アトラスティの決意
フォギプトスの言葉に、アトラが目を見開き、息を大きく吸う。
「そんな事はありません! 何故私が、お父様、お母様、お姉様を軽く見るなど──」
「ならば、お前は一度でも私達の誰かに相談したのか?」
アトラの反応を
「ないだろう。アトラは、私達ではお前の悩みを解決することは出来ないと思っているのだからな」
「そんな、ことは……」
きっと、自覚のある
「……私はフォギプトス・フェルメウス。フェルメウス領の領主にして、
主語は隠しているため深読みしなければ分からないが、フォギプトスは今の言葉の中でアトラの悩みを些細なことと言い切った。実際大きな問題ではないのかもしれないが、本人の前で言い切るというのは余程のものだ。
フォギプトスが言い終わった数秒後、隣に座っていたセイネリスが口を開く。
「私もお父様に関係のある貴族に圧を掛けてもらったから、国内の
フォギプトスの言葉を引用し、
それに、セイネリスさんの実家もフェルメウス家と同様に侯爵らしく、国内での発言力はかなり大きいそうだ。確か、ローゼリスタ家とか言っていただろうか。十年ほど前まで存在していた公爵の血縁だそうだ。
「そういうことだから、家名のことを心配する必要は無い。お前が唯勇流をやめたところで、フェルメウス家に大した影響は無いからな」
アトラが
「アトラ」
左側から声が聞こえてくる。アトラに手を置いたままのラプロトスティさんが、上から覗き込むようにして、仰ぎ見るアトラの顔を見て妹に呼び掛けた。
「私のことも気に掛けてくれてるみたいだけど、その心配もないよ。学院じゃあんなだったけど、今は結構幅広く友達もいるのよ。貴族だけでも
「お姉様……」
「それに、私はアトラの可能性を見たいの。アトラには才能がある。唯勇流とは違う道の先に、アトラが輝ける可能性があると思うの。勿論、どうするかはアトラ次第だよ。でも、私は見てみたい。アトラが、自分の道で輝いている姿を」
握られた拳に、力が
「……アトラよ。お前の
「右に同じ」
「お父様、お母様……」
フォギプトスとセイネリスの言葉に、アトラが顔を上げる。
話の流れは、先日ボクが提案した通りに進んでいる。論理的に不安要素を取り除き、家族として情に訴えかける。具体的な内容については丸投げだが、この流れに沿っていればある程度アトラの気持ちが揺らぐ自信があった。現に、アトラの迷いが強まっていることは、表情からも確かだろう。
「……もし。もし、私が唯勇流をやめて、お姉様やフェルメウス家に何かあったら──」
「だいじょーぶ。その時は私達で握り潰しちゃうから」
「お前はまだ子供だ。ずっと我慢させ続けて来た事は申し訳なく思っている……だから、冒険者学園にいる間くらい、好きに生きなさい。その後のことは、卒業後に考えればいい」
一滴の
「……ずっと。ずっと、我慢、してきました。お姉様の、悪口を言われることも……家族が、白い目で見られることも……私が間違えたら、大好きな家族に、迷惑を掛けるから……出来損ないな私のせいで、これ以上、迷惑を掛けたくないから……」
「……でも、もう我慢しなくて、いいのですか? 嫌なことは、嫌と言ってもいいのですか?」
手を
「ああ、構わない」
その答えを受けて、アトラの目が一度きらりと光を反射し、笑顔で満ちた。
少し気持ちを整理したいと申し出たアトラが、メリエリさんに連れられて自室へと出て行った。結果として、応接間にはフェルメウス家のトップ三人と、ボクという構図になる。気まずいことこの上ない。
「……はぁ。これでまた、国王に目を付けられる事になるな」
「まあまあ、何とかなるでしょ」
「お前の顔の広さを活用して、挨拶回りには同行してもらうからな」
「ごめんちゃい……」
「あはは……」
苦笑いを浮かべてはいるが、ボクも他人事では無い。国王への脅しも、他の貴族への
「ところでプロティアや。アトラにどーんなことを教え込むのかなぁ?」
こちらへ近寄り、肩に腕を回して体重を掛けて来ながらラプロトスティさんが尋ねてくる。
「変な聞き方やめてください……実際に触って貰った感触を見てから決めるので、まだ構想段階ですが、今のところはレイピアを教えてみようと思います」
「ほう、レイピア。最近他国ではちょっと流行ってるらしいね」
「そうなんですか?」
確か、地球でも16世紀頃に街中での
「らしいよ。まあ、この国はあまり外国との交流をしてないから、正確な情報は分からないけどね」
よくそれで国を回せるな。
ちょっと呆れそうになるが、なんとか表に出ないよう耐える。
「それにしても、レイピアか……うん……うん、イメージ出来た、レイピアを使うアトラがプロティアを追い詰めてるところ」
「なんでボクなんですか」
「そうなる気がしただけ」
本当にこの人は、勘で全部考えていんじゃないか。ただ、アトラの話を聞くに、かなり当たっていることが多いらしい。勘が鋭いというか、もうこれほぼ未来予知だろ。ボクの魔物察知より便利なんだが。
「楽しみだなぁ、アトラがどんな成長を遂げるのか。いつかは私より強くなっちゃったりして」
「アトラは努力家なので、可能性は結構ありますよ。覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」
「お、言うじゃないか。私より前に君が負けるんじゃないの?」
「既に一度負けてます」
「マジで?」
「マジです」
「マジかー」
余程意外だったのか、語彙力が死んでいる。
先のアトラとの試合は、本気ではなかったとは言え、負けは負けだ。これから先、アトラは才能を伸ばしていくことになるのだから、実力の伸び度合いは今までと比にならないだろう。こちらも気を抜かないようにしなければ、剣士としてすぐに追い抜かれてしまいそうだ。
「プロティア」
えー、マジかー、アトラが勝ったのかー……とぶつぶつ言っているラプロトスティさんを
「なんでしょう?」
「これから先、そうそう無い事だとは思うが、唯勇流をやめる以上アトラに何らかの悪意を向ける者が現れるかもしれん。我々の目が届く所にいる時はこちらで対処するが、学園にいる間はそうもいかん。大抵の事は本人で事を収められるだろうが、そうならなかった場合はお前の力を貸してやってくれ」
「ええ、勿論。そもそも、そうなったのはボクの責任ですので、アトラのことは、学園ではボクにお任せ下さい」
そもそも、現状大半の貴族生徒の目はボクに向いているから、しばらくは大丈夫だろうが。とはいえ、卒業までそれが続くとも限らない。アトラと仲良くなっているイセリーにも協力してもらいつつ、上手くやっていくしかない。
ボクの返答にフォギプトスが頷いた直後、応接間の扉が三度ノックされる。反響が消えた頃に聞こえた「入ってもよろしいですか?」という声を聞くに、アトラが戻ってきたようだ。
「構わん」
フォギプトスの返答を受けて、アトラが姿を見せる。目元はまだちょっと赤いが、メイクを直した時に隠すようにして貰ったのか、あまり目立っていない。
「申し訳ありません、取り乱してしまい」
「気持ちの整理はついたの?」
「はい」
セイネリスさんの質問に、アトラは頷きと共に肯定する。その反応に
「……お父様、お母様、お姉様、そしてプロティアさん。皆さんの説得を受け、私は唯勇流をやめることを決意しました」
「ほんと!?」
ボクの隣にいたラプロトスティさんが、裏返りそうな声で尋ねる。
「はい。今後は、プロティアさんを師として、指導を受けるつもりです。お願いしますね」
「任せて」
視線を向けて来るアトラに、そう返す。いつもなら最善は尽くす、みたいに保険を用意するところだが、アトラの決意を見せてもらったのだ、せっかくだからボクも逃げの姿勢をやめるべく全面的に引き受ける返答をする。
「それと、プロティアさん」
再び名前を呼んだかと思うと、アトラがこちらへとゆっくりと近付いてくる。突然の事で、何されるのか分からずにちょっと身構えてしまうが、一メートルもない距離を空けて、向かい合って立ち止まる。次の一手が分からず、微笑を浮かべるアトラの顔も直視出来ず、数秒の沈黙の間に、数度視線を左右に往復させる。
ニコリと笑みを浮かべたかと思うと、前で重ねていた手を腕ごと大きく広げ、ボクに飛び付いてくる。
「ほわっ!?」
訳が分からず、意味も何も持たない変な声が勝手に口から出ていく。
「ありがとうございます、プロティアさん! あなたのおかげで、生まれ変わった気分です!」
とても楽しそうに、感謝を述べる。不意のことに心臓は高鳴りっぱなしだが、可愛いしいいか。
「新生アトラがどうなるか、楽しみにしてるよ」
どうやら気に入っているらしいので、そのまま頭を
「あと、友達だからって
「そうなのですか!?」
やっぱり。
まあ、日本出身だからそう思うのであって、欧米などではハグは挨拶のようなものらしいから、絶対にそうとも言い切れない。今回に関しては、今後ハグされないために日本文化を軸にさせてもらおう。
「少なくとも、ボクは友達でハグする文化圏じゃないかな」
「……たまにでもダメですか?」
その目やめて! 断れない!
久々に、子犬アトラが姿を見せる。
「……たまにだけね! あと、不意打ちもやめて」
「やった」
一転して、満面の笑み。もうこれ、わざとやってるだろう。
「……アトラのあんな姿、初めて見た」
「良い友達が出来たみたいね」
「……だといいが」
三人の話を聞くに、アトラのこの様な姿は家族にも見せたことが無かったみたいだ。新たな、そして意外な一面となっただろう。ボクはただただ、この可愛い圧にこれから
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