6-6 王宮への報告
ウェイド・ベルク・フォイッスラー宰相の元へ、ベルセルト魔境に関する二つの報告書が上がって来ていた。
いや、正確には四つの報告書だったが、内二つは気に留めておく必要はあっても中央の為政者が検討を要するものではないと考えている。
尤も、内容そのものは国王へ一応報告しておかねばならないものであった。
なにせ、事は王家一族の婿殿に関することであるからだ。
「国王陛下、本日はエステルンド砦騎士団長であるエンリケ・ヴァル・ドラバル子爵、並びにファンデンダルク卿から魔境での変事について重要な報告がありました。
また、関連してエベレット子爵及びクライスラー男爵からも報告が上がっておりますのでご報告申し上げます。」
「ほう、ドラバル子爵とファンデンダルク伯爵からか、一体何があったのだ?
確か1年ほど前にエステルンド砦のすぐ隣にファンデンダルク伯爵が小砦を築いたとの報告は覚えておるが、また、婿殿が何かしでかしたか?」
ウェイド・ベルク・フォイッスラー宰相は、すぐにしかめっ面で言上した。
「国王陛下、ただ今の申し様は何やら不肖の婿殿がやらかしたような言い様ですが、それでは余りにもファンデンダルク伯爵に失礼にござりましょう。
王都の英雄は、此度も王国の英雄のごとき成果を上げてございます。
ドラバル子爵からの報告によれば、去る15日前、魔物の群れの襲来によりエステルンド砦東側の城壁が破壊され砦内に多くの魔物が乱入し、城砦内の者が全滅の危機にあった折、偶々、隣の小砦に向かっていたファンデンダルク伯爵がその場に駆け付け、砦の外から砦内に押し入ろうとしていた魔物の群れを殲滅、更に、砦内に入り込んで暴れまくっていた魔物多数を順次殲滅し、エステルンド砦の生存者を救助したそうにございます。
ドラバル子爵も奮戦して大怪我を負っていましたが、伯爵のお力により広範囲の治癒魔法をかけられて瀕死の負傷者も一命をとりとめたとのことにございます。
ドラバル子爵からその際のファンデンダルク卿の働きを事細かに報告してきたのでございます。
同時に、此度の魔物襲撃により多くの騎士団員が死傷したので、騎士団員の補充及び交代を願い出てまいりました。
補充及び交代に要する人員は凡そ千名に及びます。
そうして、万が一エステルンド砦が陥落していれば、その東方にあった隣接領地も危うかったそうにございます。
ドラバル子爵の報告では何故に大量の魔物がエステルンド砦を襲って来たのかということには触れてはございませなんだが、ファンデンダルク伯爵からの報告では、あくまで推測としながらも魔境奥地の強力な魔物が暴れたことにより周辺の魔物が大挙して東へ逃げたのではないかということを報告してきております。
詳細は不明なれども、エステルンド砦から西北西40ケール付近に扇型の焼け跡のような大規模な破壊痕が二か所あるそうにございます。
或いは、それに追い立てられた魔物が東進したのではないかというのが、ファンデンダルク伯爵の推論にございます。
補強証拠として、同時期にエベレット子爵及びクライスラー男爵の領都も多数の魔物に襲撃されていた模様であり、これもファンデンダルク伯爵の救援により、事無く撃退したようにございますが、子爵、男爵共にこれまでこれほどの襲撃はかつて無かったことであると報告してきております。
幸いにして被害は最小で済みましたが、こちらも万が一にでもそれぞれの領都が落ちてしまえば魔物の東進を妨げるものが無くなり、王国全体の大事に至った可能性がございます。」
「ふむ、魔物の襲撃はエステルンド砦と二つの領都だけなのか?
これら三か所の間にはかなりの距離があり、魔物がその間をすり抜けて来そうなものじゃが・・・。」
「魔物の習性として、人の集まる場所を目標として動くそうにございます故、最初に襲い掛かったのがこの三か所だったものと思われます。
このうち一か所でも陥落していれば次なる目標はさらに東のいずれかの領地になった可能性が高いと思われます。」
「なるほど、ファンデンダルク伯爵の救援が無ければその恐れが多分にあったということか・・・。
なれど、その恐れはいまもなお、厳然として残っているということでは無いか?」
「左様にございますが、その恐れを無くすために僅かに10日の間にファンデンダルク伯爵が彼の地で偉業を成し遂げてございます。」
「まさか、魔境との間に長城でも作りおったか?」
宰相は苦笑しながら言った。
「ははは、確かにファンデンダルク卿なれば或いはそれもできるやもしれませぬが、此度は少々違います。
エステルンド砦西方10ケールに直径10ケール余りの円状の城塞都市を築き上げたそうにございます。
彼の城砦都市は、周囲に50イード幅の水路をめぐらし、城砦の城壁の高さは20イードに及ぶとか。
広さだけから言えば侯爵の領都にも匹敵する大きさにございますが、魔境のただ中に僅かな期間でそれを建設するなど到底常人の成し得ることとは思われません。」
「何と、10日の間にそのような城砦を造ったというのか?」
「あ、いえ、言葉が足りませんでしたが、城砦を作り上げたのは僅かに三日の間でございます。
その後六日に渡り、城塞都市の南と北に幅50イードの水路を掘削し、総延長で246ケールに及ぶ大水路を作り上げてございます。
これにより、水棲の魔物の侵入こそ拒めませぬが、多くの陸棲の魔物の侵攻は止めることが可能になったようにございます。
魔境に隣接する他国や水路の南端・北端を迂回する魔物を防ぐことはできませんが、大多数の魔物の侵攻は抑えられますことから過去に起きましたスタンピード発生の恐れはかなり減じたものと思われます。
その水路の建設を含めて僅かに10日の滞在で終えてしまったということにございます。
ドラバル子爵からはその旨の報告も併せてきており、関連して守備隊に対して王宮からの指示がありやなしやと問うてきております。
因みに、ファンデンダルク卿の城塞都市ができたために、エステルンド砦の仕事は新たにできた水路内側に取り残された魔物の討伐に限られた由にて、砦の存在意義がかなり失われていると申しております。
一方で、ファンデンダルク卿からは、勝手ながら魔物の侵攻を抑えるために魔境の境界付近に水路を設けることにより魔物の東進を防ぐこととしたこと、同時に、魔境の開発を特に許されていることから魔境開発の中心地として新たな城砦都市を設けたことを改めてお許し願いたいと申してきております。
合わせて、この城砦都市に将来的に千名の守備兵及び植民可能な領民を置くことをお許し願いたいと申し出てきております。」
「我が婿殿は、何とも規格外の
しかし侯爵の領都にも匹敵する城砦に僅かに千名の守備兵とな?
その数ではいかにも少なすぎるじゃろう。」
「されば、伯爵の領軍は現状で千名ほど、更に千名を超える兵を一挙に増員しては王家に背く意図有りと疑われる恐れもございましょう。
それゆえにわざと抑えた数字で申し出たものと思われます。
伯爵の爵位ならば、本来二千名の領軍を持っても不思議はございませんが、そもそもカラミガランダとランドフルトの領地の広さだけならば千名でも十分に足りまする。
それで千名を増やすに際してもわざわざお伺いを立てて参ったのでございましょう。
国王陛下に対する忠心の表れかとも存じます。
かくなる上は、ファンデンダルク伯爵を魔境対策の辺境伯として任じては如何かと存じまするが、此度の功労だけでは日頃よりファンデンダルク伯爵を良く思わぬ者どもより些か不満も出るかもしれませぬ。
何か,今一つファンデンダルク伯爵が国に貢献できる象徴となるべきものがあれば、表立って辺境伯に任じ、その守備兵を増やし、その逆にエステルンド砦そのものを廃棄しても差し支えないのではないかと存じますが・・・。」
「宰相の言う通り、此度の功績大なることは認めるが、再々度の陞爵ともなれば周囲の見る目も厳しいのぉ。
婿殿の力量なれば、おそらく魔境の開拓も可能であろうが、それには時間がかかろうな。
魔境開拓による領土拡幅の功績をもっての陞爵なれば小煩い貴族どもも文句は言うまいが、城塞都市の建設だけではちと小さいか・・・。
コレットの婿に甘いと言われても困るしのぉ。」
「はい、左様にございます。
元々が平民から再三にわたる国や王家に対する貢献で伯爵へ上り詰めた故、ファンデンダルク卿に対しては、周囲の目がとかく厳しいものがございます。
特にエクソール公爵一派には謂れなき口実を与えてはなりませぬ。
細索の報告によれば、ファンデンダルク卿は、魔法師、錬金術師、薬師としても秀逸な腕前の持ち主にございます。
馬無し馬車や、水洗便器の開発、最近では女物の下着や化粧品にまでカラミガランダやランドフルトで工房を造って生産を始めたとか・・・。
その方面の情報については、我が妻妾のほうが詳しいほどに知れ渡っておりますが、何分にも国や王家に直接貢献できるものではございませぬ。
尤も、その生産利益たるやかなりのもので、国庫に納められるファンデンダルク家からの納税は膨大な額に及びましてございます。
既に今年半期の納税額では、エゼルヴァーグ侯爵やマクバレン公爵の昨年同期の納税額を超えており、おそらくは、今年の末には、二つの公爵家を抜いて王国随一の納税貴族になりましょう。」
「ほう、左程にか・・・。
確か、婿殿の領地ではコメや砂糖を造って居ったな。
それにワインや、ガラス工芸品も中々のものを生み出しているとか・・・。」
「はい、左様にございます。
ファンデンダルク卿の領地街であるヴォアールランドもラドレックも西の商都との呼び声も高く、その繁栄ぶりには他の貴族たちも鵜の目鷹の目でその秘密を探らんと多くの細索を派遣している様子ですが、いずれの工房も結束が固く、未だに生産技術の詳細は不明なままのようにございます。
いずれの場合も、工房作業者の技量とともに必要不可欠な魔道具が準備できなければ余所では産み出せないか、若しくは産み出せても品質が悪い粗悪品になってしまうようでございます。
かくいう私も、サトウダイコンなるものを入手して、配下の者どもに種々研究をさせてみましたが、ラドレック産の砂糖に迫れるような品質の製品にはできませなんだ。
時間と経費ばかりが掛かって、出来上がるのは粗悪品であれば商売にはなりませぬ。
あわよくば我が領地でもと考えていましたが、その考えは放棄しました。
サトウダイコンの栽培はできても、上質な砂糖の生産はできませぬ。
我が領地からサトウダイコンをラドレックまで運搬しては運送料が高くついてしまいます。
まぁ、そうは言いながらも、我が領内で輸入砂糖に代わる甘味料が生産できたことは嬉しきことにございますが・・・。」
「ふむ、儂の記憶では商業ギルドに特許を申請すれば、製造と専売を独占できるのではなかったかな?」
「左様にございますが、ファンデンダルク伯爵は商業ギルドからの再三の勧めにもかかわらず、特許を得ることをしないようにございます。
一方で、他の者が何らかの形で特許を申請したにしても、製造の独占はかないません。
既に品質の良い既存の製造方法があるのに、それより劣化した製造法など商業ギルド自体が申請を棄却してしまうのです。
仮にサトウダイコンからの砂糖製造について、特許を得ようとするならば、ラドレック産の砂糖と同等以上の物でなければならないということでございます。
今のところはそれが一番難しいことでございましょう。」
「ふむ、その辺は相分かった。
なれど、辺境伯への陞爵の件は如何にすべきかなのぉ。
なんぞ、他に功績が無いのかコレットにも問い合わせてみるか?」
「あ、なるほど。
或いはコレット様なれば、何事かファンデンダルク卿が公にしていないことで国又は王家に貢献できるネタをお持ちか、或いは知っているやも知れませぬな。
是非にお問い合わせくださいませ。」
「フム、ではその様にしよう。
ファンデンダルク伯爵から伺いがあった千名の増員の件は許可することとし、子爵から申請のあった千名の騎士派遣についてはしばらく待てと知らせるがよい。
今の段階ならば魔物の残党狩り程度の仕事しかないのであろうから、騎士団二千名でも十分対応が可能であろう。
今後のエステルンド砦の扱いは追々検討しよう。」
このようにしてリューマの預かり知らぬところで再び陞爵の話が持ち上がっていた。
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次回予告「古代遺産の贈呈?」
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