第14話◆自覚

 《静岡県》にある伊豆地方は、

都心からもそう遠くなく『ダイブ講習』に打ってつけの場所として良く利用されている。

 〈英二〉達の《スクール》も、この伊豆の《海》を使っていた。

 今回の『海洋実習』に参加する《生徒》は5名で、《OL仲間》の20代女性が2名と《大学生》と《社会人》の20代男性が2名、後の1名は50代の男性だった。


「この『講習』が済めば、後は《免許》の交付を待つのみとなりますけれども、

ココでしっかりと『潜る事』の難しさを学んで下さい。『楽しさ』ばかりが先だってしまいがちですが―・・・《海》は生き物です。

そのコトを忘れずに、この二日間を頑張って下さい‼️」

 《講師》である〈英二〉の挨拶が終わると続けて《スタッフ》の紹介があり、

〈サトル〉も紹介されるや《OL》二人組から早くも「可愛い‼️❤️」と、黄色い声が上がっていた。


 〈サトル〉は『講習』には関係なく自由に潜っていいと〈英二〉から『許可』が出たので、その言葉に甘え〈知夏〉を誘う。

「・・・エッ⁉️―・・・でも、私・・・」

「・・・いつだか『約束』したでしょ?ボクの《相棒(バディ)》になってよ?」

 ・・・確かに誘われた事を覚えてはいたが、

てっきり『社交辞令』だと本気にはしていなかっただけに〈知夏〉は一瞬、躊躇うも・・・〈サトル〉の無垢な微笑(えみ)に絆(ほだ)されるように最後は頷いていた。


 しかし、それを聞いた〈英二〉は、

「・・・知夏が《相棒(バディ)》で大丈夫か⁉️・・・《娘(アレ)》は――・・・」

 と、不安な表情を見せ〈サトル〉を心配する。が、

「《持病》の事は知夏さんから訊いています―・・・ボクじゃ『不安』ですか・・・?」

 そう訊ねる《言葉》とは裏腹に、

目の前にいるのが12歳の《少年》とは思えない程の真っ直ぐな瞳には明らかな『自信』と『プライド』が宿っていた。


『・・・若い頃の木崎、そのまんまだな(笑)』


 そんな〈サトル〉に、

思わず〈亮〉の姿を重ねた〈英二〉は小さく笑みを溢し目を細める。

「・・・キミさえ良ければ構わないが―・・・。

よろしく頼むよ」

「ありがとうございますっ‼️」

 〈サトル〉は一瞬にして嬉しそうに微笑むと、心配そうに此方を窺っていた〈知夏〉に振り向き、満面の微笑(えみ)を見せ『OK』の合図を送った―・・・。




 全員が《ウェットスーツ》に着替えた後、

《浅瀬》で復習を兼ねた『講習』を受けた《生徒》達と一緒に〈サトル〉と〈知夏〉も、そのまま同じ船で『エントリーポイント(入水場所)』に向かう。


「邪魔しないように気を付けます」


 〈サトル〉は《生徒》達とは少し離れた場所で自分達の『準備』を始めたが、

 その『手際の良さ』に傍に居た〈知夏〉は元より〈英二〉や《生徒》達までもが、

つい見入ってしまう。

「・・・さすがねぇ~✨」

 〈知夏〉は身体を屈め食い入るようにその一連の動作に驚嘆し声を洩らしたが、

 〈サトル〉はふと手を止めると『上目遣い』で〈知夏〉を見た。

「――・・・皆して・・・ボクをからかって無いよね・・・?💧」

「まさかぁ~‼️💦

皆、ホントに『感心』してるのよ🎵」

 顔を赤らめ(笑)《真顔》で訊ねる〈サトル〉は一見、本当に『愛らしい』《少年》そのものなのに―・・・

 咄嗟の《表情》や《仕種》に思わずドキッとする程、『妖艶な色香』を纏う《男性》に感じてしまう事がある。


『・・・きっと将来は《芸能人》か《プロダイバー》のどっちかとして、

脚光を浴びるに違いないわね――・・・✨』


〈知夏〉は沁々(笑)、そう思う。

「・・・私―・・・💧今のウチにサトル君に《サイン》貰っておかないとダメかもね」

 随分と真顔で言うそんな呟きに、

「知夏さんまで・・・そういうコト言うとは思わなかった‼️💢」

 珍しく〈サトル〉がムッとした顔を露骨にすると、〈知夏〉の分の《機材》を押し付けるように渡した。

「・・・後は自分でやってねっ💢」

 そう一言だけ残すと、自身の《ウエイトシステム》や《ダイブコンピュータ》の調節を始め〈知夏〉をシカトする。


「・・・やだ。怒った?(笑)」


 〈サトル〉には申し訳ないと思いつつ、

初めて自分に見せたその『子供らしさ』が想像以上に可愛らしくて、

『いけない』と判っていながらも・・・つい顔を綻ばせてしまう。


 ・・・そんな〈知夏〉の表情(かお)を、

嫌でも『チラ見』して(笑)またドキドキしている自分にも、何だか腹立たしくなって来た〈サトル〉は―・・・これ見よがしにふて腐れ(笑)、口を尖らせた。

「ズルいよ❗️知夏さん💢《年上》だからってボクをからかってるでしょ⁉️💦」

「・・・だったらぁ。私をもっと『敬いなさい(笑)』サトル君❤️」

 〈知夏〉は、わざとに意地悪く微笑むと舌をチロッと出して肩を竦ませて見せる。


『・・・―可愛い《女性(ひと)》だなぁ・・・』


 《女性》に対して初めてそう感じる程、戯(おど)ける仕種までもが愛おしく『降参』するしかない。

 〈サトル〉は、ただただ苦笑するだけだった――・・・。




「先に失礼しますっ‼️」


 離れた場所に居た〈英二〉に挨拶する〈サトル〉に続き、〈知夏〉も《父》に小さく頷くと《海》に入る。

 すると、その瞬間から――・・・まるで『水を得た魚』のように華麗に游ぐ〈サトル〉の姿に〈知夏〉は釘付けになった。


『・・・何コレ―・・・《人魚》みたい・・・✨』


 《父》の〈英二〉でさえ、ここまでキレイに游げはしない。

 思わず見惚れて呆然としている〈知夏〉が心配になったのか、

〈サトル〉が《ジェスチャー》で「大丈夫?」 「具合悪い?」と訊ねて来たが、

「游ぐ姿があまりにキレイで見惚れていただけ❤️」と返すと―・・・、

 きっと照れたのだろう(笑)。何も言わずにスウッと目の前を通り過ぎた。


 そして〈知夏〉に『合図』をすると、

誘(いざな)うように〈サトル〉 は水を感じさせない軽やかさで先へと進んで行く。


『《伊豆》の海は初めてのハズなのに・・・』


 まるで地元の『洞窟潜水』の《ダイバー》

よろしく、《海中(なか)》を『案内』出来る〈サトル〉の『才能(センス)』に〈知夏〉は身震いがした。


『・・・コレが〈木崎亮〉の《相棒(バディ)》たる所以ね―・・・』


 今、こうして共に游げる事を心から神に感謝したい気持ちだった――・・・。






「《パパ》っ‼️‼️💦サトル君って、ホンッッットに‼️『キレイ』に游ぐのよ‼️‼️✨」

 一旦、《昼食》を摂る為に戻って来た一行の休憩中、『お手製』の弁当自慢もそっち退けで〈知夏〉は延々と、

 さっき迄の《ダイブ》を熱く(笑)語っていた。

 〈英二〉は興味津々で訊いているが、

ハナシの《主》である当の〈サトル〉は全く聞く耳を持たず(笑)、

 専らの興味は〈知夏〉の作った《弁当》にあり、かなり感動していた。

「知夏さん、スゴいですね✨『盛り付け』も可愛らしくて・・・しかも本当に『美味しい』ですよ‼️✨」

 久し振りの《ダイブ》もあってか、

育ち盛りの《少年》の『食べっぷり』は実に見事で(笑)、見ていて気持ちがイイ程だ。


「良かったなぁ、知夏(笑)。

早起きして作った甲斐があったじゃないか」

 《父》は素直に喜んだが〈知夏〉は『照れ隠し』もあり憮然とする。

「・・・あぁ~💧色々『説明』する前に、すっかり無くなってるじゃない~💦」

「ボクの『どうでもいい』ハナシなんてしてるからだよ💧

《ご馳走》を前にして『お預け』なんて‼️

・・・ボクは出来ないモン‼️」

 端からは『姉弟ゲンカ(笑)』のようなやり取りに〈英二〉は微笑ましく見ていたが、

〈知夏〉は真面目に怒り出した。

「『どうでもいい』⁉️💢・・・そんな訳ないでしょ⁉️もし、本気でそう思ってるんなら、もっとキチンと『自覚』した方がいいわ‼️💢

あの〈木崎亮〉がアナタを《相棒(バディ)》として『必要』していたのは、

《息子》だからじゃナイってコト‼️💢」


 ―・・・まさか、そんな風に叱られるとは思いもしなかった〈サトル〉はア然とするが〈知夏〉の真剣な眼差しに、軽く唇を噛むようにして黙り込む。

 その様子を見かねた〈英二〉は〈サトル〉に優しく声を掛けた。

「・・・多分、《娘》の言ってるコトは正しいと私も思うなぁ・・・。

例え『謙遜』にしても、

自分を『どうでもいい』なんて卑下する必要ナイだろ?(苦笑)

・・・第一、『どうでもいい』で済ます游ぎをするヤツを、あの《プライド》の高い木崎が『相棒(バディ)』にする訳が無いのは―・・・誰よりも、キミ自身が知っているハズじゃないかな?」


 〈英二〉の言葉に〈サトル〉は黙って頷く。 


「―・・・ウチの《娘》は、そういうのに煩いんだ(笑)。況してや木崎の熱烈な《FAN》でもあるし、ね?

だけど、知夏があそこまで誉めるんだ。

ちゃんと『自覚』するべきかも知れないナ」

「――・・・ゴメンなさい💧」

 〈サトル〉は詫びるように二人にお礼を言った。


 今まで〈亮〉の傍にいるのが『当たり前』で、敢えて自分の『游ぎ』を誉めてくれた人なんて居なかった。

 小さい時からただ《父》が好きで傍に居たくて始めた《ダイビング》だったが、

〈亮〉は容赦なくワンツーマンで徹底的な『英才教育』をし―・・・亜流に違いは無いが今のスタイルが出来上がっている。

 それに関して〈サトル〉自身、誰にも引けは取らない『自信』はある。が、

〈亮〉をはじめ、周りの《スタッフ》の足を引っ張る事の無いようにと、日々精進する毎日の中で《息子》として精一杯の『サポート』を努めるだけだったせいで、

 誰かが自分のそれを『評価する』とか『される』の考えにも及ばなかったのだ。


『・・・自覚かぁ――・・・』


 ・・・海が好き。とか?


 〈亮〉が好き。とか・・・


 ――・・・それから・・・

《自分》を叱ってくれる人間が《父》以外にも『存在する』事を『嬉しい』と思う歓び。

 大切に想われているのだという『幸せ』。

 きっと『自覚』しなければいけないコトが

未だ未だあるに違いない。

 ―・・・勿論・・・己れの《宿命》あっての今の《自分》があるのだというコトも――・・・。



 考え込む〈サトル〉を見て〈英二〉は、

〈亮〉がいかに《息子(サトル)》を大切に育てて来たかを感じ取る。


『・・・いい《息子(コ)》だなぁ―・・・』


 自分には《娘(知夏)》しか居ないが《男の子》も欲しかったなぁ・・・と、つい思ってしまった。

「・・・午後も潜るんなら、コレを使ってごらん」

 〈英二〉に差し出され手にしたのは、水中仕様の《デジカメ》だった。

「木崎が使っているモノから較べたら《オモチャ》みたいなモノだけどネ・・・(苦笑)」

「いいんですか?✨」

 瞳(め)を輝かせてパッと表情が明るくなる〈サトル〉に、〈英二〉は《父親》のような微笑みを返す。

「・・・使ったコトは?」

「ありません。『憧れ』はありましたケド💦《父さん》のモノなんてボクが扱える代物じゃなかったですし・・・」

 〈サトル〉のそんな言葉に、

〈英二〉はふと疑問に思った。現在まで大切に可愛がって来た《我が子》に、

どうして〈亮〉は例え自分の『真似事』であっても、させなかったのだろうかと。


『・・・アイツは自分の跡を《息子》に託す気は無いのか・・・?』


 〈知夏〉も大絶賛する《ダイビングテクニック》だけを伝授して、

どうして《カメラ》を持たせようとはしなかったのだろう?

 さっきの〈サトル〉の反応からして《息子》ならば当然『興味』も湧いて来るのは承知のハズだが――・・・。


「・・・意外にアイツは『ケチ(笑)』なんだな💧この程度のモノなら、持たせてやってもいいだろうに・・・💧」

 そう勝手に(笑)、憮然とする〈英二〉に〈サトル〉は慌てて《父》を『フォロー』した。

「あっ💦違うんです‼️💦

《父さん》はボクの事を『ちゃんと』考えてくれてたから『敢えて』・・・なんです💦」

「・・・⁉️💧」

 〈英二〉には、その《父(亮)》の『深意』が理解出来なかったが《息子(サトル)》には判っている――という事らしい。

 そんな風なニュアンスを言葉にする〈サトル〉が不思議に思えた。

「・・・キミは変わった子だな(笑)。まぁいいさ今日はそれを使って遊んでみればいいよ🎵案外、〈木崎亮〉を越える《作品》が撮れるかも知れないヨ?(笑)」

 〈英二〉にそう言われると、

途端に顔を赤らめ『はにかむ』姿が何とも愛おしい。


『・・・木崎は、この子が可愛くて仕方が無かっただろうなぁ・・・』


 ・・・〈亮〉から直に『事情』を訊いた訳では無いが、《業界》内に伝わる『噂』や『誹謗中傷』めいたハナシは度々耳にした事がある。

  〈英二〉は《大学》からの付き合いとなるが、その当時から『仲間内』では承知していたが、それに関して差別めいた事をするなんて有り得ないとさえ思っていた。

 しかし、後から聞いた話はどれも決して生易しいモノでは無く、現在の『名声』を得ても尚変わらない『偏見』に満ちた波風のある自分の傍に、愛しい《我が子》を置いておくにも『限界』があったのだろう―・・・と、

〈サトル〉を見ていて切に感じるのだった。


『・・・意外だが―・・・アイツも《父親》だったって訳か―・・・』


 そう思うとつい口許が弛んでしまう。


 〈英二〉は〈サトル〉の頭を撫でながら、

遠い異国の地で活躍する《旧友》に、何だか今までには無い『親しみ』を急に感じて苦笑した――・・・。






 この日を皮切りに、

〈サトル〉の《日本》での初めての《夏休み》は『ダイブ三昧』で充実した40日間となった・・・。


 そして《二学期》が始まり―・・・。

〈原田〉は《レギュラー》入りを惜しくも逃したものの、『駿足』を評価され《代走》に抜擢されるかも知れない―・・・という《秋季大会》の地区予選の試合に〈サトル〉は〈知夏〉を誘い、応援に駆け付けている。

 だが、それでなくても充分に目立ち・・・日頃から騒がれている事を、

《本人》も少なからず『自覚』していたハズだったであろうその『女性連れ』という大胆(笑)な行動が 、

 その後『一大センセーショナル』となって 《学校中》の話題になってしまうのである。

 〈サトル〉にとっては《夏休み》の延長上の、ごく自然な『成り行き』みたいなモノで別に騒がれる謂われは何も無かったのだが、

 やがてそんな《噂》はどんどん『独り歩き』を始め――・・・


 海外生活を知る《帰国子女》のイケメン少年は、《中学》最初の『夏休み』で早々に《彼女》を作り、既に『肉体関係』の間柄で半ば『半同棲』生活をしている――・・・。


 という《ストーリー》が完成されてしまいあっという間にそんな《デマ》が拡がってしまった挙げ句に、

 この騒動を『問題視』する《PTA》や教員らからなる『職員会議』にまで発展し・・・、

 遂には《父親》である〈亮〉が呼び出される始末にまでになったのだった。


 今回のこの件では学校中の多くの《女子》達が涙し、その中には当然〈ユキ〉も居たのだが―・・・それ以上に『ショック』を受けていたのは、他でもない〈サトル〉自身だ。

 まさか、

こんな『くだらない』コトを《デマ》だと理解されないのも悔しかったが、

 そのせいで《父》がわざわざ《仕事》を中断して『帰国』しなければならなくなった事態は、きっと〈亮〉自身でさえ想像しなかったに違いないだろう。




 《仕事》の都合上、直ぐには帰国出来なかったがそれでも驚く程早く駆け付けている。

 《空港》から直に《学校》へ訪れた〈亮〉は《放課後》もあって、

 その『注目度』たるや(笑)《生徒》から《教師》までもが振り向く程に『異彩』を放つオーラと―・・・圧倒的な『威圧感』すらあったのだ。


 《応接室》のドアがノックされ、ブランドスーツ姿の〈亮〉が現れた瞬間から室内の空気が変わるのが〈サトル〉にも判る。

 《担任》をはじめとする《教員関係者》も思わず息を飲む中、自分の隣に腰を掛けた《父》の顔すら見る事が出来なかった。


『・・・怒ってる――・・・』


 自分の元から離れた途端に、

こんなつまらない事で《父》の手を煩わせる《息子》をどう思っているのか・・・なんて生易しい状況では無い。

 〈英二〉に『自覚しろ』と言われた、その《言葉》の重さを今更ながらに〈サトル〉は思い知り、青褪めた顔を隠すように俯いたままだった・・・。



 そんな中、今回の《噂》の詳細が《担任》から語られ〈サトル〉本人にも確認したところ、『事実無根』だと主張した―・・・という説明を聞いていた〈亮〉が初めて口を開く。

「・・・なら、それでいいじゃないですか」

「いえ。『それだけ』では無いから《お父様》にも、わざわざお越し頂きました」

 そう答えたのは〈サトル〉の《担任》では無い、《役員》らしき《女性》がキツい口調で発言した。

「・・・聞けば、お宅の《ご子息》は現在お一人で生活してらっしゃるそうですが・・・」

「えぇ。私が《海外》での仕事が多いので、必然的に《息子》に留守を任せていますが、それが何か?」

「それってどうなんでしょうか?

親の目が全く行き届かない状況では『教育上』よろしく無いんじゃありません?」


 〈亮〉の《雰囲気》に皆が飲まれている中、一人その《女性》だけが気を吐く。

「そういう《環境》にいるからこそ、今回のような未成年ながら『ふしだら』な《噂》が立ってしまうのでは?

―・・・聞けばお宅の《ご子息》は随分とおモテなるそうですから?案外・・・《自宅》に連れ込んで本当に『如何わしい』行為をしている可能性も、否定出来ませんわよね?」

 その言葉に、自分が周りからそんな風に思われてしまっているのかと愕然とし、

 この場で『発言権』の無い〈サトル〉は、ただ両膝に置いた手を強く握り締める事しか出来ないでいた・・・。


 此処に入ってから・・・未だ一度も顔を上げず俯いたままの《息子》の表情は窺い知れない〈亮〉だったが、

 〈サトル〉のその拳を一瞥しただけで・・・どれ程の思いで今日まで堪えていたのかが判る。

 《父》として傍に居てやれず、護れない『悔しさ』が滲んで来た。


「・・・それは《息子》の自由でしょう?

私も『親の責任』として、キチンと『避妊』の仕方を彼には教えてありますが―・・・」

 と、平然と(笑)悪怯れる様子も無い《父親》のそんな態度に『騒然』となるも、

〈亮〉は気にもせず更に言葉を続けて行く。


「若さ故に『行き過ぎた行為』が仮にあったとしても、平気で《相手》を傷付けてもいいような『教育』を私はした憶えはナイですし《息子》もする人間ではありません。

・・・ただの《容姿(見た目)》だけで安易に判断して、本人の《性格(中身)》も見ずに下劣な話を拡めて《息子(ひと)》を傷付ける・・・

この《学校》の『生徒や先生方』の方にこそ『問題』があると、私は思いますが?」


 その口調はあくまでも『穏やか』ではあるが、同時に周りの人間を『威嚇』するような鋭い視線に、

 遂には《女性》も黙ってしまう。


「・・・貴女方はご存知ナイかも知れないが、私にはそれなりの《ステータス》がある。

《息子》がそれを『誇り』に思ってくれている以上、自ら馬鹿なコトは『しない』と私は信じています。

―・・・もし。

これ以上・・・《息子》を疑い、私達・・・《父子(おやこ)》を傷付けるようであれば、

此方のほうで『法的処置』も辞さない考えですが、よろしいですか?」


 ――・・・一度たりとも『怯まず』《自身》と《我が子》を信じる、

 その堂々たる態度と一点の曇りすら感じさせない《眼差し》で、目の前に居る《人間》をジッと見据える《父親》の姿に、

 最早、口を挟もうと『異論』を唱える者さえ現れず、〈サトル〉の『潔白』が証明された形で幕を閉じたのだった。




「・・・相変わらず『くだらん』ナ―・・・。この国は💧」


 《学校》を出た途端に《ネクタイ》を弛め〈亮〉が愚痴る。

 そんな《父》の半歩後ろに居る〈サトル〉はただ申し訳ない気持ちと、

《自分》をあそこまでキッパリと信じてくれた上に、強気で護ってくれた『感謝』の気持ちで―・・・もう、涙が止まらなかった。


 久々に顔を合わせたというのに、

未だ何も《言葉》を発する事なくひたすら溢れる涙を何度も掌で拭い、泣くのを堪えようとしている《我が子》の健気な姿に、

 〈亮〉は労うように頭を優しく撫でると、

「お前は何も悪くナイんだからもう泣くナ💧―・・・それより、久し振りに帰って来た《父(オレ)》に対して、未だ・・・何の言葉がナイのは、どうよ?💧」

 冗談めかしに拗ねた口調で訊ねてみせた。


 そう言われ、慌てて気付いた〈サトル〉は『微笑(えみ)』を溢れさせるように、

「・・・ゴメンなさい‼️💦」と、涙を拭きながら改めて《父》に向き直り、

「お帰りなさい・・・《父さん》・・・」

 そう言って〈亮〉の顔を見上げ、はにかんだ。


「――・・・サトル・・・今、何て・・・?」


 あまりにも『自然』で、

つい聞き逃してしまいそうになったが〈サトル〉の口から『父さん』と言う《言葉》を今初めて聞いた〈亮〉は、

 大きく目を見開いたまま・・・何も言えなくなってしまう。

「やっぱり、ボクの《父さん》は『カッコいい』と思った・・・✨

―・・・本当にありがとう・・・嬉しかったっ‼️」

 《父》の素直(笑)なその『反応』に嬉しくなって、〈サトル〉は念を押すようにそう口にしたものの、

 何だかくすぐったくてモジモジと恥ずかしげに照れていると・・・そこへ突然、

〈亮〉に思い切り抱き締められてしまい一瞬息が出来なくなった。

「《お前》が傷付けられて、オレが黙ってる訳ないだろう‼️《親》として当然の事をしたんだ、礼なんか言うナ。

・・・寧ろ―・・・オレの方がずっとお前に感謝してるんだ・・・」

 その『涙声』の言葉に〈サトル〉も想いが込み上げて来て、目を潤ませた。


「・・・ゴメンね・・・。ボクには、もう亮が《父さん》なのに〈木崎亮〉の《息子》としての『自覚』に欠けてたから、こんな迷惑を掛けちゃった―・・・」

「バカ。こんなコトでイチイチ騒ぐ人間が悪いんだ。気にすんナ」

 〈亮〉は改めて〈サトル〉の肩を掴み、マジマジと《我が子》を眺める。

 未だ一年どころか、半年過ぎた程の間しか離れていなかったというのに、

 逢う度に『成長』して行く姿が何とも頼もしい――・・・。


「今回は仕事上、明日には戻らなきゃならんのだが、次の《仕事》は・・・『ココ』に決まりそうなんだ」

「・・・『ココ』って―・・・《日本》ってコト⁉️💦」

「あぁ‼️」

 《父》のサプライズな言葉に〈サトル〉は歓び一杯で微笑み、

「じゃあ、また一緒に『仕事』が出来るんだねっ⁉️」

 と訊ねたが、〈亮〉は途端にバツの悪そうな表情(かお)をして無言になった。


「・・・―ダメなの・・・?」


 〈サトル〉は落胆して〈亮〉を上目遣いで見るも、その顔を見るのが辛いのか《父》は《息子》に背を向け歩き出した。

「・・・お前とケリーの抜けた穴を埋めるのは大変でナ💧・・・今―・・・ようやっと《新スタッフ》の体制で仕事がスムーズに進むようになったんだ・・・。

サトルが居れば、オレは『ラク』だが―・・・その後のコトを考えるとナ・・・💧」


 ―・・・確かにそうかも知れない。


 自分なら手に取るように『サポート』が出来ると思える『自信』も、

 亡くなった〈ケリー〉が全てを託して教えてくれたモノだ。

 ・・・だが、一時の仕事で役に立てたとしてもその先も自分が『サポート』出来ないのであれば、

 下手に今のチームの輪を乱すより―・・・後々の〈亮〉の負担を考え《新スタッフ》のみで進めるべきだろう。


 〈サトル〉は少し淋しげに微笑むと小さく溜め息を吐いた。

「・・・そうだね・・・💧

突発でボクが入っても迷惑掛けちゃいそうだもんね・・・。残念だなぁ~💧

・・・その内、《父さん》と一緒に仕事が出来なくなっちゃうのかもね💧」


「・・・そんな悲しいコトは言わんで欲しいナ」


 《息子》の言葉に〈亮〉は心から悲しむような表情(かお)をすると、

 並んで歩く〈サトル〉の肩を優しく抱き締めた。

「・・・お前が『嫌だ』と言うのならオレは諦める。しかし、そうでなければ・・・オレからお前を手離す事は『有り得ない』んだ。

・・・冗談であっても『金輪際』そんなコトは口にしないでくれないか?💧

―・・・それでなくても、離れて暮らしているだけで心配なんだから💧」

 そう言いながら〈亮〉は自分の顔を手で覆い嘆いて見せる。

「―・・・情けのないハナシだが・・・💧

お前の《父》は外では『虚勢』を張っても、その実『女々しくて』―・・・💧

本当はちっともカッコ良くはナイんだヨ・・・」


 ・・・そんな弱い一面だって(笑)、

〈サトル〉には既に『承知済み』である。

それでも『カッコいい』と《息子》として素直に感じているのだが―・・・。

 自分を前にして『みっともない』と赤面する《父》の姿だって、充分に愛おしい。


「―・・・じゃあ、また直ぐに逢えるんだね?」

「あぁ」



 ――・・・この《息子》なら、

例え《父》がどんなであっても変わらずに微笑んでくれると信じているが・・・

 今度、再び戻って来た時にも今と変わらぬ『微笑(えみ)』を返してくれるかどうかは判らない――・・・。


 〈亮〉が〈サトル〉と一緒に《仕事》を拒んだ訳には、実はもう一つ『理由』があったのだが―・・・《父》として、

 それを最後まで口にする事が出来なかった――・・・。

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