帰り道

 その後、フェルメウス家で昼食を頂いてから、ボクとアトラは学園へのに着いた。行きしはどこか思い詰めたような表情だったけど、今は晴れやかそうな雰囲気を感じる。ただ、どうしてあそこまで思い詰めていたのかは謎のままだ。ボクのせい……ではあるだろうけど、アトラの様子が変わったのは、ボクがなるべく今回の話題を出さないようにしてからだった。もしかしたら、ボク以外に何か要因があるのではないか。


 とは言え、聞いていいものかも分からない。唯勇流をやめるに当たり、その原因となった人物が危険因子になる可能性は充分にあるのだが、アトラは話したくないと思っているかもしれない。こういう時に聞く勇気を振り絞れないから、いつまでも陰キャなんだよ、という意見はごく真っ当、反論の余地もないのだが、こればっかりは心配性故だから仕方ないのだよ。


「……プロティアさんは、自分を貫けない人に何を教えても無駄、という意見について、どう思いますか?」


「え、急に何?」


「以前、エニアスさんに言われました。私に唯勇流を教えてくれませんか、とお願いした時に」


 アトラの様子が変わったのは、エニアスにこう言われたからか。エニアスのこの言葉がずっと心のどこかで引っ掛かっていて、浮かない表情をしていた。今聞いてきたのも、迷いは晴れたけど、この言葉のわだかまりが消えないでいるからだろうか。


「そうだな……一理ある、とは思う。けど、完全に賛成は出来ないかな。その道に何のこだわりもない、初めて触れる人に教えることで、才能を開花させることだって多々ある。ただ、必ずどこかで出てくる壁を超えるには、自分を貫く意志は凄く大事だと思うよ」


「なるほど……彼は、どのような意図でこのような発言をしたのでしょうか?」


「さぁねぇ、本心は本人に聞かないと分からない。もし他にも何か言ってたなら、そこから少しは導き出せるんじゃない?」


「他に言っていたこと、ですか……」


 アトラが、目線を下げて考え込む。数秒経ち、何かを思い出したのか口を開いた。


「……俺に勝ったあんたはもう居ない。だから、俺はもうあんたには興味無い。そう言っていました」


「じゃあ、さっきの発言の意図は単純明快だね」


「そうなのですか?」


「うん。唯勇流をやめて、俺に勝ったアトラに戻れ、だよ。多分、リベンジでも考えてたんじゃないかな」


 そう言い終わるとほぼ同時、アトラがぽかんとした顔のまま立ち止まる。どうしたのかと思い、ボクも立ち止まって振り返り、アトラの様子を見守る。


「……ふふっ」


 唐突に吹き出しかと思うと、いつもならしない、「あははは」と快活に笑い始める。訳も分からず、えー……と若干怖さを感じながらも、とりあえず落ち着くのを待ってみる。


 たっぷり十秒ほど笑ったアトラは、目尻に溜まった涙を指ですくい、荒れた息を深呼吸で整える。


「……どしたの、急に?」


「いえ、今までの自分が馬鹿らしく思えまして……ずっと一方的だと思ってたけど、あの人も私のことを、ちゃんと一人の勝者として意識していたのですね」


 何の事かはさっぱり分からんが、多分エニアスについて何か納得のいく事があったのだろう。


「五年も経ってしまいましたか……かなり、差が空いてしまったでしょうね。エニアスさんのリベンジに応えられるよう、また鍛え直さなくては。プロティアさん、厳しくお願いしますね」


「……分かった」


 楽しそうな様子の中に、闘志のようなものを感じた。


 エニアスとはまだ戦ったことは無いが、素振りを見ただけでも実力は本物だということが分かる。あの域までアトラを持って行くとすれば、並大抵での鍛錬では難しいだろう。それこそ、これまで以上のハードトレーニングが必要になってくる。師匠として、上手くメニューを立てなければ。


「……アトラって、エニアスのことが好きなの?」


 ふと、気になったことを聞いてみる。何故そう思ったのかと言えば、アトラの発言の節々にエニアスを意識するような箇所を見かけることがたまにあったからだ。


 ボクの問いに、一瞬きょとんとした表情を見せる。が、数秒して意味を理解したのか、ぼふんと煙が出そうな勢いで顔を耳まで紅くする。


「なっ、何を言ってっ……! わ、私がエニアスさんを好きなど……! 私はただ、いつも素っ気ないあの人に、ちょっとくらいこちらを見させたいだけで……!」


 それって、何らかの好意があってするやつじゃん。少女漫画とかでありがちな、冷たいアイツを振り向かせたい的なやつじゃん。少女漫画読まないから知らんけど。


「ごめんごめん、冗談だよ」


「まったく……」


 若干怒っているのか、唇を尖らせている。顔は真っ赤なままだ。


 とはいえ、反応から見ても、アトラが無意識下でエニアスに好意を抱いている可能性は高そうだ。こりゃ、年長者として若者の恋路を応援しなければ。


 青春だなぁ、とおじさんじみたことを思いつつ、学園への道を進む。


「……そういうプロティアさんは、好きな人、居ないのですか?」


 仕返しのつもりか、そう聞いてくる。こういう時、コミュ強はどのように返すのだろうか。正直、どんな返答をしても、キモイか面白くないかのどちらかにしか転ばなさそうで、何も言えないのが陰キャのボクなのだが、どうせならアトラを弄るような返しをしてみたい。


 ちなみに、好きな人はいない。前世でも、好意を抱かれることこそあれど、誰かに恋をしたことは……多分、ないと思う。でも、ちょっとだけ、何か引っ掛かるような感覚があるのは、何故だろうか。


「プロティアさん……?」


 反応がないことを心配したか、赤みの薄れた美しさと可愛さを併せ持つ顔を、こちらを覗き込むように向けてくる。転生してから何度か感じたことのある違和感に少し意識が持って行かれたが、そのおかげで現実に戻ってくる。


「あ、えと、好きな人……ね。そうだな……アトラ、かな」


「ふぇ!?」


 キメ顔をして、いつもよりトーンを落とした声で名前を出すと、アトラのせっかく薄まった顔の赤みが、再燃する。昔、女の子の配信者二人が、このようなやり取りをしていたことを思い出して真似してみたのだが、上手く行ったようだ。


「なんて、冗談だよ」


「……プロティアさん!」


「あはは、ごめんごめん」


 更に怒らせてしまったか、少し声を荒らげ、頬を膨らませ、目尻に先程とは別の理由で涙をこさえる。


「もう……カルミナさんで散々弄っているでしょうに」


「カルミナは反応がいいからね。でも、普段澄ましてるアトラが弄られて怒ってるのも、ギャップで可愛いからさ」


「女の子ならば、誰でも可愛いと言えば許されると思わないで下さい」


 それについては間違いない。可愛いと言って許してくれるのは、多分ボクの周りではカルミナくらいだ。アトラは現に許してくれないし、イセリーもあの目が笑っていない笑顔で迫ってくるに違いない。


 最近、ちょっと人間関係が上手く行っているような気がして、若干天狗てんぐになっている感は否めない。ここらで少し、気を引き締めておかないと、気付かないうちにアトラやイセリーを弄って怒られてしまいそうだ。


 気を付けないと、と自分に言い聞かせていると、アトラが一歩先行し、半身だけ振り返ってこちらに微笑を浮かべて視線を向けてくる。


「私を弄るのは構いませんが、その代わり私がプロティアさんを弄ることも受け入れてくださいね?」


「……お互い、程々にね」


「それは、あなた次第ですね」


 ニコッと両目を細めて笑みを深める。可愛いと思うと同時に、やり過ぎると痛い目に遭うと本能が訴え掛けてくる。本当に気を付けよう。


「そろそろ学園ですね。今日はどうするのですか?」


「アトラの新しい剣術の為に、ちょっと準備があるからね。今日は皆の自由にしてくれていいよ。鍛錬するならしてくれてもいいし、休むなら休んでもいい。まあ、やるにしても軽くだけね」


「では、私は学園に戻り次第、お二方に確認をしてから少しだけ鍛錬を行いましょうか。どのような剣を教えてくださるかは、教えてくださらないのですか?」


「せっかくだから、週明けのお楽しみってことで」


「分かりました」


 今週行っていた鍛錬は、主に基礎的なものだ。それに、新しい剣を教えるにしても、まだ夏休みまでは基礎部分を中心に鍛える予定だし、今日の鍛錬も今週行ったメニューに沿ったものを行うだろうから、レイピアを使うことを教えなくても弊害は無いはずだ。


「今朝までは剣の鍛錬がゆううつでしたが、今は楽しみです。心持ちの一つでここまで変わってしまうとは、人というものは面白いですね」


 なんか、人体実験をしているサイコパスみたいなこと言い出したよこの人。将来、人の精神を操って実験を行うとかしないよな? そう言えば、アトラはカリスマ性を身に付けたいと思っているんだから、似たようなことを求めてるんだった。後天的にカリスマを身に付けるのだから、ある意味こう言った考えを持つのは、有望株の素質ありってことなのか……?


 とは言え、こう言った人間のメンタル面の話は、実際に面白いと思う。私は天才だ、と思うだけで、テストの点数が上がる、なんて実験もあるようだし、プラセボ効果なんかも興味深い現象だ。


「たった一つの出来事で、性格が変わっちゃうような存在だからね。悪用はしちゃだめだよ?」


「ええ、勿論。世のため人のために使うと、誓いますわ」


「それなら安心だ」


 方便かもしれないけど、アトラは人をおとしめるようなことはしない子だ。何せ、出会って一日のプロティアの為に、学園の初日の授業を放っぽり出して、弁護をしに来てしまうくらいなのだから。きっと本心から言っている。


 領内でもトップクラスに大きい建造物である校舎が、建物と塀の上に見えてくる。


「また、頑張らなければ……エニアスさんに、もう一度勝つためにも」


 怪我しない程度にね、と言いたくなるが、こうして頑張ろうとしている人に、やる気を削ぐようなことを言うべきではないだろう。


「そうだね。師として、友として、一緒に頑張ろう」


「はい!」


 怪我をしないようにするのは、あくまでボクの務めだ。アトラに言う事では無い。


 夏までに、三人の体を仕上げて、長期休暇明けには先の実戦的な鍛錬を始めたい。その為にも、本人である三人はもちろん、師であるボクも頑張らなければ。

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ハイスペック転生 flaiy @flaiy

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