4-14 エステルンド砦への訪問
このころ王都で話題になったのが、俺の作った馬無し馬車だ。
派閥内の貴族から盛んにモーションを掛けられた結果、止むを得ず、王家に一台贈呈し、更にマクレナン侯爵と宰相にも格安で譲った上で、派閥内貴族に限って各家一台を販売することにした。
一台当たりのお値段は、ちょっと吹っ掛けて白金貨三枚(約6000万円)なんだけれど・・・。
あるところにはあるんだよね。
お陰様で、ここ2年分ほどの注文が溜まっている。
コピーで簡単に増産はできちゃうのだけれど、流石に短い時間で沢山造って販売するのは俺の能力を色々と推定されるので拙い。
だから二か月に一台(年間八台)の限定生産としているのだ。
馬無し馬車だけでなく、クリスタルグラスや磁器の要望も非常に高いので、ディートリッヒの仲介でシュバルツ商会に渡りをつけ、とある系列の小規模商会に一月に一定数を卸すことに決めた。
無論生産者等は秘匿してもらうことが絶対条件である。
このため、引き渡しは別途倉庫を作ってもらい、そこだけで引き渡されるようにした。
因みに俺(直接倉庫内に転移はする)を含めて、我が家の使用人は誰一人としてその倉庫には近づかない。
目くらましのため、当該商人にはシュバルツ商会関連の色々な相手との交流を行ってもらい、馬車を行き来させてもらっている。
俺とは殆ど接点が無いので、これで出所が俺と簡単に分かることはまず無いだろうと思う。
金銭の授受は商業ギルドの口座でやり取りされるが、当該情報は商業ギルドの絶対的機密の枠組みで外部に漏れ出ることはあり得ない。
かつてのスイスの銀行みたいなものだろう。
顧客の秘密の保持が信用になっているのだから、仮に秘密が漏れれば商業ギルドは消滅することになるはずだ。
クリスタルグラスや磁器の製造については、いずれ俺の領地で工房を作り、職人を育ててみるつもりでいる。
今のところ生産数が少ないから広まってはいないが、いずれ交易品としても有望であるし、何より高値で取引できるのが美味しい。
俺の領地の特産物の一つになればいいと思っている。
馬無し馬車の方は、余程の錬金術師が居なければ、領地での下請け生産は無理だろうな。
当分は俺だけの受注販売しか方法がない。
もうひとつ便器のウオッシュ*ットの方だが、要望は多々あれど、こいつは我が屋敷に多数設置したものの、そのままコピー製品を譲渡若しくは販売するのは微妙なところだ。
わずかながら電気を必要とするし、上下水道や浄化処理槽が必要になる。
この世界では上下水道も浄化槽も普及していないし、そもそも工事のできる業者が居ない。
仮にこの世界で売り出すとなれば、便器単体で終末処理まで完遂できる魔道具にしなければならないだろう。
で、そのための開発を目下進めているが結構手間がかかりそうなので、後回しにしているところだ。
王都別邸以外に俺の領地の屋敷なんかは設備しても構わないけれどね。
俺がかかりきりで他人様の屋敷の便器を設置して歩くのは、流石に伯爵の品位に欠けるだろう。
従って魔道具が出来上がるまではウオッシュ*ットの販売若しくは譲渡は無しにしておこう。
まぁ、王家から問い合わせが来たなら受けざるを得ないかもしれないが、幸いにして今のところ要望が来ていないので助かっている。
そのほか、俺の領地には代官所用で馬無し馬車1台×2か所、カラミガランダの伯爵邸用に2台を配置して、元馬丁を運転手として急遽養成中だ。
そんなこんなでいろいろと体制づくりをしてから、いよいよ開発を許されているベルゼルト地方のエステルンド砦に向かった。
今回は視察と称して、エベレット子爵領とクライスラー男爵領を訪れて形式的な挨拶を交わした後、エステルンド砦に顔を出して砦を守る騎士団幹部に挨拶したのだった。
因みにエベレット子爵は、王都に在って領地不在であり、代官と家宰に挨拶だけした。
クライスラー男爵は、病気療養中とのことであり、代官と家宰、それに奥方にお見舞いと挨拶だけして早々に引き上げた。
何でもベルゼルトの魔境から領内に
実のところ、治癒魔法の行使を申し出ようかと思ったのだが、俺のセンサーで確認する限り、傷病者が館内には見当たらなかったのだ。
或いは、男爵自身が既に死亡しており、それを隠しての家督相続の申し出かもしれないので、その辺については深く関わらない方がいいだろう。
最終的な目的地であるエステルンド砦の守備隊は王家直属なのだが、駐在兵力は1500名ほど。
騎士団の同行家族や砦内で騎士団を支援する民間人200名と併せて総計二千名ほどが住んでいる。
砦に至る道路は整備されているものの、その周辺に魔物がかなり滲出してきており、エベレット子爵領及びクライスラー男爵領のいずれもが領内の魔物の駆逐に成功していないことは明らかであり、砦はベルゼルトの魔境に突き出した堡塁のようになっている。
守備隊である騎士団の現状の仕事は主として砦と砦に至る道路の確保であり、それだけで精一杯のようだ。
俺が馬無し馬車二台で砦に向かう途中にも砦に向かう騎士団護衛の荷駄隊が魔物の襲撃に遭って苦戦している様なので手助けした。
魔物は、マスベロンという二足歩行の中型恐竜が10匹ほどだ。
体高は2m半ほど、体長は尾の先端まで含めると約5m、体重は300キロから400キロほどにもなる。
動きは俊敏で、体当たりされると騎士が馬ごと数m吹き飛ばされるし、体表を覆う鱗が固く矢や刃物が簡単には通らない。
アギトは大きく強い。
噛みついて振り回されると、大人の胴体が食いちぎられるほどだ。
例によって、俺はライフル擬きを取り出して、螺旋回転を与えた土塊を打ち込み、瞬く間にマスベロンの団体さんを殲滅した。
幸いにして荷駄隊に死者は出なかったが、重傷者二名、軽症者が5名ほど居た。
今後とも砦の騎士団には世話になることもあるかとも思い、怪我人を俺の治癒魔法で治した。
尤も重傷者を即座に全快させると後々何かと面倒そうなので、ほどほどにして全治まではしなかった。
あ、軽症者については全治させたよ。
まぁ、これでも問題が無いわけでもない。
治癒魔法というものは、どちらかと言うと聖職者の縄張りで、治癒魔法を使える者は早くから教会に取り込まれることが多いらしいのだ。
俺の場合一気に伯爵にまで駆け上ったから、流石に教会も手を出しにくい状況の筈だが、それでもカルデナ神聖王国辺りに懸念を持たれると色々面倒そうだからね。
出来るだけ俺の能力は隠す方向でいるよ。
で、遅くはなってしまうのだが警護代わりに荷駄隊の後について夕刻には砦に就いた。
守備隊隊長のエステルンド騎士団長エンリケ・ヴァル・ドラバル子爵に挨拶すると、丁重にお礼を言われた。
荷駄隊は砦で必要な物資を運んでおり、これが届かないと砦に居住する二千名の死活問題になるのだそうだ。
最近は富にベルゼルト魔境からの魔物の滲出が多く、騎士団も困っているそうなのだが、今回のように中級の魔物であるマスベロン辺りが群れで来られると、騎士団でもなかなか対応できなくなるそうだ。
マスベロン一頭について、騎士団20名でようやく倒せるぐらいらしく、今回の警備は馬丁を含めても総勢で24名ほど、そこに十頭を超える群れで襲われれば当然に全滅もあり得たそうだ。
その上で色々とライフル擬きのことを聞かれたが、俺の固有スキルである魔法だと言って質問をかわした。
とりとめもない話はさておいて、この砦を起点にベルゼルト魔境の開拓が国王から許されたことを説明し、この砦に隣接して仮の砦を作りたいと申し出ると、やや渋面を見せながらエンリケ団長が言った。
「この砦の弱体化につながらぬならば、如何様な砦を作られても差し支えありません。
しかしながら、一方で伯爵の砦の建設やその維持に、我が砦からの支援はできかねないが、それでもよろしいか?」
「この砦の維持に相当のご苦労を成されているのはわかります。
従って、私の自前の砦の建設にもその維持にも、このエステルンド砦からの支援は必要ございません。
一方で、我が方からの支援が必要な場合には遠慮なくお申し出ください。
可能な支援は致します。
しかしながら、私の作る砦は所謂前線基地ではなく、単なる物資の中継・集積場所になる可能性が高く、駐在する者がいても非常に少なくなるかと存じます。
私がいる場合は別として、武力のお手伝いはかなり難しいかと存じます。」
「ほう・・・・。
この魔境に新たな砦を築くに当たり、全くの自力で成されると・・・・。
このエステルンド砦を建設するに際しては、騎士団4千名と3千人の作業員が必要であったと聞いております。
大変失礼ながら、伯爵はその人手をご用意できますのか?」
「なるほど、この砦を作るには7千人もの人手を要しましたか・・・。
ですが、私の作る砦は左程の用地も必要とはせずに、せいぜい明日一日で作り上げる程度のモノです。
先ほど見た限りでは、この砦の西側に砦の城壁に接した形で仮の砦を築きたいと考えていますが構いませんか?」
「西側と言うと、・・・。
西に広がる沼沢地につながる湿地帯ですぞ。
あそこは地盤が軟弱で建造物を作るには不向きの土地。
西側城壁があそこまでになっているのは城壁が造れる限界故なのですが、・・・。
そこに作られると?
私はおやめになった方が良いと思うのですが・・・。」
「エンリケ団長のご忠告ありがたく受け止めておきます。
砦側に支障なくば、明日の日の出から仮砦の建造に取り掛かりたいと存じます。」
その日俺は砦内の客間を与えられ、護衛の騎士や馬丁たちは、空き兵舎で寝ることになった。
翌朝、日の出とともに俺は作業を開始した。
砦の大門に通じる道路から新たな取り付け道路を西側に伸ばし、砦西端に当たる位置から土魔法で、外側の土を掘り込み、城壁側の部分に盛り上げるようにして基部の厚さ6m、高さ10mほどの城壁を作る。
掘り込んだ場所は、湿地帯の水が浸入してきて、そのまま広い濠となる。
エステルンド砦の周囲を取り巻く濠は幅が15mほどだが、俺の造った濠は幅が50m、深さが20mを優に超える。
それだけの土を掘り返してエステルンド砦の西側に積み上げ、圧縮しながら城壁を築いて行くのである。
尤も仮砦の入り口に当たる部分の南北二か所には陸橋がかかっており、城門の手前で長さが20mほどのはね橋構造にするつもりである。
俺が作業をしている間に魔物が来なかったかって?
ウン、エステルンド砦を避けるようにして周囲に結構な威圧をかけていたからね。
魔物はむしろ俺から離れるように避けていたよ。
魔物たちも誰が強者かを知っていれば襲撃なんぞしてこない。
立ち向かえば死ぬことを知っているからだ。
普段やっているように俺の気配を殺して隠蔽している場合には、遠慮会釈なく襲って来るけれどね。
まぁ何れにしろ昼を少し過ぎたあたりで、城壁は作り終えていた。
大門や跳ね橋は俺の亜空間内で予め作り上げていたものを取り出して設置するだけ。
城壁は強化魔法をかけて、鋼並みに強度を上げておいたから、魔物の襲撃で壊れることはまずないだろうと思うが、流石にエンシェントドラゴン辺りのブレスでも食らえば壊れるかもしれんな。
城壁内部の土地は周囲よりもかさ上げしたので若干高台になっているのだが、水分を抜きながら圧縮して更地にし、その上にこれも亜空間内にあらかじめ用意していた仮宿舎と倉庫を設置した。
こうしてその日夕刻までには、城壁内の敷地で南北50m、東西60mの砦が完成した。
一応東側城壁(エステルンド砦の側から見ると西側城壁)の空中回廊を通じてお隣の砦とも行き来ができるようにはしているが、念のため鍵の付いた門をつけており、勝手に出入りできないようにはしている。
俺のインベントリに収めていた家具、保存食料、生活必需品を取り出して所要の場所に置き、井戸を掘って宿舎に上下水道を設置すると今回の目的は終了だ。
後は、俺が自由に動けるようになるまでしばらくの間ここは無人の砦になる。
結界は張っておくので飛行型の魔物も砦内には侵入できないようになっている。
一応、その旨を説明した上で、エンリケ団長には空中回廊の門のカギを一つ預けている。
万が一の場合は、俺の砦に逃げ込めば助かると言っておいた。
因みにエステルンド砦は、東西800mほど、南北500mほどの巨大な城砦都市であるから、俺の砦はそれに比べると随分と小規模なものだ。
但し、これだけの大きさのものを半日で造り上げてしまった俺の能力は、傍から見ると随分と脅威にはなるだろうな。
まぁ、この辺は覚悟してやっていることだ。
守備隊からは当然に王都へ報告が行くことになるだろう。
確認のために王都から誰かが来るかどうかは定かではないがな。
ついでと言っては何だが、仮砦建設中に俺の造った魔道具であるドローンを駆使して高空からベルゼルト魔境の測地を試してみた。
元の世界で言うと富士山の高さ(凡そ3800mぐらい)から見ると半径230キロの範囲が見渡せるらしい。
勿論、その間に障害物などあればその部分は見通せなくなるんだが・・・。
俺のドローンは浮揚魔法を刻み込んだ魔核を搭載しているので空気が薄くなっても上昇できるから、1万mまで上昇させると地球の場合で半径378キロ(45万平方キロの広さ)まで見通せる。
で、俺の造った城砦から西へ200キロほど(こっちの測量系でいうと133ケールほどかな?)のところに海岸線が見えた。
その間は殆どが密林だがところどころに湖のような沼沢地が見える。
海岸近くには明らかに河口らしきものがあるので、魔境の中でも川はあるのだろうと思われる。
魔境は俯瞰的に見ると、全体的に緩やかな起伏のある平地に見えるな。
但し、魔境の南側には峻嶮な山脈が北西方向から南東方向に延びている。
その山脈を超えたところには、オルデンシュタイン帝国があるはずだが、標高が1万メートルに近い高峰が連なる山脈であり、その大部分が魔境化していると聞いている。。
当面の開発目標は、海岸までの道路建設と、必要であれば間にいくつかの中継城砦を設置することだろうな。
今のところは結界を擁したトンネル状の道路を考えている。
腹案としては航空路も考えてはいるんだが・・・。
飛行する魔物の対抗策を考えないと航空機もかなり危険だ。
魔物と言うのは結構テリトリー意識が高いので、自分のテリトリーに入り込んだモノは何でも攻撃する性質がある。
その意味では強固な結界を備えた航空機じゃないと魔境の上空は飛べない。
地上にしろ、上空にしろ、交易路にするためには、商隊の安全が保てねば無理だからね。
いずれは魔境の魔物を駆逐するにしても、当座は魔物の被害を避ける工夫をしなければ始まらない。
海岸には城壁で囲まれた商港を建設することになるんだろうな。
俺のドローンで見る限り、海岸は非常に切り立った断崖絶壁が続いているため、港にするには通常の工法ではかなり無理をしなければならない。
まぁ、正直なところ俺の場合は、土属性魔法で何とでもできるので、さほど心配はしていない。
全体的には海岸部は大きな入り江状の一部になっている。
港として比較的適しそうな湾奥部の入り口には暗礁が密集しており、このままでは船が出入りできないようだ。
しかしながら、一方でこの方がむしろ港には適していると言える。
大海からの底うねりが暗礁の所為でやや緩和されるからである。
暗礁海域に水路を設け、更に暗礁域の内側に防波堤を築けば間違いなく良港になるだろう。
この港候補地は俺の砦から略西南西に230キロほどの距離にあるようだ。
何れにしろ、将来の港を拠点とするのはほぼ決まったも同然と言うことだろうな。
取り敢えず、今回はここまでの準備で、次回は、カラミガランダとランドフルトの領地の基礎地盤を固めてからにしようと思っている。
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