4-17 密談

◇◇◇◇ 密談 その一 ◇◇◇◇


 ここは王宮の離れにある一室である。

 いつものように宰相、マクレナン侯爵、ベッカム侯爵、リンダース侯爵の他にクレグランス辺境伯が加わり国王派幹部が揃っていた。


 偶々たまたま、普段王都には居ないクレグランス辺境伯が所用で王都に戻っていたので急遽会合を開いたのである。

 宰相が口を開いた。 


「で、マクレナン卿。

 リューマ伯爵の披露宴で提供されたワインなどの件では我が派閥だけでなく、中道派や王弟派までもが動いているということだが、我らが動く必要はないのかね。

 放置すれば或いは折角の新任伯爵に災いが及ぶ恐れもあろうが・・・。」


 マクレナン侯爵が宰相の問いかけに応える。


「左様、その恐れは十分にありましょうな。

 されど、我らが一々手取り足取りしていては、これから先の貴族社会ではやっては行けぬでしょう。

 それに、少なくとも一年後には第二王女をめとって末席といえども王族の一翼を担うことになる。

 これしきの事、自らの力で何とかしてもらわねば正直申して困ります。

 獅子は我が子を千尋せんじんの谷に落として鍛えると言う。

 我らもリューマ卿が自ら助けを求めるまでは静観すべきです。

 無論、真に危うい状況に陥った場合には、我らそれぞれの判断で動かねばなりますまいが・・・。」


 ベッカム侯爵が口を挟む。


「ふむ、影の者の情報では、エクソール公爵の配下が何やらこそこそと動いている様子だと聞いております。

 尤も、リューマ卿が自ら動いて災いの芽を刈り取り、当該手先を自分の配下にしてしまったとか。

 王弟派も次なる手段を講じているようなれども、未だリューマ卿に災いが及ぶには至っていないと聞いております。」


 リンダース侯爵もにこやかな表情で口を開いた。


「ほうほう、流石に王宮の影を司るベッカム卿、中々に耳が早いようですな。

 今の話で言うならば、わしとしては、災いの芽を自らの配下としたことに興味がありますがのぉ・・・。

 では、当面リューマ卿は安泰と見て間違いなさそうですな。」


 クレグランス辺境伯も普段ならば重いはずの口を開いた。


「それよりも、宰相殿、先般エステルンデ砦から内密の書状が届けられたと内々に聞きましたが、何かベルゼルト魔境に異変がありましたかな?

 ジェスタ東方のカトラザルとエシュラックの国境を預かる私ではあるが、当面東からの脅威は薄いので、ある意味暇を持て余しております。

 オルデンシュタット帝国とはヴァスタ大山脈のお陰で国境はあっても事実上の侵攻は不可能、帝国の南東部がエシュラックと接しているのが懸念材料なれど、エシュラックとの友好関係が続く限りいきなり帝国が我がジェスタ国に侵攻してくる恐れはまずない。

 北方のサングリッド侯国とフローゼンハイムも我が国と友好を保ちかつ戦力的には脅威にはなり得ないので、私が見るところ心配なのは魔境からの魔物の滲出しんしゅつだけなのですがなぁ。

 特に百年程前に起きたというベルゼルト魔境からのスタンピードの方が余程心配です。」


「確かにベルゼルト魔境の現状については、エステルンデ砦の近傍であるエベレット子爵領とクライスラー男爵領を含め、魔物の滲出を効果的に抑えられていないように見受けられるほか、クライスラー男爵当主にあっては、当該滲出魔物との戦闘中に重傷を負った模様で、嫡子ちゃくしの相続願いが出ているなどやや不安材料もございますが、此度の密書は実はリューマ卿に関してのことです。

 諸兄におかれてはくれぐれも内密に願いたいが、先般、リューマ卿がわずかの手勢を引き連れてエステルンデ砦に挨拶に訪れたそうです。

 リューマ卿には伯爵叙爵じょしゃく時に特にベルゼルト魔境の開拓について勅許ちょっきょを与えておりますので、視察で砦を訪れても何ら問題はございません。

 但し、守備隊隊長のエステルンド騎士団長エンリケ・ヴァル・ドラバル子爵の報告では、僅かに半日でエステルンデ砦に隣接する西側敷地に頑強な小砦を築き、なおかつ、当該砦に結界を設定して魔物の侵入を完璧に防いでいるとか。

 砦自体は内部の敷地が、概ね南北30イード、東西36イード程度であり、エステルンデ砦に比べると百分の一以下の大きさですが、城壁の高さはエステルンデ砦と同じ。

 厚みはむしろ小砦の方がぶ厚いと報告されています。

 そうして隣接するエステルンデ砦とは空中回廊を通じて繋がっており、その回廊がある方面を除く三方は深く幅の広い堀で囲まれており、小砦の南北方向には跳ね橋が設置されているそうな。

 エンリケ団長の言葉を借りるならば跳ね橋が上げられている現状では、難攻不落の小砦だそうです。

 エステルンデ砦は、騎士四千名、作業員三千名が多大の損害を蒙りながら三年の年月を費やして三十年程前にようやく建設したものです。

 その百分の一の規模であっても、僅かに半日で作り上げるなど王宮の魔法師団であってもまず不可能です。

 仮にエステルンデ砦と同じ規模の砦であってもリューマ卿ならば百日とかからずに作り上げてしまう計算となりましょうな。

 その意味で、この築城能力は決して他国に絶対に知られてはならない戦略的価値があります。」


 クレグランス辺境伯が大きく頷きながら言った。


「なるほど・・・。

 先の黒飛蝗では途轍もない大魔法で膨大な数の黒飛蝗を一人で殲滅し、此度は魔境に半日で完璧な小要塞を築いたか。

 攻防ともに卓越した能力を持っていそうじゃな。

 確かに彼の戦力としての能力を他国には知られてはいけませぬな。」


 居合わせた者は皆が頷いていた。

 宰相が言った。


「しかし、色々な話を聞けば聞くほどリューマ卿を我が派閥に組み入れてよかった。

 これでコレット王女との間に早く子を儲けて貰えれば、国王派は万全の体制となろう。

 で、今のところはマクレナン卿の寄子から側室一人が既に決まっておるが、諸兄の派閥に側室に送り込める娘はおありかな。

 この際他の派閥の関与を防ぐために一気に側室候補を決めても良いかと存ずるが?」


 ベッカム侯爵が言った。


「ウム、色々と探してはみたが儂のところには、成人まであと二年ほど待たねばならぬ娘しかおらぬな。

 残りは王女を正室とする者の側室に送り込むにはいささか難があると見た。」


「ほうほう、ベッカム卿がそう見られておるなれば、それはそれでよろしきかと・・・。

 未成年の娘であっても婚約だけしておけば二年後には側室として送り込めましょう。

 何処の娘ですかな?」


「ふむ、儂の寄子のレイズ子爵が三女、カナリアという娘じゃ。

 未だ14才じゃが、才気煥発でな。

 男に負けぬ知性を持っておる。

 レイズ子爵が男に生まれて居ればと随分と悔しがっておった。

 それに生母が側室なれど美姫ゆえ、三年もすればカナリアも美しき女になるじゃろう。」


「なるほど、なるほど、ではその娘を側室候補に挙げておきましょう。

 他のお三方は?」


 その場で数人の娘の名が上がり、最終的に王宮にてコレット王女主催の茶会を近々催して、それら候補者を一堂に会することにしたのである。

 リューマの知らないところでまたまた側室が決まりそうな雰囲気であった。



◇◇◇◇ 密談 その二 ◇◇◇◇


 エリック・フォン・ガラッド・エクソール公爵は、王都別邸の応接室にあって苦々しい顔で上納されてきた高価なアルム酒を飲んでいる。

 公爵の他に三人の客がいた。


 ノワール・ヴィン・ダッフェル・ビクセン伯爵、ゾーク・グエン・タムゼン・メルエスト子爵、カイザー・グエン・メッケルト・ブライオン子爵である。

 いずれも王弟派と呼ばれる貴族であり、密かにエクソール公爵を主筋と仰いでいる者達である。


 今日はたまたま王都を訪れたビクセン伯爵とブライオン子爵を歓迎しての宴会があり、その後、席を変えて応接室に移動したのである。


「エクソール王、今日は少々ご機嫌斜めでございましょうや?」

 

 ビクセン伯爵がそう尋ねると、重々しくエクソール公爵が口を開いた。


「マリオレス男爵に命じた一件の進捗状況がはかばかしくないでのう。

 少々苛ついて居るのじゃよ。」


 メルエスト子爵が申し訳なさそうに口を挟む。


「マリオレス男爵が用いていた密偵は優秀と聞き及んでいましたし、男爵が家宰も帝都では情報通と聞いていたので任せましたが、拙かったでしょうか?」


「いや、詳細は不明なれど、相手が防諜に長けているらしく、密偵と云うか情報屋の正体がばれて、その者が報復を恐れて逃げ出したようだ。

 其方や男爵の所為では無かろう。

 男爵は別の方策で情報収集に当たると報告してきたが、簡単には情報は得られぬやも知れぬ。

 そうして、そのことは国王派に有能な者が一人増えたことを意味しているからのぉ。

 憂鬱にもなるわい。」


「目の前のこぶになりそうであれば、いつぞやの子爵の様に闇に葬りましょうや?」


「まぁ、その手はいつでも取れようが、相手は武功で爵位を得た者じゃ。

 生半可な者では討てぬと思っていた方が良い。

 少なくともフレゴルドでは王女を狙った魔物や刺客集団を返り討ちにしたそうじゃ。

 魔物はともかく刺客集団はフレゴルドでは名うてのアサシンだったそうだからのぉ。

 その所為もあって、我が派閥にも多少の縁があったフレゴルドの代官が失脚した。

 例えば冒険者で言えばSクラスの刺客がいるのであればやらせてもよいがの。

 無論、我が方が背後にいることを悟らせてはならぬぞ。

 そのようなものが誰ぞ居るか?」


「いや、流石にSクラスで暗殺を請け負う者は知りませぬな。

 Aクラスから堕ちた者ならば二人ほど知ってはおりますが、逆に信用できぬ故、余程の場合でないと使えませぬ。

 捕まれば命惜しさに背後関係をすぐにばらすような輩です。」


「ふむ、では使えぬな。

 これ以上、我らの陣営の弱体化が目立つようなれば、帝国に渡りをつけることも考えねばなるまい。」


「帝国と、・・・。

 では、我が領内の例の一族を使ってブール卿とつなぎを取りましょうか?」


「いや、まだ動くな。

 帝国に働きかけるのは最後の手段じゃ。

 仮に帝国に援助を求めるならば少なくとも王国の三分の一程度は割譲せねばなるまい。

 それでは王国が持たない。

 我が王になったにしても強大な帝国の領土が一画にあるだけで、いずれは飲み込まれるか属国になり下がるしかない。

 それは我にとっても悪手なのだ。」


「確かに、なれば中立派のいずれかを狙って切り崩しを図るか、或いは国王派のいずれかを暗殺いたしますか?」


「暗殺は、対象が警戒心に薄い者ならばその方法もあろうが、三年前の子爵毒殺事件以来、どこも警戒が厳重になったでな。

 闇ギルドと雖も簡単には成就できまい。

 それと相手方に危機意識を過剰に植え付ければ、こちらも暗殺対抗策を講じねばならなくなるやもしれぬ。

 闇ギルドは金で動く。

 昨日の味方は今日の敵にもなりかねないからのぉ。」


 ビクセン伯爵が頷きながら言った。


「確かに、国王派のベッカム侯爵は王宮の陰の者に通じているといいますからなぁ。

 あ奴が本気で動き出せば少々面倒なことになります。」


「まぁ、少なくとも国王に我らが左程に睨まれないようにしておけば大丈夫だろう。

 国王は、我とは違って無闇に人を罪には貶めぬ性質じゃ。

 国王が我を罪に落としたとなれば王家の恥ともなるからのぉ。

 何事も過激でなければ穏便に過ごせよう。

 其方たちも過度の陰働きは戒めよ。

 この応接室は密会用に窓のない密室とし、天井も床も他人が入れぬ仕組みになっておる。

 従って防諜は十分じゃが、そなたらの屋敷はそうでもない筈。

 じゃから、そのような場所では影の者が盗聴しているものとして動き、話せ。

 相手に気取らせるなよ。」


 残念なことにエクソール公爵の注意喚起にもかかわらず、この日の密会は「むし」により全てリューマに筒抜けであった。

 リューマは、王弟派が場合によっては国を売ってまで国王にとって代わろうとする底意があることを知ったのである。


 但し、現状では極めて不確実な情報であるため、国王派の侯爵たちに知らせることは控えたのである

 その一方で、ビクセン伯爵の領内にいる帝国領内と行き来のできそうな部族のことについては若干興味を惹かれたので、その件を内々に調べるようにエレーヌ婆さんに頼んだのである。


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