第9話


「ご飯先に食べてるわよ。」


 シャワーを浴び、着替えた辰馬を出迎えたのは普通科の制服であるブレザーに着替え、朝食を摂っている皐月であった。彼女は淀みなく上品な仕草で、山のように盛られたサラダを平らげていく。


「おう、今日の朝飯はサラダか?」


 辰馬は皐月の正面に座り、彼女がおいしそうに頬張っているサラダを見て尋ねた。

 しかし、返ってきた答えは辰馬の予想とは違った。


「そんなわけないじゃない。朝は一番栄養を気にしなきゃいけないのよ?サラダだけなんてことはありないわ。貴方にはこれから体を作っていってもらわなきゃならないんだしね。リリー、とりあえずこれから先一年の辰馬のボディーメイクの予定を教えてあげて。」

「かしこまりました。」

「うおっ!」


 皐月の呼びかけに応じ、いきなり辰馬の背後に現れたリリー。辰馬は急な登場に驚き、音を立てて引っくり返った。


「これから三ヶ月間、まずは体重を71kgから85kgまで上げていただきます。俊敏性は失わず、筋肉を増やす方向でトレーナーの方が付きっきりで管理…指導されることになり、自由時間は一日一時間程度になりますが悪しからず。

 三ヶ月後からは校内ランキング戦に向け、大きくなった身体の効果的な動かし方を学んで頂きます。そして四ヶ月後、校内ランキング戦が始まってからは体重は維持で体のコンディションを最上の状態で保っていただくことを目的といたします。」

「正直私としてはあと五年は体重は増やさなくていいと思ってたんだけどね。…私は今の貴方をもっと堪能したいし。でも貴方の戦い方と身体のデータを見たトレーナーが体重を増やすべきだっていうのよ。」


 きっと皐月はプロフェッショナルに任せたのだろう。彼女は本当に嫌そうに自分の意思ではないことを辰馬に伝えた。



「確かに俺みたいな遠距離攻撃を主として接近された際は銃で近距離戦に応じるタイプだと世界ランキング四位のエチェバコフ、九位のリトル、二十八位のウォールがいるけど全員190cm130kg超えで筋骨隆々なのに身体強化無しで四十㍎を4.7秒台ってバケモンだもんな。三人共銃を失った時に肉弾戦を行なうために格闘術を身につけてるし俺にもそんな感じを目指させるのか…」

「はい。」

「はあ…」


 辰馬は肯定され、溜息をつく。化物みたいな体格になるのは個人的に嫌ではあるが、先人の築いた前例を無視するわけにはいかないのだ。世界ランキング上位に位置する銃使いが全員デカくて近距離でも強い以上、自分も同じようになるのが一番である。

 だが、辰馬にその気はなかった。


「リリーさん、そのプラン申し訳ないんだけど破棄して。で、回避主体の俊敏特化選手用のプラン構築してもらって。」

「…承りました。」


 何か言いたげな様子のリリーであったが、主君の命には逆らえない。彼女は軽く一礼をすると、情報を伝達するためにすぐ下がっていった。


「辰馬、いいの?貴方のようなタイプは接近戦に恐怖感を持たれないと優位には立てないと思うのだけれど。」


 皐月の言う事は最もである。しかし、辰馬には辰馬なりの考えがあった。


「いいのいいの。俺の弱点は近接じゃなくて遠距離でのランクシックス以上の極大魔法だから。」

「あっ!そっか、貴方には防御魔術が使えないんだものね!すっかり失念してたわ!」

「おい…まさかトレーナーにランクゼロだって事__」

「うん、言ってない…てへっ」


 可愛らしくポーズを取る皐月。そんな彼女に辰馬は呆れかえる。


「お前が用意するようなトレーナーが俺の状況知っててあんな増量増量ってプラン提示するとは思えなかったけどそう言うことかよ…」

「いやー、15歳にもなれば基本全員がランクスリーには達してるからね…それ前提でプラン組んでくれてたんだと思う…」

「ま、済んだ事だしいいよいいよ。で?俺の朝飯は?」


 そう、元々この会話は辰馬が自分の朝餉の内容を尋ねたことから始まったのだ。


「あ、あははは。プラン変更で作り直すから多分早くて一時間後かなあ…」

「はあ!?」

「食べていいもの聞いて外で食べたほうが早いかも!辰馬もう出れるよね?いこ?」


 丁度サラダを食べ終えていた皐月は立ち上がり、朝食がないショックで立ち尽くしていた辰馬の手を引く。


「いやっ待てって!お前学校どうすんだよ!」


 普通科に通う皐月はこれから午後まで授業があるはずである。


「いいの!いつでも休めるように毎日行ってるんだから!」

「ほ、本当か?」

「ええ、普通科は三分の二通えばいいの。今日は休んでも大丈夫!貴方の授業の時間まで先にお買い物に行っちゃいましょう」

「ってかこの時間に開いてるとこあるの?」


 現在は朝の九時前である。開いてるのはコンビニ程度しかないのではないか、と辰馬は考えていた。


「應神モールは二十四時間営業よ?」

「まじ!?あそこ数百店舗あるよな?人員大丈夫なのか?」


 應神モール、それは学院都市内においての娯楽を一身に担う施設である。床面積二十ヘクタールの広大なモールに各種専門店は勿論、映画館やゲームセンター、バッティングセンターやバスケコートなどのスポーツ施設、二十を超えるレストランが立ち並ぶレストラン街が居を構えている。

 当然、そのような巨大な施設を回すためには膨大な人員を要する。一日十二時間営業していれば長い方だとみなされるだろう。


「人口増加で雇用機会ガァ〜って国がうるさく言った結果、就業してない人を集めてあそこで一日十時間以上働かせることになったのよ。しかも最低時給でね。あっ、勿論高級指向のお店はちゃんと本店で経験積んだプロが接客してるわよ?」

「うへぇ…俺も親父に拾われなければそういうとこで使い潰される運命だったかもしれないのか…」


 辰馬は自分が辿っていたかもしれない道を妄想し、頭を振る。あり得たかもしれない今などいくら考えても意味はないのだ。


「と言うことで行きましょう?」

「おう。」

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魔術社会の特異点 片魔ラン @Catamaran

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