそらくは、いくつかの溜りに溜まったお告げもなされるであろう。

 選任のお告げ以外は、森の巫女以外の者には告げられぬであろう。

 じゃによって、そなたが王や王の側近を通じてエルフの民に伝えねばならぬ。

 それが森の巫女の務めじゃ。

 さて、祭壇へ参ろうかの。

 そこなお方、そなたも一緒に参られよ。

 ユグドラシルからお礼の言葉とともに、其方へのお告げも有ろう程に・・・。」


 おいおい、俺はフレデリカを擁護する為に来たのであって、ユグドラシルからお告げを貰うためじゃないぞ。

 こいつは絶対に面倒の予感がするが、この雰囲気ではお断りはとてもできそうにないよな。


 ドリアードの先導でフレデリカが続き、俺はその後を渋々ながら付いて行くことになった。

 案内されたのは、ユグドラシルの根本付近にある一枚岩の平たい台座の祭壇であった。


 正面にユグドラシルの根元があるのだが、俺の視界全部を巨木の幹が遮っている。

 その祭壇にドリアードの先導でフレデリカと俺も上がった。


 途端に頭上から微細な金粉のような小さな光が降って来た。

 その瞬間、物凄い清浄感に包まれ、より一層厳かな雰囲気が醸し出された。


 そうして俺の脳内にも厳かな声が響いた。


〔オルレアル・バイデンが娘、フレデリカ・バイデン、そなたをユグドラシルの名において当代の森の巫女に任ずる。

 これ以降、森の巫女として我が意をエルフたちに伝えよ。

 このみことのりを聞きしエルフどもよ、森の巫女フレデリカの伝えるお告げをしかと守れ。

 さもなくば、このエルフの里の我加護が永遠とわに失われるであろう。〕


 ドリアードの言葉通りならば、このお告げは、シュルツブルドに住むすべてのエルフたちに届けられているのだろう。

 それにしても最後の言葉は、明らかに脅し文句だよな。


 まぁ、エルフにとっては、ユグドラシルっていうのは、ほぼ神と同じ存在なんだろうから、普段、姿が見えず、かつ余り御利益も期待できない神様よりは余程頼もしい存在なんだろうね。

 その意味では聖樹という言葉が似合ってる。


 一応森の巫女選任の儀式が終わったようで、次いでユグドラシルからフレデリカへお告げが始まったようだ。

 もちろん、そのほとんどは俺には聞こえなかったのだが、最後の一つは俺の脳内にも鳴り響いた。


〔エルフの里、東端の山岳に棲む異形のキメラトレント、ブラバンクスを退治せよ。

 さもなくば、ブラバンクスがエルフの里に大いなる危機をもたらすことになる。

 森の巫女が伴侶、リューマよ。

 そなたは森の巫女をめとるとともに、ブラバンクスの退治に助力を為して欲しい。

 なお、森の巫女は必ずしもエルフの里に留まる必要はない。

 その代わりに、森の巫女が住む屋敷に我が苗木を植えてもらいたい。

 それがどこにあっても我が意を森の巫女に伝えることになろう。

 森の巫女が住まう彼の地からエルフの里へお告げを伝えるは、エルフたちの裁量に任せるがよい。〕


 俺の目の前にむしろで根を覆われた丈が80センチほどの苗木がポンと現れた。

 止むを得ないから、その苗木を俺の亜空間に収納して預かっておいた。


 で、ユグドラシルからのお告げというより依頼があったわけなんだが・・・。

 これって、俺が答えていいのかね?


 でも何だか至極当然って感じでお告げをされちゃったしなぁ・・・。

 俺が百歳を超えるエルフを娶るって既定路線かよ。


 それによくわからん「ブラバンクス」とか言うキメラのトレント退治もしろってか?

 やっぱり面倒事じゃん。


 何かフレデリカがすがるような目つきをして俺を見ているんだけれど、小学生の女児がお願い事をする様な上目遣いをするなよ。

 まぁ、ここまで関わっちゃったから、仕方がないんでやらんとは言わないけれどね。


「委細、承知。

 フレデリカが俺を伴侶とすることに同意するならば妻にしよう。

 但し、ヒト族の嫁がいるので側室にしかならんのだが、それでもかまわないか?」


「構いません」、〔構わない〕


 ほぼ同時に返事があったよ。

 また、嫁sに叱られるなぁ。


 今度はメイドに手を出したのかって言われそうだよ。

 言っておくけど俺は手を出していないよ。


 ドリアードの仲介と聖樹のお告げだかんね。

 まぁ、それでも取り敢えずの厄介事は、森の巫女の選任という形で一つ終わったかな。


 別の厄介事も増えたけれど・・・。

 取り敢えず、俺は早めに王都へ帰らなければいけないから、今からシュルツブルドの東端にいるというブラバンクスとやらを退治に行こう。


「フレデリカさんや、俺はちょいと東の外れに行ってブラバンクスとやらの様子を見て来るヨ。

 あんまり王都別邸を離れているわけには行かないからな。

 早めにできることをしておきたい。

 退治するのに時間がかかりそうなら、ここへ戻って来て対策を考える。

 退治できそうなら、そのままやっちゃうけれど・・・。

 お前さんは、これから事情説明のためにも王様や宰相その他に会わにゃならんだろう。

 いくら何でも、森の巫女への就任のお告げが出た以上、元の縁談の話もご破算になるだろうけれど、それでも納得しないようなら俺の嫁になるというお告げを言えばいいだろう。

 例の厄介な少納将殿は、シュルツブルドへ送還の旅の最中だろうから少なくとも百日前後は現れないだろう。

 俺が東の方に行っている間に、それ以外のユグドラシルのお告げを処理しておいてくれ。

 何れにしろ、俺もお前さんも一度はジェスゴルドに戻らにゃならんだろう。

 普通に旅していたんじゃ時間が無駄だからな。

 俺が転移魔法で連れて行く。

 それまでは一人で大丈夫だよな?」


「はい、大丈夫です。

 お戻りを待っています。

 !」


 おいおい、最後の旦那様って、確かに俺は雇い主だけど・・・。

 ちょっとニュアンスが違うんじゃないのか?


 俺とお前さんはまだ式を挙げてはいないんだぞ。

 まぁ、そんなこんなで俺は人目に触れない場所に移動してから、飛空艇で最初に降り立ったドラジル郊外の場所に転移した。


 人目に触れないよう周囲を確認してから飛空艇を出し、乗り込んで東へ向かう。

 無論、飛空艇は飛び立つ前に時空間領域に留まったままだから、その存在を確認できる者は居ない。

 

 面白いことに途中で何度か鳥とも衝突したが、同じ時空に居ないためか全く空気の様にすれ違っただけだ。

 そんなこんなでやって来ましたシュルツブルド東方の山岳地帯。


 俺の脳内センサーを働かせながら空中からサーチを掛けると、いましたねぇ。

 四つ足の亀の様な身体を持つ樹木(?)のモンスターが・・・。


 全長は多分100mほどは間違いなくあるし、高さも50mは優に超えているのじゃないだろうか。

 小学校の時分に図鑑で見たガラパゴスゾウガメに大枠の格好は似ているかな?


 首がないけど、太い脚のようなものが四本、甲羅にはとげのような巨大な突起がいたるところに生えているし、甲羅と腹の間から無数の触手が生えてうごめいている感じ。

 おまけに、その全体が妖気というか黒っぽいオーラに覆われている。


 このオーラが周囲の植物に触れると途端に樹木も草も一斉に枯れ始めるんだ。

 触手がかなり伸びるし、しなやかなんだよね。


 触手の動く範囲が広がると植物が枯れて行く範囲も広がる。

 触手の動きだけ見ていると海の流れに揺蕩うイソギンチャクにも似ているかも。


 でも、こいつって植物なんだよな。

 これまでの進んできた道が枯葉剤を大量に撒いたような惨状になっている。


 山カンにしか過ぎないがひょっとするとあの黒いオーラが周辺の樹木草花の生命エネルギーを吸い取っているのかもしれない。

 モンスターを含めて動物たちは明らかにブラバンクスから逃げている。


 確かにこのまま放置すれば間違いなく自然破壊につながるよ。

 亀のようにゆっくりと動いてはいるけれど、かなり重量があるみたいで、ちょっとした小山も摺りつぶして進んでいるから、表面はかなり堅そうだ。


 で、どうやって退治するかだけれど、植物は火に弱いのが定番だろうな。

 ひょっとして素材が有用だったら勿体ないかもしれないけれど、燃やしちゃおうか。


 俺は、安直に考えて俺の亜空間工房にアセチレンガス(C2H2)と高圧酸素を準備。

 ブラバンクスの周囲300mに亘って多重結界を張り、甲羅部分の稜線付近にアセチレンガスと酸素の噴出口二つをリモートで複数固定し、こいつに火をつける。


 燃焼ガスの排除のために結界の最上部には念のために噴気孔が設けてある。

 ガス溶接の温度は概ね3000度超。


 鋼鉄でも溶けるんだからモンスターの外皮も当然に持たないはずだ。

 甲羅のような樹皮にもたちまち火が付き始めた。


 焦ったブラバンクスが遅い動きで逃げようとするけれど、生憎とガス溶接の噴射口は俺が狙った場所を外さないし、結界の外には出られない。

 ものの三十分ほどで、体表全部に火が回った。


 普通、密閉空間なら火が消えるだろうが、酸素を次々に送り込んでいるからバチバチと火花を立てながらモンスターが燃え盛る。

 中学の理科の実験で酸素の充満している中で鉄線が燃えているのを見たけれど、あれのデッカイ版だね。


 それから三十分もするとほぼ燃え尽きた。

 無論、俺のセンサーでも脅威はゼロになっている。


 そんなわけで魔石の採取も無理っぽいけれど、ミッションコンプリート。

 俺は、飛空艇を亜空間に収納して、一気に内宮へと飛んだ。


 あれ、誰もいない?

 ふっと目の前に、ドリアードが現れて笑顔で言った。


「ブラバンクスの消滅を確認しました。

 お疲れさまでした。

 森の巫女は、外宮で宰相と話し合っているみたいです。

 リューマ殿もそちらへ行かれるといいでしょう。」


「えっと、転移の能力はできれば隠しておきたいので、内宮から外宮へ行くには、広場を通って橋を渡らなければなりませんけれど、俺がそうしても問題ありませんか?」


「ええ、そなたは、ユグドラシルと私が認めた存在です。

 この内宮にしろ、外宮にしろ、出入りに何の支障もありません。」


 そんな返事を貰って、俺はおっかなびっくり、内宮の出口から広場へ入り、外宮との接点である橋を目指した。

 いきなり弓矢を射かけられるようなことは無かったね。


 俺が戻ったことは、ユグドラシルからフレデリカに伝えられ、その際に内宮から外宮へ歩いて戻ることが伝えられていたからだ。

 概ね必要事の宰相への伝達は終わっていたようだし、ブラバンクスの退治も既に情報だけは伝えられていたようだ。


 まぁ、一応ブラバンクスなるものの大きさ、脅威などを説明し、退治の方法は火属性魔法を使ったとしてぼかして説明。

 ブラバンクスは燃やし尽くしたので魔石も取れなかった旨説明しておいた。


 ついでに東の端にまで行ってブラバンクスを退治して戻ってくるのに要した時間が僅かに数時間という説明についてはユグドラシルのなせる業ということにしておいた。

 m(__)m、ゴメン、ユグちゃん、君の所為にしちゃったよ。


 ブラバンクス退治の大まかな場所を伝えると宰相は確認のための調査隊を派遣することにしたようだ。

 それから、ドラジルの王宮へ参内、フレデリカの親父である王様とも会ったよ。


 その場でフレデリカが、ユグドラシルのお告げで自分の伴侶は俺だと説明した。

 まぁ、色々と質疑応答はあったけれど、王様も俺を娘の伴侶として正式に認めた。


 で、そのまま王宮内で森の巫女就任披露と仮祝言の宴が始まった。

 本当はそのままジェスゴルドに引き上げたかった所だけれど、まぁ、しゃぁないから付き合った。


 で、連絡手段の構築なんぞはエルフ側に任せて、俺とフレデリカはジェスゴルドに戻ることにした。

 昨夜のうちにフレデリカは夫の居場所が自分の居場所と断言していたから、フレデリカはジェスゴルドの王都別邸に連れて行き、その後ヴォアールランドの本宅に住まわせることになるだろう。


 まぁ、その前に嫁sへの説明という難題が待っているんだけれどね。

 初夜?


 そんなもんは、式を挙げてからの話でっせ。

 俺はどっちかというと形にこだわるタイプだから、式が終わるまでは手を出したくないんだ。


 で、朝食を食べてから内宮へ赴き、そこから転移でジェスゴルドの王都別邸に戻った。

 結局、シュルツブルドへは一泊二日の旅行だったが、王都別邸にも俺の領地にも特段の変わりは無かった。


 あぁ、そういえばジェスゴルドとシュルツブルドの往復や、外宮から内宮への転移は全部ユグドラシルの所為にしちゃってます。

 だって、ユグドラシルとお話しできるのは今のところフレデリカだけなんで、俺の能力は他には漏れないわけですよ。



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 次回、『帝国の工作員?」の予定です。


     By サクラ近衛将監

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