マフラー

リーマン一号

第1話

店先に並んだ色とりどりのマフラーを前にしたとき、あなたにとって一番気になる要素とはなんだろうか?色?柄?手触り?それともお値段?

十人十色というように趣味嗜好とは人それぞれで、誰かが横から口を出すような類のものでもないのだが、ことファンタジーの世界に限ってはそうでもないようだった。


「水耐性が20%の地耐性が10%。水耐性13%と麻痺抵抗有。雷耐性15%に毒無効化・・・」


銀色に光り輝く甲冑姿の剣士が手に取ったマフラーのタグを読み上げては元に戻し、またとっては元に戻す。その様子は、一見すればほしいものが多すぎて一つに決めれられない優柔不断な態度にも見えなくもないが、マフラーのタグを読み上げるたびに声色が落ち込んでいくことから、もう一つの可能性に行き着く。


「うん。控えめに言ってもゴミだね」


甲冑の男は周りに気を使うこともなく、隣で一緒になってマフラーを物色していたチャイナドレス風の服を着た格闘家の女に声をかけた。


「バカ!あんた思ったことをすぐに口に出さないでよ!さっきから店主がじっとこっち見てるんだから!」


彼らは冒険者のパーティーなのだろう。格闘家の女は仲良さそうに剣士の腹に肘内を入れると、剣士の男はぐっとくぐもった声を上げた。


 「でも、確かに変なお店よね。こっちのニーズなんかなにも気にしないで好きなものを好きなように作ってるってのがハッキリ見て取れるわ。見てよ。これなんか火耐性30%に加えて凍結無効よ。どこの世界に火と氷のモンスターが混在するダンジョンがあるってのよ・・・」

 

女の主張はもっともだった。この世界におけるマフラーとは、防寒具でなければ装飾品でもない装備品である。それゆえ、冒険者の求めるマフラーもかわいいものでは無ければかっこいいものでも無く、至極当然のように強いもの。そして、実用性の高いものだった。


しばらくマフラーのタグとにらめっこを継ぐけていた二人の冒険者もこれではらちが明かないと意を決し、レジカウンターの前で本を読んでいるふりをしてこちらをじっと見つめていた件の店員に声をかけた。


 「あの~。私たち王都からここのお店の話を聞いてはるばるやってきたんだけど、調裁師のリゼってかたはいらっしゃるかしら?」

 「リゼはわたしのことですが・・・?」


属性耐性や異常状態に抵抗を持つマフラーを編むことは誰もができることではなく、専属の職人がおり、名を調裁師と呼ぶ。これは火、水、土、風からなる4人の精霊と調和をしながら魔法の糸を紡でいくことから調裁師と呼ばれ、この店の主人であるリゼは王都でも名をあげるほどの有名な調裁師であった。

 

 「あなたがリゼなのね?私は格闘家のローラ。それで、こっちが剣士のクルト。見ての通り冒険者なんだけど、こちらはオーダーメイドでマフラーを作ったりはしているのかしら?」

 「・・・やっています」

 

リゼはローラが話しかけようとしてきた時には既に何を聞きたいのかは当てがついていた。というのも、この店に来たすべての客がローラと同じようにオーダーメイドのマフラーを望んだ。


 「ああ。よかったわ!じゃあ、できれば依頼したいんだけど。火耐性が40%以上のマフラーを作ることはできるかしら?」

 「できないことはないですが、それだと赤色の単色になってしまいますよ」


マフラーの色は耐性の色といっても過言ではなく、火の耐性をつけるには火の精霊に力を借りねばならない。そのうえ、40%なんて高水準にもなるといくら天才とうたわれた調裁師でも柄や色合いなどの難しい加工を施すことはできない。

 

 「できるのね!?それなら色なんてぜんっぜん気にしないわ!ぜひ作って頂戴!もちろん前金で構わないわ!ちなみに、どれくらい掛かりそうかしら?近々、翼竜のダンジョンに足をはこぶつも・・・」


ローラ顔はよい買い物ができたと桜色に輝き、満面の笑みを浮かべて次々と質問を投げかけようとすると、リゼが自分とは違うベクトルで顔を赤らめ、あまつさえ目尻に水滴までつけていることにことに気が付いた。


 「出て行ってください・・・」

 「えっ。あっ。わたし・・・なんか地雷ふんじゃった?」

 「出て行ってください!!」


リゼは大声を出して冒険者たちを店から追い出すと、店に戻って一人涙を流した。彼女は別に冒険者が嫌いなわけではない。むしろ大好き過ぎるくらいである。

それでも、彼女の考える冒険者像と実際の冒険者がかけ離れている為、このような出来事は日常茶飯事だった。

颯爽と現れ、村や町をモンスターから救ってくれるヒーローが彼女の冒険者像であり、そんな彼らだからこそかっこよくあってほしいとの祈りが、店先に並ぶマフラーに表れている。

自分の色をもっと使えと子供のような駄々をこねる精霊たちを叱咤激励し、このマフラーを身に着けてくれる冒険者の姿を思い浮かべながらゆっくりゆっくりと糸を紡いでいく。

扱う精霊の数が多ければ多いほど練度は増し、難しい加工を加えれば加えるほど精霊たちは困惑するのだが、それでも彼女は冒険者のためにと自分に言い聞かせてきた。

ゆえに彼女の作るマフラーは見る人が見れば間違いなく一級品の仕上がりであり、実用性と見た目の見事な調和といえるのだが、彼女の作品を理解者はいまだ現れることはない。

リゼの落ち込む様子を店頭に併設された工房から小さな精霊たちがどうしたのだろうと覗かせると、リゼは気丈を装った。


 「・・・大丈夫だよ。」


彼女自身も本当は気づいている。

理想像とは彼女にとってのエゴでしかないことを。

彼らは常に命がけで、自分と仲間の命のためなら不格好など些末な問題でしかない。


栗戸につけた鈴がカランと音を立ててお客様の来客を告げるとて、リゼは目じりにたまった涙を袖で拭ってカウンターへと戻った。


入ってきたのは真っ黒なローブを頭からかぶったすらっとした背の高い男。

剣も槍も帯刀せず、甲冑がすれる音も聞こえないあたり十中八九男のジョブは盗賊系統であろう。


『アサシンかな・・・』


リゼはそう思った。

闇夜に溶け込み姿を隠し、人影が横目にチラリと浮かんだ時には時すでに遅し。

背後からグサッと一刺しで、敵の影から影を飛び回るアサシン。

鮮血に染まる暗鬼の首にはくすんだ赤色を加えたワインカラー。

彼女の顔は法悦に染まりはるか向こうの世界へと思いをはせていると、いつの間にかアサシン風の男はリゼの目の前まで来ていた。


「おい」


背筋すら凍り付かせるようなその物言いには、本当にこの男にも暖かい血が流れているのかと不安にさせるほどの緊張感がある。

リゼは少しどもりながら答えた。


「は、はい。なんでしょう?」

「これの青色はないのか?」

「青色?ああ。水耐性ならあちらの列にあります」


リゼの刺した先には青色を基調としたマフラーが束になって陳列されている。

もちろん。リゼの作ったものなのでそのどれもが奇妙な性能ばかりだが・・・


「水耐性?そんなものはどうでもいい。私はこのマフラーの青が欲しいのだ」

「・・・え?青でよければいいのですか?」


リゼは困惑した。

これまでの冒険者は、全員が全員と言っていいほど色や柄になど目もくれず、性能だけを確認してきたのに、このアサシン風の男はどうでもいいという。

いつもいつも待ち望んでいたはずなのに、唐突すぎて理解が追い付かない。

いっそこのアサシン風の男が冒険者として駆け出しすぎて、調裁というものを理解していないのではないか?

リゼにはそっちのほうがしっくり来た。


「ないのか?」

「い、いえ。あるにはあるのですが、色によって加護が変わってしまうので、同じ効能を違う色に持たせることはできないのです・・・」

「お前は私をバカにしているのか? 私は性能などどうでもいいからこれの青色はないのかと言っているのだ」


リゼは自分の中で時が止まるのを感じ、再び動き出すときには素っ頓狂な声を上げていた。


「え、ええぇぇぇえ!!」

「な、なんだ!?」

「い、いえ、すみません。私の知る冒険者様は基本的には色や形にはこだわらなかったもので・・・」

「ほー。そうなのか?わたしは見てくれも大事だと思うのだがな・・・。ってなんで貴様は泣いている」

「え?」


リゼはいつのまにか涙していた。

いつか誰かに言ってもらいたかったその言葉、

でも一生そんな機会はないだろうとあきらめていたその言葉、

気恥ずかしくも涙をこらえることができずにいた。


「す、すみません。少しばかりうれしいことがありまして・・・。マフラーの方はふた月ほどいただければオーダーメイドで作ることもできますが、いかがでしょうか?」

「二月か・・・。悪いが私はおいそれと外に出られる身分。いつまた来られるかわからぬ」

「で、でしたら!物だけ作ってお客様専用として取っておきますので、機会がありましたら是非お越しください!」

「そ、そうか。では、そうさせてもらおう」


アサシン風の男は再び音もなく出ていくと、店内には鈴の音だけが響き、一人になったリゼは工房で様子を伺っていた精霊たちに告げた。


「ほら。準備してすぐやるよ!」


・・・


それから2、3か月がたっただろうか?

閑古鳥が鳴いていたはずのリゼの店は今や冒険者が長蛇の列を作り、軒先の先の先の先、見えなくなるまで冒険者であふれ返っていた。


「これの赤に青を足すことはできないか?」

「耐性なんて二の次でいいからこのモデルに緑をつけてくれないか?」


冒険者の要望もどういうわけか180度転換し、もっとおしゃれなものはないのかと?リゼに詰め寄りると、リゼもリゼで少しばかり自慢気にあくせく接客を行い、

つい先ほどまで、糸を生み出していた精霊達は、ぐでーっと工房でのそべりながらも楽しそうな視線をリゼに目を向けていた。


果たして何が冒険者の心を変えたのだろうか?

それはリゼにも分からずじまい。

ただ、軒先で列をなす冒険者たちは口々に言うのだそうだ。




ここで買ったマフラーを装備して魔王と戦うと、

どういうわけか、魔王の注意がマフラーに注がれるのだとか・・・






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