5-9 コレットの回顧 その一

 私はコレット。

 ジェスタ王国の第二王女で、コレット・ヴァン・フルスロット・ベンジャミンという名を持っていました。


 ひょんなことから、私は王都からフレゴルドへ巡察の旅に出たのです。

 本来は、私一人に与えられた特別の任務の筈だったのですが、その時は弟のザイルも一緒になってしまったのです。


 そもそも巡察のきっかけは匿名の密告によるものでした。

 フレゴルドの代官所で不正を行っている者が居るとの密告だったのです。


 通常ならば、王家の王女(と王子)がわざわざ出張でばるような話ではありませんが、密告には王都からの監査役が賄賂によって当該不正に目を瞑っていると記載されてあったのです。

 となれば通常通りの監査では、不正が正せない恐れがあったのです。


 そのために、監査という形では無く、王族の巡察を隠れ蓑として、不正の実態を確認することになったのです。

 密告に基づく監査代わりの調査と言う事情が代官所に気取られるならば、或いは匿名の密告者に危険が及ぶかもしれなかったのです。

 

 それゆえに、これまで久しく無かった「巡察」という王家の行啓ぎょうけいの旅に偽装したのです。

 真の目的地はフレゴルドなのですが、途中ハインブルクとモレベックの二か所の街を訪問し、領主や代官と挨拶を交わし、形式的な視察を行ったのです。


 行啓とは言いながら、本来の「巡察」はお忍びの旅であり、かつ、王族の数少ない市中見聞の機会でもあったのです。

 従って、巡察の一行は、左程多くの陣容にはしないのが慣例なのです。


 私に付き従うのは、近衛騎士団所属の第三中隊の第二小隊のみでした。

 小隊長は、長く私の護衛を務めてくれているシレーヌ・バイフェルン嬢。


 そうしてこの小隊は、女騎士ばかりで構成されているのです。

 近衛騎士団の他の小隊からは、色物として見下されていますが、私を含め王家の女性からは絶大な信頼を勝ち得ている者達なのです。


 その巡察の旅に出る直前になって、弟のザイルが一緒に行きたいと我儘を言ったのです。

 見せかけの巡察なのですが、形式的な目的は各地の視察により王家の者の見聞を広めることです。


 従って、ザイルも同行して見聞を広めたいと言われれば、断りにくいものがあったのですね。

 そうして父王からは、その許しが出てしまったのです。


 かくしてザイルと私は馬車にてフレゴルドへの街道を進んでいたわけです。

 馬車の中にはお付きの侍女二人も乗っていました。


 途中二つの町に立ち寄り、形式的な査察と見学を実施しました。

 無論、二つの町には問題など有りようもなく、街の代表者などから陳情を受けたりして時を過ごしました。


 巡察においては、陳情は受けても、その場で回答する必要はありません。

 後日王家の宰相らが相応の回答を為すことになっていたのです。


 そうしてフレゴルドの街に向かっている最中に、予想外の出来事が起きたのです。

 フレゴルドに通じる街道で、オークと呼ばれる魔物多数が私たちの馬車を襲撃してきたのでした。


 フレゴルドに至る街道は、主往還ですので往来も多く、周辺の警備巡回もそれなりに実施されている筈ですから、魔物であるオークの集団が出てくるのがそもそもおかしいのです。

 そうは言いながらも、警備の目を潜り抜けてきた魔物の襲撃を躱さねばなりません。


 しかしながら、近衛騎士団の懸命の防戦も空しく、オークの襲撃により馬車を曳く二頭の馬のうち一頭が重傷を負い、馬車が走れなくなってしまったのです。

 馬車は道端に止まり、周囲を第二小隊の近衛騎士達が取り巻いて必死の防衛に当たったのですが、多勢に無勢で形勢は明らかに悪かったのです。


 既に二人の騎士が倒れ、近衛騎士の殆どの者が大なり小なり負傷している現状にありました。

 残念ながら王女や王子という者は、幼少の頃からそれなりに武術を学びますが、あくまで護身術の類であって、魔物と戦う様な戦闘術は習っていないのです。


 従って、只管ひたすら、ザイルと共に動かない馬車の中で声も出せずにただ震えているしかなかったのです。

 馬車の窓はこんな場合に備えて鎧戸があって、それを閉じていますが、小さなのぞき窓があって、外の様子は見えました。


 馬に乗った騎士を凌駕するほどの背丈がある恐ろし気な怪物が、騎士たちと戦っていたのですが、オークの馬鹿力に翻弄されて、騎士たちが明らかに圧倒されていました。

 このまま、こんなところで死んでしまうのかと半ば諦めの境地に陥った時、突然すぐ目の前にいたオークの頭がブバッという音と共に飛び散ったのです。


 今まであった頭部がどこかへ飛んで行き、大きな体躯がその場に倒れました。

 見間違えではと思った瞬間、またしても視界の片隅にあった別のオークの頭部がブバッと吹き飛んだのでした。


 見間違いではなかったのです。

 そうして次々と凶悪なオークの頭部が吹き飛んで行く様は、正しく救いの神の手の具現に他なりませんでした。


 何がどうなっているのかは私にはわかりませんでしたが、それからも次々とオークが討たれてゆきました。

 もうだめかと覚悟してから、未だ30も数えていないぐらいの間に、あれほど居たオークの集団は全て殲滅されていたのです。


 最後のオークがシレーヌの手でとどめを刺された後、シレーヌが血飛沫を全身に浴びた姿のままで、馬車の脇に駆け寄ってきました。


「両殿下におかれてはお怪我などございませんか?」


 私は鎧戸を小さく開けながら言いました。


「私たちは大丈夫じゃ。」


 その返答に安堵のため息を漏らしながら、丘の方を見ながらシレーヌが言いました。


「我らを助けてくれた御仁が丘の上にござりますれば、お礼を申してお連れ申したく存じますが、しばしの間お傍を離れて宜しゅうございましょうか。」


 シレーヌは、何に付け、堅苦しいのだが、それこそが彼女の真骨頂でもあった。

 私の警護を務めている以上、勝手に私の傍を離れてはならないと考えており、それゆえに私の許しを求めているのでした。


 そのようなことを気にせずともいいのにとは思うのですが、これも彼女の性分しょうぶん故仕方がありません。

 丘の方を見れば確かにかなり離れた距離に、どなたかが居るようでしたが、生憎と遠すぎて顔すらわからぬ状態でした。


 なるほど、あの御仁がこのオークどもを倒し、我らの窮地を救ってくれた御仁かと思いました。

 しかし、あれほど遠くから如何にしてオークどもを一匹ずつ倒したのだろうと思ったものです。


 魔法攻撃にしても遠くになればなるほど照準も甘くなり、ましてや敵味方が混じっている折には、見方をすら誤って打倒うちたおしてしまうほどにコントロールが難しいと聞いて居ました。

 あれほど遠くから打倒すことができるならば余程の腕の立つ魔法師なのかもしれないと思ったのです。


 いずれにせよ彼の者が我らの恩人であるならば、是非に褒美を取らせる必要がありました。

 シレーヌが彼のものを連れて参らせるというならば、私はここで待ち受け、挨拶を為し、正式にお礼を申し、その上で褒美を約さねばならなかったのです。


「ウン、シレーヌに任せる。

 其方が彼の者を連れて参るまで馬車にて待とう。」


 そんなことを話している間にもゆっくりとその者が、馬車に近づいてきました。

 シレーヌが彼の者に近づき、革製の兜を脱いで、何事か話した上で、やがて男を引き連れ戻ってまいったのです。

 私はザイルと共に馬車を降りて、彼らを待ち受けた。


 シレーヌと共に近づいてきた男はまだ若いようでした。

 なれど、私よりも少し年上の様に見える。


 面白きことに、オークの群れの大多数を殲滅したという割には、力強さに欠ける者でした。

 風体は旅装にショートソードをぶら下げており、冒険者と思われました。


 顔はある意味優男やさおとこ、そこはかとなく貴公子然とした顔立ちでしたが、あくまで私の勘に過ぎませぬけれど、この方は貴族ではないなと思われたのでした。

 そもそも貴族であれば、従者の一人、二人も連れていようし、旅に馬を使わぬことは無い筈でした。


 武器を携えているから商人でもありませんでした。

 商人であればその非力故に、ショートソードより短く、軽いダガ―ナイフ若しくは細身のノラ・グラディウス程度しか持ち歩かない筈なのでした。


 また宮廷魔法師などは杖やワンドを持っても剣は持つことはありません。

 それ故、私は、彼が魔法を使える冒険者と判断したのです。


 数は少ないが、冒険者にも魔法を使える者は居ると聞いていましたから・・・。

 そうしてシレーヌが私の前にひざまずいて言ったのです。


「リューマ殿、こちらはジェスタ国第二王女であらせられるコレット殿下、そうして第二王子であらせられるザイル殿下にございます。

 コレット王女殿下、ザイル王子殿下。

 こちらは我らの危いところに駆けつけ、オークども多数を魔法で撃ち倒してくれた旅人のリューマ・アグティ殿にございます。

 お二方からもどうぞこの者にお言葉を賜りますようお願い申し上げます。」


 私がその言葉を受けて、正式に礼を言いました。


「リューマ殿とやら、我らの危難を救ってくれてありがとう。

 あの凶暴なオークの頭が、目の前で次々と血しぶきを上げて吹き飛ぶのが何度か見えました。

 驚きと同時に、とっても嬉しくて喝采を上げたかったのですよ。

 特にわらわ達の近衛騎士たちがとても危い状況でしたから。」


 何だかついつい本音が出てしまいましたが、これもやむを得ないこと。

 するとリューマ殿が言ったのです。


「私としては自分のできることをしたまでのことにございますが、王女殿下から過分なるお言葉を賜り、恐悦至極にございます。」


 冒険者とはとかく野卑な者が多いと聞いていましたが、リューマ殿は礼節を知る者であるように思いました。

 初めて会う者から相応の敬意を捧げてもらえるのは、王女であっても嬉しいことでした。


 思わず笑顔がこぼれてしまいましたが、後で思うにつつしみが無い女とは見られなかったであろうなと幾分不安にもなったのは何故でしょう?

 騎士達に死者は出なかったことが幸いでした。


 しかしながら、負傷者が多いことと、馬も半数ほど失って隊列を組むのが難しくなったこと、また、オークの異常発生をフレゴルドに知らせねばならぬことから、我らは応急手当のみ施して先を急いだのでした。


 恩人であるリューマ殿には、我らの旅に同行してもらうことになったのですが、オークの殲滅に寄与した人物が一緒にいるというだけで随分と安心度が違うものでした。

 そうして何とか無事にフレゴルドに到着して、恩人であるリューマ殿とは一旦別れたのでした。

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