4-15 監視の眼

 それは王都の屋敷でのことだった。

 ふと気づくと監視の目があるのだ。


 明らかに人では無い。

 センサーで確認すると蟲だった。


 少なくとも三匹、暗がりや物影から俺の動きを見ているのだ。

 普通の蟲?


 いや違うな。

 俺の造った結界を掻い潜ってきた奴だからただの蟲である筈がない。


 普通の蟲ならば結界に触れただけで不快感を認識して逃げ出すはずなのだ。

 であればテイマーに操られた蟲と云うことか?


 もしそうだとすれば面白い能力ではあるが、煩わしいな。

 創造魔法で俺はその三匹の蟲とつながるリンクを追った。


 居ましたね。

 貴族街の外、廃屋となった商家の庭に入り込んでいる不審な奴が一人。


 で、俺がそのリンクを強制的に断ち切ってやると蟲は慌てて結界から逃げ出していった。

 蟲としては自らの本能に逆らってまで我慢して監視していたのだから無理もない。


 テイマーからの束縛が外れた途端に逃げ出したのだ。

 で、肝心の不審者の方だが、こいつも当然に異変を感じて動き始めた。


 どっこい俺はこいつにマーカーをつけている。

 だからどこへ向かおうと行く先はわかる。


 翌朝、俺は王都の中を変装して散策していた。

 家宰のジャックが煩いので伯爵と分かるような出で立ちや顔では簡単には屋敷から出られないのだ。


 俺の書斎の中で変装し、転移して屋敷の外に出たので屋敷の者には俺の外出は知られていないはずだ。

 もっともメイド長のアリスには察知されてしまうのだがこれは止むを得ない。


 行く先は王都の中でも貧民が多く住むスラム街のような場所だ。

 俺も今まで行ったことは無いから良くは知らんが。


 不可視(インビジブル)の状態で飛行しつつマップ作製を行ったことが有るので、王都内のマップは地下部分を除いてはほぼ完成している。

 で、俺は今昨晩の不審者が潜んでいる建物の前にいる。


 かなりくたびれた二階建ての小ぢんまりとした木造建築物であり、建物内には不審者以外に二人。

 一人は一階にいるのだが、残り二人は地下にいるようだ。


 不審者は地下にいる。

 表の看板には「失せ物探します。」とある。


 地球で言えば探偵業なのかな?

 商売をしているのなら客を装って入るのもありだろう。


 俺は二重ドアを開けて中に入った。

 あまり広くはない部屋にカウンターめいた机があり、白髪交じりの茶髪の老女が一人いた。


「いらっしゃい。

 初めての人のようだけど・・・。

 頼み事は何かな?」


「ちょっと人探しとその人の情報を知りたいんだが、頼めるかな?」


「人探しかい・・・。

 出来ないわけじゃないが、その探し人の詳しい特徴がわからないと難しいよ。

 最近の肖像画なんぞあれば役立つけど、少なくとも名前、性別、年齢ぐらいわからないと手を付けられない。」


「なるほど、・・・。

 名前も性別も年齢もわからないし、顔もわからないが、少なくともここに依頼をしに来た人物だと思うんだが、教えて貰えるかな?」


「ほぉ、そりゃぁ、無理だ。

 これでも儂らは仕事に誇りを持っている。

 依頼人のことは滅多なことでは教えられないよ。」


「その滅多なことと言うのは、貴方の命と引き換えでは賄えないものなのかな?」


 その言葉に明らかに老女は震えあがり、机の下に手をやった。

 右側の扉から階段を駆け上がる音が聞こえ、二十代の男女二人が部屋に飛び込んできた。


 二人とも、手には特徴のあるククリナイフを握っている。

 男の方がナイフで威嚇しながら言う。


「誰だ?

 てめぇは?」


「俺かい?

 俺はお前さんたちの調査対象の一人だよ。

 今は変装しているが、なり立ての伯爵と言えばわかるかな?」


 老女と若い女性が明らかにビクッとしていた。


「伯爵だか何だか知らねぇが、ばっちゃんを脅そうなんて奴はただじゃおかねぇ。」


「そのばっちゃんは、依頼を受けた者、で、そっちの彼女が依頼を実行するための俺の傍に監視の目を置いた者と言うところか・・・。

 因みに不敬罪と言うのがあるのを知っているかね?

 お貴族様に失礼なことをした奴はその場で無礼討ちにされても文句も言えないし、後で衛兵が捕まえに来て打ち首になることもあるんだが、・・・。

 ばっちゃんや其処のお嬢さんをそんな目に合わせてもいいのかな?

 因みに君がナイフを向けて敵対しているのも正しく不敬罪にあたる。」


「俺はともかく、ばっちゃんや姉ちゃんが不敬罪を働いたという証拠があるのかよ。」


「証拠?

 うーん、さっきも言ったようにその場で無礼討ちもあるんだよ。

 証拠なんてものは不要だ。

 不合理だけど、お貴族様にそれなりの確証があればいい。」


「そんな馬鹿な。

 ばっちゃんや姉ちゃんがそんなことで殺されるなんて俺は勘弁できない。」


 若い男がいきなりククリナイフで切り掛かってきたが、動きが遅い。

 見様見真似の合気道で技をかけるには十分な時間があった。


 若い男はナイフを持った手を掴まれ、腕関節を決められたままひねりを加えて投げられ、派手に床にたたきつけられた。

 その上で、流れるような動きでうつ伏せにされ、首元を膝で押さえられ、背後に腕を固められた。


 こうなると男は反抗もできない。

 ナイフは投げられたはずみで部屋の片隅に転がっている。


 女がククリナイフを手に切り掛かろうとしたのを瞬時の威圧で押さえた。

 女はビクンと大きくのけぞり、動きを止めて、その場に座り込んだ。


「別に取って食おうという訳じゃない。

 で、ばっちゃんとやら、なり立ての伯爵の秘密を探ってほしいと言う依頼をしてきたのは誰か教えて貰えるかな?

教えて貰えないなら、場合によってはこの若い二人が命を失うか犯罪奴隷に落ちる。

 脅したくはないが、口を閉ざすならば、そうするしかない。」


「その二人を害するのは止めておくれ、私に残されたたった二人だけのなんだ。」


 俺は頷きながら更に言った。


「そこのお嬢さん、毒蟲を使うのはやめてくれないか?

 無理に使えばそいつが死ぬだけだ。

 無駄だからするんじゃない。」


 部屋の片隅に居たサソリなどの毒蟲が一斉に動きを止めていた。

 

「自己紹介と行こうか?

 名無しの権兵衛では呼ぶのに困る。」


 ため息をつきながら老女が言った。


「儂は、ヘレナ、そっちの押さえつけられているのは儂の孫でランス、娘の方は孫のハイジでランスの姉になる。」


「ウン、これまでの話で承知しているだろうが、俺はリューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルクだ。

 で、ヘレナさん、あなたの信条には反するかもしれないが依頼主を教えてくれないか。」


 苦渋の表情を見せながら老女が言った。


「仕方がないのぉ。

 孫を人質にされ、ハイジが操る蟲の動きまで抑えられては、逃げる方法がない。

 依頼主は、・・・。

 マリオレス男爵のところの家宰じゃ。

 伯爵の強さの秘密、それに工房での生産物の秘密を探ってほしいと言われた。」


「昨夜が初日か?」


「昨日の日没前頃に頼まれたからのぉ。

 昨晩が初めての仕事じゃった。

 じゃが、これまで一度も失敗したことのないハイジが初めて失敗した。

 いきなり蟲とのつながりが切れたと聞いて、理由がわからなんだが・・・。

 もしや、あんたがやったのかね?」


「あぁ、そうだね。

 昨晩は本来なら入って来れない筈の結界の中に蟲が三匹も居たのでね。

 その元を手繰ってつながりを強制的に切った。

 昨夜のうちにつながりのあった者を捕らえることもできたが、トカゲのしっぽ切りで終わっては依頼主に辿り着けないから、今日まで待ったんだ。

 で、依頼主もわかったのだけれど、依頼の方は中止にできないかな?

 中止にしてくれるならば、金貨一枚を支払うが・・・。」


「お貴族様にしては随分と寛容じゃのう。

 それこそ手打ちもありだろうに・・・。」


「自分の命であれ、他人の命であれ、人の命を粗末にするなと、私は親から教えられたが、ここでは違うのかな?

 そなたが依頼主の名前をしゃべったことで追われる立場になるのなら、私の領地で匿ってもいいぞ。

 三人共に面白い能力を持っていそうだからな。

 いっそのこと私に雇われてみないか?

 三人がまともに暮らせるだけの給金は支払うぞ。」


「ふむ、その話乗らんでもない。

 ここのところ男爵の家宰もそうなのじゃが、儂らの扱いが雑になってきてのぉ。

 儂らの場合、本来の「お頼み料」は銀貨一枚から金貨一枚で、仕事の難易度によって異なるのじゃが、依頼人が値切るし、この界隈で根を張っておる極道どもが、みかじめ料を求めだしてのう。

 儂らの少ない収入の半分以上も持って行きよる。

 このままでは儂らもじり貧で、いずれ食っては行けぬ。

 そこへ降って湧いたように今度の依頼じゃった。

 依頼料は金貨三枚。

 手付で金貨一枚、向こうの望む情報が得られれば残り金貨二枚が手に入る予定じゃった。

 割のいい仕事じゃったが、もう続きはできん。

 金貨一枚は相手方に返して、仕事は中止にしよう。

 で、相談じゃが、儂ら三人の住むところと30日ごとに金貨一枚の報酬が得られるならば、伯爵様の雇い人になろうと思うのじゃが、どうじゃろうかのぉ。」


 不安そうな顔で老女が俺の顔を伺う。


「いいだろう。

 お前たち三人を、30日分一人当たり金貨二枚で雇うことにする。

 住まいの方は、王都別邸の使用人部屋になるから、それに同意するならば、今から引っ越しだな。

 お前たちの仕事はこれまでと左程変わりはない。

 私の命で様々な情報を入手してもらうことになる。

 お前たちの働きぶり次第で報酬も上げてやろう。」


 そう言って、俺はねじ伏せていたランスを解き放った。

 ランスは起き上がって悔しそうな顔をしていたものの、俺の話の内容が頭に入ってくるにつれ驚きの表情を浮かべている。


 当然のことながらヘレナもハイジも共に呆気にとられた顔をしている。

 ヘレナが確認するように言う。


「儂らのような者がお屋敷に住んでも構わぬのか?

 それに一人につき30日分金貨二枚などと・・・多すぎはせぬのか?」


「私の屋敷に居るメイドや馬丁の給金は最低でも年額で白輪金貨三枚になるはずだ。

 其方らの場合、年額にして白輪金貨三枚と金貨二枚の報酬になるが、さほど高いわけではない。

 むしろその分だけしっかりと働いてもらうからそのつもりでいろよ。」


 その日のうちに三人は家財道具を載せた荷車を曳いて屋敷までやってきた。

 因みに貴族街に入るにはゲートで身分証や許可証を見せなければならないのだが、俺の家紋の入った袱紗と書状を預けたので貴族街の門衛にみせて、無事に中に入ることができた。


 屋敷には流石に表門から入るのは問題があったので、裏門から入るように指示をしておいた。

 身なりの方は古着屋でそれらしき服装を整えてから来てもらった。


 流石に余り汚れた衣装で貴族街をうろつかせるわけには行かなかったからだ。

 ハイジが俺の屋敷までの道筋は知っていた。


 大枠の場所は依頼主から聞いていたらしいが、貴族街の外から蟲を操るのは結構面倒なことだったようだ。

 従って前日は夜半遅くなってようやく俺の屋敷に蟲が辿り着いたようだ。


 何はともあれ、その日からスラム街の情報屋は姿をくらまし、情報収集に長けた三人が俺の使用人に加わったのである。

 ヘレナは蛇をテイムする能力を持っているし、ハイジは蟲全般である。


 ランスは小鳥をテイムできるようだ。

 面白いことにそれぞれテイムした蛇、蟲、鳥の目で見たものを認識し、人の会話も認識できるようだ。

端的に言えば、哺乳類を含む四足動物はこの三人がテイムできないことが面白いと思う。


 彼らに最初に行ってもらったのは、元依頼主であるマリオレス男爵の周辺情報である。

 マリオレス男爵は王弟派に属し、寄り親はエクソール公爵の筈である。


 従ってそもそもの依頼が男爵個人なのかそれとも派閥上位の者から出された者なのかを確認する必要があったのだ。

 単なる産業スパイ擬きならば良いが、俺の失脚を狙う政争紛いが主目的ならば俺も明確な敵認定をしなければならない。


 当然のことながら場合により相手を潰すことも考えねばならないだろう。

 この世界では、「目には目を、歯には歯を」で生き残らねばならないこともあるのだ。


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