5-11 コレットの回顧 その三
そうして私たちが王都に戻って一月後、リューマ殿が王都に参りました。
その間、私は、父王や宰相に対して、リューマ殿の度重なる助力により、私とザイルが無事に王都へ帰還できたこと、更には代官であるグルーアントの悪事を暴くにも大いなる貢献があったことを
褒章の話はすぐにも決まりました。
平民に与える褒章としては、これまでの最高位にあたる紅白宝珠勲章に決まったのです。
リューマ殿が王都に到着したことは、王都の東門警備隊から報告が上がり、私にも知らせがまいりました。
しかしながら、私の立場では、おいそれとは平民であるリューマ殿に会いには行けませぬが、シレーヌが何かとリューマ殿の面倒を見てくれたようです。
国王拝謁、国王からの褒章授与は結構な手続きが必要であり、そのための衣装の準備、儀礼の確認等々中々に大変なのですが、短い間にそれら全てをこなし、国王拝謁と褒章授与が無事に済みました。
こうした褒章授与には、晩餐会と舞踏会がつきものであり、今回は隣国エシュラックのハイラル王子殿下の来訪と重なりましたので、併せて晩餐会と舞踏会が執り行われることになりました。
さりながら、外交上の式典でもある晩餐会において、こともあろうか随行のエシュラック近衛騎士が酒乱により暴言を吐く事態となり、警護の騎士も外交使節の一員に対して強硬な措置も取れずに困っているところを、機転をきかしたリューマ殿が不思議な術で当該近衛騎士の意識を奪って事なきを得たのでした。
エシュラックの近衛騎士は、傷一つ負ってはいません。
もし、これがエシュラックの騎士ではなく、王国の騎士が酒乱の上でしでかしたことであれば王家に対する不敬罪で即刻死刑になるほどの罪なのです。
ハイラル王子一行は、以後の予定があったにもかかわらず。理由をつけて逃げるように帰国の途に就きました。
仮に、私がハイラル王子の立場にあっても、遺憾の意を表明してすぐにでも帰国の途に就いたことでしょう。
少なくとも大きな恥をさらして、そのまま訪問先に滞在することはできません。
従って、その後にあった舞踏会では、ハイラル王子一行への供応が無くなりました。
特に、私は未だ許嫁の決まっていない王女でしたから、二回に一度はハイラル王子のお相手をしなければならなかったのですが、そのお勤め分が減りました。
別段ハイラル王子を嫌っている訳では無いのですが、ハイラル王子殿下は私の好みに合う殿方では無い様な気がしていたのです。
王女とは、父王の命で何処なりとも嫁がねばならぬ身ですから我儘も言えませぬが、嫁ぎ先としてのハイラル王子は出来れば避けたい方でしたね。
そんなわけで舞踏会では、私もリューマ殿と何度も踊れる機会がございました。
私とシレーヌがかわるがわるリューマ殿と踊り、合間に他の令嬢が入るという状況でした。
驚いた事に、リューマ殿は舞踏が大層お上手でした。
平民の方が何故にあれほど上手に踊れるのか、少し不思議なくらいです。
シレーヌから聞き及んでいたところでは、リューマ殿が舞踏の稽古をしたのは僅かに三日ばかりのはず。
上級貴族の子息でもあれほどの動きは中々に身に付けられないのではと思うのです。
お陰で、彼と踊った際に私の動きも随分と容易くなった所為で、私も随分と踊り上手になったのかしらと錯覚を覚えたほどなのです。
リューマ殿は、褒章の一環として准男爵の爵位を授けられました。
准男爵とは一代限りの爵位であり、実質平民なのですが、特別に貴族の末席に並ぶことが許される程度のモノです。
従って、准男爵は男爵以上の貴族からは貴族として認められず、婚姻先にはなり得ない立場なのです。
リューマ殿に助けられたことをたまたまお祖母様にお話しましたところ、一度離宮に連れて来なさいと言われましたので、リューマ殿の王都滞在中にワイオブール宮殿に赴き、お祖母様にリューマ殿を引き合わせました。
お祖母様からは、私とザイルを救ってくれた人物に改めてお礼を申し上げたかったようです。
お祖母様は、王太后という立場ですが、貴族であろうが平民であろうが差別をなされないお人なのです。
そうは言いながらも、普通であれば、平民であるリューマ殿をわざわざ離宮へ招待するなどしないのですが、何か思うところがあったのか、あるいはお暇だったのか、結構督促に近い申し出でございました。
ところがそのご挨拶の
リューマ殿が、私達には見えない女性がその場にいると申し立て、詳しく聞いてみると何と先々代の王太后、ジェルベーヌ・ファルセット様の幽霊と話をできるらしいのです。
幽霊が存在することすら信じがたいことですが、その幽霊と会話ができる人がいるなどこれまで聞いたこともありません。
しかしながら、リューマ殿の話に皆が引き込まれてしまいました。
そうしてリューマ殿がジェルベーヌ
私も知りませんでしたが、黒瑠璃の宝冠は、かつてアレシボ皇国から迎えた正妃が皇国より
しかも、アレシボ皇国との外交交渉等の式典において正妃が付けておくべき宝冠が無いがゆえに、代々アレシボ皇国との外交関係が非常に微妙になっていたようです。
お祖母様の指示により、直ちに黒瑠璃の宝冠発見の報告を王宮へもたらし、王宮の騎士団をもって離宮から王宮までの警護に当たらせることになったのです。
この宝冠の発見は、王家以外には秘さねばならぬ重要事であり、王家に対する貢献が極めて大なるモノと評価されたのです。
それゆえに、リューマ殿は更なる陞爵を持って男爵になることが内定されたのです。
本来であれば、子爵位への陞爵もあり得る大きな貢献なのですが、生憎と対外的には秘さねばならないこと故に男爵までに留められることが内定したのです。
この新たな陞爵と褒章授与が無ければ、近々、フレゴルドへ戻る予定であったリューマ殿は、褒章授与と陞爵の儀式のため更なる王都滞在を余儀なくされたのでした。
そうしてその滞在中にまたまた大事件に巻き込まれたリューマ殿でした。
王都北西方にある荒野で黒飛蝗が発生し、王都へ飛来してくるという一大危機があったのです。
仮にその無数とも思える大集団がまともに王都を襲えば数多くの死者が出たはずでございました。
黒飛蝗は、獲物を食い尽くすまで居座り続ける習性があり、私達王家の者は黒飛蝗対策用に
私が生まれる前に起きた黒飛蝗の王都襲来では、群れの中心は外れて、その一部が僅かに王都をかすめただけで数万人の死者が出たそうな。
自然の猛威というか、それが起きるとわかっていながら何もできない自分が恨めしかったものでした。
そうして避難していた私たちの元へ届いた吉報は、何とリューマ殿が単独で黒飛蝗のほとんどを殲滅したことにより、王都が助かったという報告でした。
殲滅とは言いながら、極々僅かながらも殲滅を逃れ生き残っていた黒蝗魔は、その後半日をかけて黒騎士団、青騎士団、近衛騎士団、更に、冒険者たちの総力をもって根絶したのでした。
これとて、リューマ殿の殲滅大魔法が無ければ決してあり得ないことでした。
何しろ一人では成し得ぬほどの広範囲の極大火炎魔法を続けて三発も放ち、更に残った黒飛蝗をどのようにしてか十二か所で団子状にまとめ上げ、そこへ十二発の途轍もない威力のテンペストを打ち込み殲滅させたようです。
立ち会った宮廷魔法師曰く、あれほどの強大な魔法は宮廷魔法師と言えども発動できないと申し立てたそうです。
城の北西方向で発生した極大の火炎爆発魔法や十二もの巨大な茶褐色の竜巻は、城内及び王都内の至る所からも見えたそうで、最初の爆発音に驚いてその方角を見た多くの人々の目撃証言があったそうです。
そうして続けざまに数多くの大魔法を放ったリューマ殿は、魔力が枯渇し、その場で倒れたとか。
事後の容態を案じていましたが、幸いにして無事に回復されたとの報告が来てようやく安堵しました。
結局、ジェスタ王家はリューマ殿に大きな借りを負ったことになりました。
黒瑠璃の宝冠はその在処がわからねば、アレシボ皇国との
一兵の死者も無く、黒飛蝗を退治できたことは、大きな戦争に勝利したことと同じ貢献があったのです。
褒章については、この功績の加算によって見直しが図られ、リューマ殿は一気に伯爵への陞爵が決まったのでした。
私は、好感の持てるリューマ殿の陞爵を素直に喜び、同時にシレーヌに見合う位階を持ったことに内心で祝福を与えました。
シレーヌは、真面目過ぎる故にリューマ殿に胸の内を明かせないでしょうが、私が仲立ちすることでお二人を近づけることができるのではと思ったのです。
それからリューマ殿への褒章授与、伯爵への陞爵があって、概ね三カ月後には陞爵披露の宴がリューマ殿の新邸で開かれることを風の噂で聞いて居りました。
伯爵陞爵の披露宴はあくまで親しい間柄の貴族を招くだけであり、侯爵以下の爵位では王家に招請状を出すこともありません。
しかしながらちょうどその頃、隣国サングリッド公国から私への縁談話が飛び込んでまいりました。
縁談は、公国王の正妃にということで、それだけ聞くと大層よさげな縁談なのですが、実は大違いなのです。
公国王は既に齢60を超える老人であり、嫡男を含め世継ぎは多数おりますし、側室も多数抱えている状況なのです。
そこへ私が嫁ぐというのは、10年も経てば寡婦になり、まして子を為したとしてもその子は王位を継げる訳もありません。
正室とは言いながらも、体の良い側室のようなものなのです。
この申し出には、流石に父王も宰相以下の重鎮も大層お怒りでしたが、生憎と腐っても一国の国王からの申し出ですからお断りするにしても相応の理由が必要となったのです。
そうしたことから急遽宰相達が選んだのが私の許嫁候補でした。
単純に「王女は嫁ぎ先が決まっているので公国へは嫁げません。」という当て馬を立てることにしたのです。
その建前上の候補の選択に当たっては、私が嫁入りするに相応しき身分と家柄を有するモノに限られたはずですが、そのリストの中に伯爵の子息もありました。
これを見て、私が尋ねました。
「私の降嫁先としては、伯爵家もあり得るのですか?」
宰相が答えてくれました。
「はい、過去の事例では左程多くはございませぬが、王女殿下の降嫁先に伯爵家があるのは確かでございます。
お目にかけました候補リストで伯爵家の子息はお二人だけですが、いずれか王女殿下の気になる人物がおりましょうか?」
「いいえ、この中にはおりませぬが、もし私の希望が叶えられるならば、私は王都の英雄の元へ嫁ぎたいと存じます。」
「は?
あの、…王都の英雄とは・・・。
もしや、ファンデンダルク伯爵のことにございましょうか?」
「はい、リューマ殿にございます。
新任の伯爵なれば家柄としては格が落ちますか?」
「いえ、左様なことは無いとは存じますが・・・。
うーん、これは陛下のご意向を確認してからのことになりましょうが・・・。
今一度確認をさせていただきますが、王女殿下は、建前上の許嫁ではなく、嫁ぎ先がファンデンダルク卿で宜しいのでございますね?」
「私が自ら嫁ぎ先を望めるものならば、リューマ殿を望みたいのです。」
宰相はにこやかに微笑んで言いました。
「承知いたしました。
陛下にそのまま申し上げたく存じます。」
半日後、私は父王から、公国王の申し出を断るための口実としての婚約者ではなく、ファンデンダルク卿へ嫁ぐことを正式に許されたのです。
あれ、そう言えば、リューマ殿に何も相談せずに動いてしまったけれど・・・。
ファンデンダルク卿は私を受け入れてくれるかしら?
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7月20日、一部の字句修正を行いました。
By @Sakura-shougen
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