5-12 コレットの回顧 その四

 それにもう一つ、シレーヌも仲間に引き入れなければなりません。

 私だけでなくシレーヌも側室としてファンデンダルク卿にとつがせるのです。


 王都の英雄たるリューマ殿なれば四人や五人の側室を構えることもできるでしょう。

 また、そうでなければ我が夫として相応しくない人物と対外的に非難を受けることさえあるやもしれません。


 そうして色恋には寡黙かもくなシレーヌの望みもなんとか聞き出しました。

 そうして、リューマ殿にお願いしたところ、私の望みは叶えられました。


 伯爵陞爵の披露宴において、私とファンデンダルク卿の婚約が公式に発表され、その機会に私からシレーヌを側室として推挙すいきょしたのですが、リューマ殿もシレーヌに対して側室候補として交際を申し出てくれたのです。

 その際、たまたまファンデンダルク卿の寄り親であるマクレナン侯爵とバイフェルン伯爵も居合わせて、シレーヌの側室候補としての立場も公的に認められたのです。


 こうして私とシレーヌは、いずれリューマ殿の元に嫁ぐことになったのです。

 婚約期間は長くても一年間。


 その間に、リューマ・アグティ・ヴィン・ファンデンダルク卿との逢瀬おうせが続きます。

 おつきあいの度に私はリューマ殿を好きになりました。


 リューマ殿は、飾らない性格で、真面目なうえにとても博識でいらっしゃいます。

 王宮にも魔法師や博学の学者は沢山おりますが、そのいずれの方をしてもできないような様々なことをリューマ殿はしておいでです。


 リューマ殿の屋敷は、伯爵としては少々広い敷地に建てられておりますが、そこに工房を建てて、魔道具やら工芸品やら時には新たな食品や料理までもを産み出しておしまいになるのです。

 それを折に触れ、惜しげもなく私やシレーヌには分け与えるのです。


 それにリューマ殿との逢瀬には必ずと言ってよいほど感ずる気遣きづかいです。

 王女という私の立場に対する気づかいではなく、どちらか言うと女性に対する気遣いなのですが、例えばメイドに対しても同様の気遣いをところどころになされているのを散見できますから、おそらくはリューマ殿の性分しょうぶんなのでしょうね。

 勿論、メイド達にかける気づかいと私やシレーヌにかける気づかいは明らかに違いますが、そこにリューマ卿の優しさを感じるのです。

 

 ジェスタ国でも、往々にして女は立場上蔑視べっしされることが多いのです。

 私やシレーヌの場合は、身分があるので多少は異なりますが、それでも同格の立場なら明らかに殿方を立てねばならないのが古き慣例です。


 ですが、リューマ殿はそれを求めず、むしろ対等であろうとしているように見受けられます。

 これはとても嬉しい発見でした。


 そのような殿方が居られるなどとは思ってもみなかったからです。

 そのような機微きびがわかるほど親しくなれ、またお互いに好意を持って接することができることに私は喜びを感じ、そうしてリューマ殿に恋情を覚えるのです。


 シレーヌとの間はとても良好です。

 シレーヌは、私よりも年上ながらいつでも私を立ててくれる姉のような存在です。


 彼女もまたリューマ殿と親しくおつきあいをしてから、より恋心を湧き立たせているように思えます。

 私もそうなのですが、リューマ殿との逢瀬は、とにかく彼と親密な位置に居たいと思う様になってしまうのです。


 婚約者の逢瀬の場所は限られています。

 私の場合ならば、王宮内かファンデンダルク邸のいずれかです。

 

 まぁ、二人で離宮のお祖母様にご挨拶に赴くことぐらいは許されますが、基本的に外でお会いすることは難しいのです。

 逢瀬の際には必ずと言ってよいほどリューマ殿は花を用意してくださるのです。


 その時々で違う花なのですが、とても珍しい花を私のために用意してくれます。

 そうして三度に一度ぐらいは装身具を贈ってくれるのですが、とても素晴らしい工芸品なのです。


 王宮出入りの商人に一度見てもらったことがありましたが、これまでに見たことのない宝石を使っており、とても値を付けられないほど価値があると申しておりました。

 商人が何よりも驚いていたのがそのカッティング技術でした。


 宝石の色合いを際立たせ、魅力を引き出すためのカッティング技術が優れているほか、それらの土台となる指輪、髪飾り、あるいはペンダントに用いる細かい鎖などに施された工作がとても素晴らしいと申しておりました。

 ジェスタ王国随一の工芸士として知られるサンジェリニン殿でもこれほどの工芸品は生み出せまいと申しておりました。


 それほどまでの素晴らしき逸品いっぴんをどこで入手されるのか、リューマ殿が時折王宮に土産みやげとして持参されるワインと共にとても不思議なことなのです。

 そうそう、それに殿方たちの政治向きの話が私にも降ってまいりました。


 リューマ殿の側室を国王派の派閥内で固めようという動きです。

 宰相を通じて私にも打診があり、正室候補として側室になる者の資質を見極めるために茶会という名のお見合いの席を用意しました。


 候補者は全部で5名。

 うーん、ちょっと多いかもしれない。


 五人ぐらいなら大丈夫と思っていましたが、正室以外に6人となると、リューマ殿は大丈夫でしょうか。

 男女の交わりとは結構に体力を使うと聞いております。


 まして女は受け身ですが、殿方は一生懸命何事かをする務めというか責任がございます。

 そんな私の危惧はともかく、茶会にて候補の娘全員を口頭試問で確認しました。


 流石に派閥の長たちが厳選した娘達です。

 一番幼いケイト嬢ですら当然の様に貴族の習わしを承知しておりましたし、側室としての立ち居振る舞いを承知しておりました。


 色々と話をした限りでは、私とシレーヌの目にかなった人物であり、リューマ殿に全員を候補とするべきですと推薦いたしました。

 彼女らが側室としてファンデンダルク邸に輿入れした時点で、内々のしきたりについては追々おいおい決めて行くことにいたしましょう。


 いずれにせよ、正室たる私をないがしろにするようなことは、決して許さないつもりでおります。

 それはそうとして、秘密の多そうなリューマ殿ですが、嫁いだならば私にもその秘密の一端なりとも教えていただけるのかどうか・・・。


 ある意味で不安もございますね。

 これはひょっとして婚儀が近づいた娘に訪れるというブルーな感傷なのでしょうか。


 何れにしろ、婚約を為してから8カ月、ようやく私とシレーヌは嫁入りの儀式を果たし、ファンデンダルク卿の正室と側室になったのです。

 初夜は、私が先で、シレーヌは翌日になりました。


 感想はと聞かれると困ります。

 でもこれだけは言えますわ。


 私もシレーヌも大満足でとても幸せです。

 新婚三日目には、私とシレーヌと旦那様の三人が、同衾どうきんしました。


 王宮から付いてきた侍女のクリステルにはすっかり呆れられていますが、三人はとても仲が良いのです。

 婚儀の披露宴から七日間はその殆どがベッドの上で過ごしていたような気がします。


 でもそれ以降は、きちんと領主の妻或いは側室としての務めを果たしているのですよ。

 そんな折も折、旦那様から重大な秘密を打ち明けられました。


 私だけでなくシレーヌも一緒です。

 他の側室候補が嫁ぐまでには、まだ半年ほどの間もございます。


 単純に申して王家を含めて他人ヒトには決して漏らせられない内容でございました。

 敢えて言うなれば、関係者以外には決して知らせてはならない秘事でございます。


 我が旦那様は、この世の理を覆し、死人しびとを生き返らせたのでございます。

 曽々ひいひいお祖母様の幽霊とお話ができた旦那様ですから、当然他人ヒトには無い能力をお持ちなのだろうとは思いましたが、まさか、亡くなってから5年、いえ、間もなく6年も経つような白骨死体を蘇らせることができるとは思いませんでした。


 カルデナ神聖王国辺りに知られると、神の使徒としてあがめられるか、はたまた、神の摂理せつりを無視する悪魔として排斥されるかの両極端の道しか見えません。

 ジェスタ王国では、カルデナ神聖王国の主教である神聖教を信ずる者は意外と少ない筈ですが、それでも用心を重ねておく必要があります。


 の国は、過去に何度も神聖教の教えに反するとして、信徒に騒乱を促し、或いは神聖騎士団を押し立てて他国に攻め入るような狂信的な信徒の国なのです。

 また、彼の国では、物事の道理も正論も神聖教の教えの前ではすべてが無効です。


 神聖教の聖書に記されたことのみが真実であり、それ以外は悪魔の誘いであるとして排斥しているのです。

 ジェスタ国では、神聖教以外の宗派も教会を持ち、自由に教えを広めています。


 確かに、過去において、聖属性魔法にけたとある宗派の大司教様が死にかけた者を蘇らせた奇跡は幾つも語り継がれております。


 しかしながらその中に死後一日以上も経った遺体から蘇らせたという秘跡はありません。

 ましてや正規に葬られずに数年も放置されれば、アンデッドになっていてもおかしくはないのです。


 旦那様のおっしゃるには、極めて稀な事例で死んだ当人の魔力が大きく、聖属性魔法を持った状態であれば或いは身体は死んでもその意識が幽体として残ることが有るのかもしれないというのです。

 曽々お祖母様の場合は、心残りのゆえに昇天せずに遺された意志が霊となって離宮に取りついて居たのであって、それが解消した時点、すなわち黒瑠璃の宝冠が身内である王家の手に戻ったことで無事に昇天されたのだろうというのです。


 問題のアリス嬢の場合は、屋敷という両親の遺した遺産に執着した結果、そこを守ろうとして残った幽体が、旦那様の聖属性魔法を受けて昇華し、恨みを遺さないまま幽体として残ったのだろうというのです。

 両親がだまされて自殺に追い込まれ、尚且つ信頼していたメイドにまで裏切られた境遇には憐憫れんびんの情がわきますわよねぇ。


 従って、復活が可能ならばその方法を見つけようと約束した旦那様の心根は、優しさから来ているので非難はできません。

 私も同じ立場に置かれ、尚且つ成し遂げる力が有れば彼女を蘇生するかもしれないからです。


 アリスという存在が蘇生し、生きとし生けるヒトとして現存している以上、魔物じゃないのですから今更その存在を否定できません。

 彼女は、12歳の頃から5年もの間屋敷の地下室を離れられなかったのですから、所謂知識・経験としてはそのままの少女なのです。


 それから旦那様に逢って、その後1年足らずで復活したので、年齢としては旦那様やシレーヌに近いのですが、身体は12歳の少女のままのようです。

 今現在は、領地の僻地に屋敷を貰って執事やメイドと共に暮らしているようですが、一方でこれは問題です。


 平民の娘が何の庇護ひごも無く生きて行くにはこの世は厳しいのです。

 仮にその地を訪れた貴族辺りに無理難題を吹っ掛けられても避けるすべがないのです。


 旦那様は家と従者を与えてそれでよしとされているようですが、それでは駄目です。



 旦那様は、将来的に側室として迎えたいとの意思が有り、その可否を私たちに問うてきたのですが、それであればなおさらのこと、そのアリスという少女を放置してはなりません。

 伯爵が平民の娘を側室として迎える話は別に不思議ではありません。


 成人後に側室として迎えるのは、まぁ、問題はないでしょう。

 但し、側室が全員貴族の息女である中に平民が入るというのは、疎外される原因にもなりやすいのですが、果たして本人にその覚悟があるのかどうかです。


 私として一度、その娘に会って話をしたいと思いました、

 その上で、旦那様に弱みがあっては欲しくないので、アリスを王都別邸若しくは領地の本宅に早めに同居させるべきだと思っているのです。


 仮に、旦那様所縁ゆかりの娘が領内のざいに居るとわかれば、貴族間の権力争いの道具として利用されかねません。

 それを防ぐには隠すよりも公然と手元に置くべきなのです。


 私とシレーヌは同じ結論に達し、旦那様にその旨をお伝えしたのでした。

 その結果として、アリスは、一先ずファンデンダルク家の養女として迎え入れ、時機を見て側室として迎え入れることを仮決定としたのでした。


 私はシレーヌとともに旦那様についてグレービア村に赴き、実際にアリス改めリサと会い、話をしました。

 リサは、私とシレーヌの双方についてよく知っていました。


 リサは、幽体のままで王都別邸の工房二階に住んでいたので、私やシレーヌ、それに五人の側室候補が尋ねてくるところを遠目で見ていたようなのです。

 アリスの幽体は通常では見えないので、私たちは全く気づいてはいませんでした。


 王都別邸では、メイド長のフレデリカとフレゴルドで雇っていた執事一名、メイド二名がその存在を知っているだけだったのです。

 実体を持ってからは、姿を隠していたので王都別邸で他人目ひとめに触れたことはありません。


 色々話をし、貴族としての教育は一度も受けていないけれども、彼女自身が聡明であり、気さくな性格と相まって、貴族の養女としての教育を受けたならば旦那様の側室になっても何ら困らないだろうと思われました。

 そうして何より、私もシレーヌも彼女が好きになっていたのです。


 リサは、旦那様に燃えるような愛情を持っていましたが、旦那様を独占しようとまでは思っていませんでした。

 これまで一人でいた反動も有った所為せいか、仲間はずれにはなりたくなく、そうして旦那様の側室になることを熱望していたのです。


 こうしてアリス・エーベンリッヒは、リサ・ボーレンとして蘇り、更にリサ・アグティ・ヴィン・ファンデンダルクとして、旦那様と私の養女になったのです。

 この身体で三年を過ごし、15歳で成人の日を迎えたなら、旦那様の側室として正式に輿入れさせることになるでしょう。


 彼女も生身の女性として月のものも既に始まっていると聞いています。

 側室として旦那様を受け入れる用意は、身体的には既に整っていると言えるでしょう。


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