5-10 コレットの回顧 その二

 リューマ殿には、後日恩賞を与えると約束しており、リューマ殿自身はしばらくフレゴルドに滞在する予定と聞いていました。

 オークの異常発生と街道の襲撃については、シレーヌが代官所を通じて冒険者ギルドへ通知しました。


 いずれ冒険者ギルドで周辺の調査又は探索が始まるだろうと考えていました。

 代官所に到着後、負傷者の手当てを頼み、それが済んだ後に若干の査察を行ったのです。


 代官所に在るべき書類を要求しても、何故か出てくるのが遅く、調査はなかなか進みませんでした。

 或いは故意に遅滞させ、調査を邪魔している様な気もしていました。


 夕刻に近くなったのでその日の調査は一旦中止し、フレゴルドで貴族や大商人が利用する宿を取って休むことにしました。

 ところがその夜半に不審者による襲撃があったのです。


 幸いにして、オークを殲滅して我らを助けてくれたリューマ殿が同じ宿に泊まっており、またしても我らの危難を救ってってくれたのです。

 不審者たちは宿の垂直に切り立つ壁をよじ登って、四階に居た我らの部屋に侵入しようとしていたのですが、それに気づいたリューマ殿が、同じく斜め下の三階から壁をよじ登って先回りし、不審者の侵入を未然に防いでくれたのです。


 ほぼ手掛かり足掛かりのない垂直の外壁を登れるなんて凄まじい技量と体力の持ち主ですね。

 しかも、魔法職であれば近接戦闘は不得手の筈なのですが、ベランダに侵入した三人に素手で立ち向かい、二人はほぼ即死、一人は重傷を負って身動きできない状態に陥らせていましたから、格闘術においても高度な技量を持っていると思われます。


 彼ら不審者が狙っていたのは、私と弟のザイルが寝ている四階の部屋のベランダであり、万が一部屋まで侵入を許していたならば、私か弟が死傷していてもおかしくない状況だったと思います。

 こうして私達はわずかの間に二度までもリューマ殿に助けられたのです。


 そうした騒ぎもありましたが、三人を遺して残りの不審者どもは逃げおおせ、もう一度休んでから翌朝代官所に再度調査を行いました。

 午前中、代官のグルーアントが何かと邪魔をするので中々に調査が進みませんでした。


 或いは代官を含めた代官所ぐるみの不正なのかと怪しみだした私でした。

 シレーヌも同様にグルーアントに不実を感じていたようです。


 午前中は、調査に左程の進展も無いままに、代官グルーアントの案内で代官所近くのレストランに昼食のために入りました。

 私の前には代官のグルーアントが、隣にはザイルが座っており、シレーヌが傍らに立っています。


 食事の注文をして間もなく、食堂の扉を壊すほどの勢いでリューマ殿が飛び込んできました。

 そうして叫んだのです。


「刺客が四人、そこの青い服を着た店員二人と、そっちの客を装った二人だ。

 あと、そこのキンキラ金のオッサンにも注意しろ。

 そいつが刺客と接触した可能性が高い。」


 この急報で瞬時に近衛騎士達が戦闘態勢に入りました。

 一斉に抜刀して、私とザイルの周囲を固め、代官のグルーアントを追い立てるように遠ざけたのです。


 それに呼応するように、四人の刺客が一斉に動き出しましたが、リューマ殿が刃物を振りかざした店員二人に手を向けるたびに何故か倒れて行きました。

 どういう魔法なのかはわかりません。


 でもオークの群れを一人で殲滅できるほどの魔法使いですから、私の知らぬ魔法で刺客を倒したとて何の不思議もありません。

 客を装った刺客には、近衛騎士が立ち向かい、攻撃を跳ね返してくれました。


 シレーヌが一瞬のスキをついて一人を倒し、今一人は、リューマ殿が素手で殴り倒して制圧しました。

 それこそあっという間の出来事でした。


 シレーヌにより深手を負わされた男一人がなおも抵抗しようとしたので、近衛騎士が寄ってたかってとどめを刺しました。

 このような時は、警護対象を守るために近衛騎士は徹底して非情になれるのです。


 生き残った刺客三人を、リューマ殿は、椅子に用いられていたとうを使って縛り上げました。

 少なくとも私は、そのような便利な魔法があることを、ついぞ知りませんでした。


 すると何を思ったか代官のグルーアントが、意識を失って捕縛された刺客の一人に向けて切りつけようとしたのを、リューマ殿が素早く剣を抜いてはじき返しました。

 たまたま、私の視線がリューマ殿に向いていましたので、リューマ殿が剣を使う場面を始めて見ましたが、抜剣がすさまじく早く、気づいた時にはグルーアントの剣を弾いているところでした。


 リューマ殿は、剣士としても一流なのかもしれません。

 代官は、「王族を狙った重罪人、一人として生かしてはおけない」とわめきましたが、既に意識を失い、縛り上げられた者に対して行うことではありませんでしたね


 これはどう見ても証拠隠滅と思われても仕方がない状態でした。

 代官が如何に喚こうが、逆にシレーヌが言葉で言い負かして代官の動きを押しとどめ、騎士二人を付けて半拘束状態にしてしまいました。


 昨日及び本日の午前中の査察の間、この代官の様子が一番怪しかったので、不正を働いているのは間違いなくこの男と思われました。

 そうしてリューマ殿の刺客に対する巧みな誘導尋問とそれに続く調査によって、代官グルーアントが全ての元凶であることが判明したのです。


 街道におけるオークの襲撃も、昨夜の不審者の侵入騒ぎも、そうしてこの食堂での襲撃も全てグルーアントが闇ギルドに依頼したことで発生したものと判明したのです。

 そもそも不正を働いて公金を横領したグルーアントが、王宮での動きを察知し、自らの不正の発覚を恐れて、調査にやって来た私を亡き者にしようと企んだことが発端でした。


 何れにしろ、代官所の不正の証拠は巧妙に隠されていることから、その被害額を確認するには慎重に調査しなければならず、王都から専門の係を呼び寄せる必要が生じました。

 結局、その係がフレゴルドに到着するまでの間は、私たちもフレゴルドに足止めになったのです。


 当然こちらから早馬で王都に状況を知らせてから、担当の係が相応の準備をして王都を出発することになりますので交代要員が到着するまで六日かかりました。

 私たちは引継ぎしてようやく王都へ戻ったのです。


 勿論、リューマ殿には恩賞を取らせるので一月後には王都へ来るようにと言い置きました。

 都合三度も私達は命を救われたのです。



 父王に話して、リューマ殿に然るべき恩賞を賜るようにしなければ、恩知らずとして王家の恥ともなります。

 私はこの時からリューマ殿に少なからぬ好感を抱いて居りました。


 まぁ、好感とは言いながらも明らかに身分が違いましたからね。

 男女の恋愛にはならないと思っていました。


 私は、王女として、いずれかの王家若しくは上流貴族に嫁ぐことになる筈です。

 そうしてその嫁ぎ先を決めるのは父王なのです。


 王女として生まれた私の義務として、父王の仰せのままに嫁ぐのが私の役割なのでした。

 そうして私の見るところ、シレーヌもリューマ殿に好感を抱いているようでした。


 ですが彼女も伯爵の娘、自分の好きなように婚姻は結べません。

 まして彼女の場合は一度婚約をしたのですが、相手の殿方の素行に甚だしい問題があったことから両家合意の上で破談にした経歴が有ります。


 如何なる事情が有ったにしても、婚約を破断し或いは破棄されたと云うのは、貴族の子女にとっては傷者キズモノ扱いとなることと同義なのです。

 シレーヌの場合、下手をすると貴族の家には嫁げないかもしれません。


 彼女も19歳ですから、本来であればとうに嫁いでいてもおかしくない年齢であり、嫁ぐ先が無いというのはそれだけで非常に大きな失点なのです。

 せめてリューマ殿が子爵程度の爵位を持っている貴族ならば、或いはシレーヌには似合いの殿方になれるやも知れなかったのにと、私は残念に思っておりました。

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