4-16 闇の取引
マリオレス男爵の家宰ダールマンは、情報屋からの密書を受け取った。
街の配達人を通じて届いた封書には、依頼に失敗し、命の危険もあるため身を隠す旨が記載された書状と金貨一枚が同封されていた。
「あの、ヘレナ婆が失敗するとは・・・。
他の情報屋を探すしかないのだろうが・・・。
これは何とも厄介な話になりそうな。」
ダールマンはそうつぶやいた。
後日、ダールマンから報告を訊いたマリオレス男爵は執務室で怒鳴った。
「何?
失敗しただと?
これまで失敗など無かっただろう。
何故じゃ?」
「さて、それはわかりませぬ。
何しろ当てにしていた情報屋が命の危険を感じて身を隠したようでございまして、彼らの在所はもぬけの殻でした。
家主に聞いたところでは契約を解除して慌てて家を出て行ったとか・・・。
戻ってくるつもりのない証かと存じます。」
「命の危険?
どういう意味だ?」
「情報屋は依頼を受けて情報を集めますが、場合により為してはならぬことを為し、或いは貴族に対する不敬を秘密裏に働くこともあります。
そのことが表に出た場合、貴族から追手がかかり、切り捨てられても文句は言えませぬ。
或いは情報屋の動きと素性や所在が伯爵の手の者に知られたのかもしれません。」
「内偵がばれたと言うか?
まさか、我が家の名が出ることはあるまいな?」
「私は情報屋には偽名を使っておりましたし、男爵家の家名を知らせてありませぬ。
ましてや情報屋は依頼主の秘密を守るのが第一の義務。
情報屋から男爵家の名前が知れることは無い物と思われます。」
既に相手が全てを承知しているとも知らずに安易に返答するダールマンであった。
「エクソール公爵から指名を受けての密命じゃ。
リューマ卿の秘密を半年以内に探らねば我が男爵家が派閥内で軽んじられることになる。
ましてや、リューマ卿隆盛の秘密がわかれば、このところ何かと勢力が落ちてきた我ら王弟派にとっても大きな利益となろう。
ダールマン、家名が表に出ぬならばどのような手を使っても構わぬ。
早急にリューマ卿の秘密を探れ。
少なくともワインの醸造元とワイングラスの製造元は絶対に突き留めねばならぬぞ。
リューマ卿の弱みを探る件については後回しでもいい。」
「仰せのままに動きますが、男爵様。
情報収集の要が居なくなった今、これまでと違い多少経費を使いまするが宜しいでしょうか?」
不機嫌そうに男爵が言う。
「如何ほどじゃ?」
「左程多くはならないとは存じますが念のため白輪金貨5枚ほどを用意いたしたく存じます。」
「フム、その程度なればよかろう。
なれど、無駄金を使うなよ。」
「承知してございます。
では急ぎ手配を掛けますので、これにて失礼をいたします。」
二人の密談は、天井の隅にじっとしていた小さな蜘蛛がしっかりと聞いており、ハイジからヘレナ、ヘレナからリューマへと書面で伝えられた。
そうしてなおもダールマンの動きは継続して監視されていた。
ダールマンが最初に動いた先は闇ギルドであった。
王都の闇ギルドは金で如何なる仕事も請け負う組織であり、表向きには存在しない組織である。
報酬さえよければ破壊や暗殺さえも請け負う組織だが、構成員はボスしか知らないし、窓口に当たる男が話を受けてボスが指令をするシステムになっている。
従って依頼人はボスも構成員も知らないことになっている。
ダールマンが訪れたのはそうした闇ギルドの窓口の一つであった。
ダールマンに対応するのは老爺が一人である。
「おや、誰かと思えば、お前さんかな・・・。
随分と久しいのぉ。
何処やらの貴族の暗殺以来じゃから、三年以上になるか・・・。」
当然の様にダールトンは前歴への言及をとぼけた。
「フム、一体何の話やら・・・。
儂は知らぬぞ。
それより白輪金貨二枚の仕事じゃ。」
「白輪金貨二枚とな?
随分と高額な報酬じゃが、左程に面倒な話かな?」
「面倒と言えば面倒かも知れぬな・・・。
情報屋のヘレナ婆の手におえず、相手に感づかれてしまったので婆さんが姿をくらましたような一件じゃ。
あそこで手におえぬとなれば、お前さんのところぐらいしか思いつかなかった。」
老爺が目を丸くした。
「ほう、ヘレナが逃げたとな?
そいつはかなり難しそうだな。
まぁ、ヘレナに頼むと言うことは少なくとも武力は無用のようだが・・・。」
「お察しの通り正面切っての荒事を頼む気はない。
とある貴族に関わるワインの醸造元とワイングラスの製造元を探ってほしいだけだ。
あと可能であれば当該貴族の弱みを探り出してくれれば更なる報酬を支払う用意がある。」
「ワインの醸造元にワイングラスの製造元?
そんなものは商業ギルド・・・では情報が取れ無いのか?」
「商業ギルドで分かるような話であればここには来ぬ。」
「だろうな。
その貴族の領地で造っているという訳でもないのか?」
「関係する貴族は、リューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルクという新興の伯爵だ。
領地として今回カラミガランダとランドフルトを与えられたが、当該領地で造られていたものではないことはわかっている。
伯爵叙爵の披露宴でワインが提供され、ワイングラスが土産として招待客に渡されたのだが、これらの品がどこから入手できたのかがわからない。
出入りの商人等からの情報では、いずれもこれまでにない品質のもので仮に販売するとなればこれまでの数十倍近い高値になるのではないかと云う。
いずれの貴族もその情報を求めている状況だが、入手先は
「ファンデンダルク伯爵と言えば、確か先頃の黒飛蝗襲来を防いだ王都の英雄・・・。
なるほど・・・。
得体の知れぬ人物だという情報が裏社会では流れていたが、ヘレナの情報収集がばれたとなるとやはりただモノではないな。
なれば白輪金貨二枚というのは少々安いぞよ。
御客人、もう少し依頼料をはずんではくれまいか。
そうでなければ元締めが依頼を受けてくれそうにないわい。」
「ムムム、二枚で足りぬか・・・。
なれば思い切って三枚ではどうじゃ?」
「フム、三枚なれば受けてくれるやもしれぬ。
取り敢えずそれで元締めに話をしてみよう。
で、確認するが、ファンデンダルク伯爵の叙爵披露で使われたワインとワイングラスの出所を探ればいいのじゃな?
それにファンデンダルク卿の弱点がわかれば更なる報酬ももらえると、それでよいな?」
ダールマンは頷いた。
「手付金は必要か?」
「いや、未だ受けるか否か定かではない故、受けると決まってからでよい。
前金で半分、仕事が完了して残り半分が決まりじゃ。
仕事を受けると決まったならつなぎをつけるからその時に半金を渡してもらえばよい。」
「フム、承知した、よろしく頼む。」
「ああ、それと、儂らに仕事を頼む以上はこの件で他への声掛けはしないでくれ。
関係先で競合すると、できることもできないようになるでな。」
「わかった。
お主からのつなぎを待って居よう。」
ダールマンは、この次に話を持って行くつもりであった甥っ子のところへは行かないことにした。
ダールマンの甥っ子は盗賊ギルドのサブギルドマスターをしているので、そこにも情報収集を頼もうと思っていたのだが、当面は闇ギルドの回答を待つことにした。
依頼人が依頼先の信頼を失う様な行為は、後々の付き合いがまずくなるからできる限りしない方が良いのだ。
ダールマンは少なくともそのように思っていた。
ところで、ダールマンにはヘレナたちの手駒である監視役が付いており、行く先、会話の内容などが文書で事細かにリューマに報告されていた。
リューマは、今のところ報復までは考えてはいないのだが、仮に相手方が過激になる傾向があるならば嫌がらせ程度は当たり前と考えているし、必要とあれば相応の報復もやぶさかではないと考えている。
ダールマンのように上からの意向でリューマの叙爵披露宴関係で情報収集に走っている貴族などは十指に余るほどいる。
そのうちのとある関係者はファンデンダルク邸の使用人にも食指を伸ばしたので、これについては相手方関係者に痛い思いもさせることにした。
ファンデンダルク邸の使用人であるメイドを街中の人気のないところで攫おうとした手先は、メイドの抵抗に遭って両腕を骨折した。
メイドが特段に強かったわけではない。
まともに対峙すれば間違いなく瞬時に抑え込まれる程の力の差があった。
しかしながら、メイドを抑えて暗がりに引き込もうとした際、メイドの僅かな反抗の素振りが弾みとなって男の手がメイドから離れた上に、男が地面に不自然な体制で倒れ込み、身を庇おうとして地面に腕をついて立て直そうとしたのが運のツキで、両腕をポッキリと単純骨折したのである。
普段であれば決してそのようなことにはならない筈であったが、リューマが陰から男の体制を崩して勢いをつけてやり、なおかつ地面に手をついた瞬間に横方向からの無理な力が加わったので両腕の
襲われたメイドさんは、これ幸いと後も見ずに人通りの多い方へと逃げていた。
痛みをこらえながらもなんとか立ち上がった襲撃者は流石に継続しての襲撃はできずに慌ててその場から逃げたのである。
襲撃者の不幸は続き、その日の夢に大きな鎌を抱えたマント姿の骸骨が出てきて恐ろしげな声で男に告げた。
『かの屋敷の者に関わるな。
関わるならばそなたの首はこの鎌で刈られるだろう。」
襲撃者であったゲーレンは、普段から神など信じない者ではあったが、夢身に出た骸骨は心底恐ろしかったので、あっさりと依頼を放棄することにした。
同様に依頼人の豪商もまたその夜に夢を見てファンデンダルク邸に関わる者に不法な行為をなせば一族郎党が報復を受けるとのお告げを聞いた。
彼が聞いたお告げは真っ白な霧のような存在だったが、彼はそれを神の化身と信じ、一方で頼んだ先も一旦受けた依頼を断って前金を返してきたので、やはり神の御業と思い込み、力業による情報収集は放棄することにしたのである。
因みに死神のような骸骨も、白い霧のような存在もリューマの闇属性魔法による産物であったのは言うまでもない。
リューマは別に神になるつもりはないのだが、自分や自分の関係者に対して敵意を持つ人物には注意を払い、マーカーをつけているので必要な場合にたまたま対処できたに過ぎない。
いずれにせよ国内の貴族の勢力争いにはあまり関わりたくないリューマだったが、王弟派の動きには今後とも注意せざるを得ないようだ。
そのためにヘレナには、エクソール公爵以下の王弟派貴族についての情報収集を継続するように給金を一割増やして指示することにしたのである。
因みに屋敷の外でメイドが襲撃を受けた報告を受けたメイド長は、リューマの許しを得て、メイド達に護身術の訓練を課すことにしたのは別の話である。
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