第11話◆切愛
~親愛なる〈サトル〉へ~
キミがこの《手紙》を今、
読んでいるという事は・・・俺は、もう《この世》に居ないというコトだろう。
キミが、《日本》へと旅立ってから〈サトル〉という存在の大きさに―・・・、
俺も〈亮〉も、今更ながらに気付いてしまった・・・。
〈亮〉は『後悔していない』と俺には言うが、酒を飲む量が以前より増えた。
キミの居ない『淋しさ』を、
そんなモノで埋めようとするアイツを見ているのが辛くて・・・。
―・・・けれども。
俺では、キミの『代わり』には成り得ないんだ。
昔・・・『孤独』という《暗闇》からアイツを救い出したのは、
ずっと傍に居た《俺》では無く・・・小さな〈サトル〉、キミだったから―・・・。
だから、俺はキミに『嫉妬』し続けて・・・キミを傷付けてしまった。
大人げ無かったと、
本当に悔やみ続けて・・・今も胸が苦しいんだ。
〈亮〉と〈サトル〉の二人を引き離してしまった《原因》は、この俺にあるのだと。
アイツは『いずれは、こうなる事になるんであって、ただ時期が早くなっただけだ』とそう俺に嘯(うそぶ)いたが、本心は違うハズだ。
〈サトル〉。キミだって、きっと心の何処かで俺の事を憎んでいるに違いがない。
・・・俺は自分の浅はかな行動で、大切なモノを一度に失くしてしまった事を本当に悔やんでいる。
今、ココでもう一度、謝ったところで己れのこの『罪深さ』が贖(あがな)えるとは思ってはいないが、
〈亮〉に嫌われた上に〈サトル〉・・・キミにも嫌われたままで《この世》を去るには、死んでも死に切れない。
―・・・本当に済まなかった・・・。
《日本》に帰る直前まで、
俺の持ち得る総ての『知識』をキミに託したが、それはいつか必ず〈亮〉が必要とするモノばかりだ。
だから、俺の代わりにアイツの傍で・・・
どうか支えてやって欲しい。
俺の叶わなかった事が、キミには出来る。
よろしく頼むナ。
ケリー・バーマンより
〈ケリー〉からの《手紙》を読みながら、〈サトル〉はポロポロと零れる涙でその文字を滲ませていく・・・。
「・・・やだなぁ、ケリー。
コレは《ボク》宛てじゃなくて、亮へじゃないか――・・・」
ただ一途に〈亮〉を『想い』、
そして『心配』し・・・叶わなかった『願い』を〈サトル〉に託した。
己れの過ちを、どれだけ責めて苦しんだというのだろう――・・・。
「・・・お前は知っていたんだナ。・・・《病気》のコト」
「―・・・うん・・・」
「どうしてオレには言わなかった?ヤツに『口止め』でもされたか?」
〈亮〉の冷めた物言いに〈サトル〉はただ無言で頷く。
「・・・まんまとしてやられたり、だナ」
《父》のその言葉には流石に我慢出来ず立ち上がると、腰掛ける〈亮〉の膝に手を置き詰め寄った。
「《お酒》が入ってるからって、そんな言い方無いよっ‼️
――・・・どうして・・・もっと素直に『悲しんで』あげられないの⁉️」
《父》を責めながら、
その悲しみの深さに為す術の無い自分の『無力さ』に〈サトル〉は涙が止まらない。
「・・・『悔しい』なんて思う前に、
『悲しくて』泣いたっていいじゃんっ‼️
ケリーはちゃんと、それが判ってたから亮に何も言わなかったんだよ⁉️💦」
何処までも真摯な《我が子》の訴える瞳に見つめられ、
〈亮〉はみるみる顔を歪ませて行く・・・。
「・・・泣きたくても―・・・泣けなかったサ。
この一週間が、どうしようもなく辛かったんだ・・・」
そう言うと、堰を切ったように泣き崩れた―――・・・。
《独り》で泣くには、
その『悲しみ』はあまりに大きく誰かに支えて欲しかった。
『・・・今なら泣ける――・・・』
自身の膝に置かれた小さな手を握り締め、〈亮〉は押し込んでいた『感情』を総て曝け出す。
そんな《父》の姿を今まで一度たりとも見た事が無かったにも関わらず、
〈サトル〉は自分でも不思議な程・・・自然に振る舞い受け止めているのに驚いた。
目の前に居る《父》が愛しいと―・・・
〈ケリー〉が《手紙》で託したように傍で支えてやれるのは《自分》しかいないと・・・。
妙な『使命感』が沸き上がる。
【~しなければいけない】
この《感情》は〈サトル〉の《宿命》としてインプットされているモノだが、
まだ自身が未熟な上にそれが『何なのか』カタチを成していないが為に、
そう感じてしまったのかも知れない。
『・・・ボクが亮を支えてあげないと‼️
でなきゃ、誰もいないモン‼️・・・ボクも亮も共に《独りぼっち》なんだから―・・・』
自分が《子供》である事を忘れ、
いち〈サトル〉として『必要とされているならば、何でもしてやりたい』と、
この時に本気で心から思っていた―・・・。
朝、〈亮〉が目を覚ました時には〈サトル〉はもう《学校》へ行った後だったが、
《ダイニング》のテーブルにはキチンと自分用の《朝食》が用意されてあった。
それを見て、今まで自分にとって『当たり前』だったその《生活》を失くした・・・たった数ヶ月間の『孤独』な時間が、
まるで『拷問』に感じる程、毎日が辛く苦しかったと痛感した。
―・・・にしても。
酔いもあって全てを覚えている訳では無いが、久し振りに逢った《息子》にあんな風なみっともない姿を曝け出してしまった事は、しっかりと記憶に残っていて―・・・
『・・・あれじゃあ、どっちが《大人(おや)》だか判らん💧』
自分でも驚く程、
泣き尽くした事や況して《ヒト》にその醜態を晒した『相手』が、
よりによって〈サトル〉だった事に〈亮〉は酷く落ち込んだ。
『・・・呆れただろうなぁ・・・』
とても自分の物とは思えない位に『違和感』を感じる腫れた瞼も、つくづく情けないと思う。
・・・〈亮〉にとって、
《我が子》がそこまでの『存在』になっている事で気付いたが・・・
『嫌われる』よりも『軽蔑』されたくないというその気持ちの強さだ。
自分の《息子》に・・・何だか『敬愛』に近いモノすら感じている。
『・・・オレの《前世》はアイツの《ペット》だったのかも知れんナ・・・💧』
そんなつまらないコトさえ考える自分に失笑するも、
この束の間の《時間》がこんなにも安らげる『価値のあるモノ』である事を再認識した。
そして――・・・。
そんな《我が子》に対する『想い』を切実に痛感した今となっては、
自分から手離した以上・・・都合よく「戻って来い」とは口が裂けても言えない事は『当然』なのは勿論、
己れの露呈した『脆さ』を抱えたままではやはり、傍に戻してしまえば更に『取り返しのつかない』羽目になる事をも現実味を帯びて――・・・、
己れに突き付けられた気がした。
『本気で傍に置きたいと思うなら、オレ自身が強くならねば始まらんだろ・・・』
それに・・・、
昨日の不甲斐ない《父》をまざまざと見せ付けてられてしまえば、
あの《息子(サトル)》の事だ。
『自分が傍に居なければならない』―・・・と
思うに違いがない。
事実。
《学校》から帰宅してからの開口一番が、
「・・・亮。ボク《小学校》卒業したら、やっぱり戻りたい」
・・・だった――・・・。
《リビング》のL字型のソファーの両端に
それぞれが座り暫しの沈黙が続いた後、
先に口を開いたのは〈亮〉の方だ。
「・・・何を突然言い出すかと思えば💧
・・・どうした?オレの顔を見たら恋しくなったか?」
―・・・それもある。
「それとも昨日のヤツの《手紙》に『傍に居てやれ』と《遺言》でもされてあったか?」
――・・・それも強(あなが)ち、外れてはいない。
「・・・まさか、昨日の不様な《父》を目の当たりにして・・・なんて言わないよナ?💧」
・・・それが一番『図星』なだけに、
〈サトル〉はどう答えればこの《父》を傷付けずに済むのかを、
必死になって考えていた・・・。
また、〈亮〉もそんな《息子》の気持ちが手に取るように判るだけに、
どうすればいいのかと思案する。
「・・・お前は何の為に生まれて来たと思う?」
《父》のこの『問い』に〈サトル〉はハッとした。
「お前とは出逢うべくして『出逢った』と、
オレは《神》に感謝さえしている。
―・・・だけどサトル。
お前にとっては『コレ』が総てじゃないってコト位、お前自身が一番よく判ってるよナ?
・・・オレとの出逢いは、
きっとただの『始まり』にしか過ぎんハズだ。――・・・そうだろ?」
「でもねっ‼️亮っ‼️💦」
この《父》が自分を『必要』としている事も紛れもない『事実』だ。
それを判っていながら、
むざむざと『見逃せ』というのも己れに課せられた《宿命》だというのだろうか―・・・。
「・・・お前も判っただろうが、オレは『弱い』人間だ。自分の《愛しい者》を傷付けてしまう事を恐れ、自分の『脆さ』を曝け出す勇気さえ無かった。―・・・今までは。
でもナ。《サトル(お前)》が、そんなオレを変えてくれた・・・」
〈亮〉はスッと立ち上がると〈サトル〉を見つめ微笑む。
「・・・今、此処で『約束』しよう。オレは必ず強くなる」
「・・・―亮・・・」
「『強く』なるから、オレを甘やかそうなんて優しい事をするナ」
・・・そう言って近付くと、
「・・・オレが『強く』なるのが先か、お前が《宿命》を達するのが先か・・・競争だ(笑)」
《父》は《息子》に右手を差し出したが、
「・・・違うよ?『約束』するのは、こうだ」
〈サトル〉も立ち上がると自ら小指を立てて《父》に見せる。
「・・・あぁ、そうだったナ」
〈亮〉は目を細め、いつかと同じように『げんまん』をしてみせた。
たった一人の《家族》に出来る事が、
こんな『強がり』では無く・・・いつか本当に強さを持って『護る事』だと、改めて誓う。
・・・一方の〈サトル〉も《父》に己れの《宿命》を問われ、
真剣に考えていかなければならない事を実感した。
――・・・自分は何の為に生まれて来たのか――・・・。
・・・判っている。
『・・・きっと、あの人達に逢う為に―・・・』
いよいよ《卒業式》を間近に控えたある日
〈亮〉は〈サトル〉を連れ出した。
《銀座》の軒並みブランドショップがある通りに立ち寄りその内の一軒の店に入ると、
既に『予約』でもしてあったのか手際のいい《店員》が一着の《スーツ》を持って来た。
「《卒業式》用に誂(あつら)えた。試着しろ」
「・・・えっ⁉️・・・コレ、ボクに⁉️💦」
てっきり〈亮〉の買い物だと思っていた〈サトル〉は面食らう。
「めでたい『門出』だ。転校して間もないお前が一番目立ってやれ(笑)」
「・・・そんなぁ~💦」
《父》は意地悪く微笑むと、
《フィッティングルーム》に《我が子》を押し込めた。
普段は『ラフ』では無いが『カジュアル』な洋装の〈亮〉だが、
『公の場』となると此処ぞとばかりに気合いを入れる癖があるのを知っていただけに、
まさか自分にまでも降り掛かって来るとは思ってもみなかった。
『・・・目立つのは、亮だけでいいのに・・・』
ブツブツと愚痴りながら、
《スラックス》を履き《シャツ》に袖を通しつつ、《ジャケット》を羽織って〈サトル〉は驚いた。
サイズがピッタリだったのだ。
「亮っ‼️💦」
閉じられたフィッティングの《カーテン》から顔を覗かせると、
同じ《ジャケット》を羽織りサイズ直しをしている〈亮〉と目が合った。
「・・・ほぉ。ピッタリだナ🎵
やっぱり『イイ男(笑)』は何を着せても似合うナ」
「――・・・亮のそれって・・・💧」
唖然とする《息子》に企みを含んだ笑みを《父》が浮かべて言う。
「・・・揃いにしてみた🎵楽しみだナ《卒業式》・・・」
〈サトル〉は、その当日を想像するだけで恥ずかしさで気を失ないそうになった・・・。
そして、《卒業式》の日。
父兄に混じる《女性》達のざわめき同様、
《卒業生》と《在校生》代表の五年生女子達のはしゃぎっぷり(笑)の『原因』は、
他でも無いこの《父子(おやこ)》だった。
「木崎サトル‼️」
「・・・はいっ‼️」
《卒業証書》の授与の時には一際歓声が上がり〈サトル〉は赤面したまま・・・結局、最後まで俯いて前を向けなかったのである。
「スゲェな‼️・・・やっぱ〈シゲル〉お前『カッコいい』わ✨」
父兄や在校生代表に見送られて校門を出た《卒業生》達は、
一旦、学校ヨコの《公園》に集合し教室の荷物を取りに戻っての『解散』となる。
その《公園》で〈原田〉はマジマジと、
〈サトル〉の『晴れ姿(笑)』を眺め感心していたタイミングで、
「・・・あっあのっ❗️💦木崎君💦
一緒に《写真》撮って貰ってもいいですか」
《在校生》であろう女の子三人組が声を掛けたのを『きっかけ』に、
あっという間に《女子》達に囲まれ〈サトル〉は身動きが取れなくなってしまった。
・・・すっかり弾かれ、
外からその光景を楽し気に観ていた〈原田〉に〈亮〉が近寄り呆れ気味で、
「・・・まるで《アイドル》だナ💧」
と、言うと、
「イヤぁ~💧その《父ちゃん》も、
かなり目立ってると思うんですが~・・・」
〈原田〉はチラッと横目で見上げて苦笑する。
「・・・あぁ。俺のは『確信犯』だ(笑)。
でも、アイツにとっては初の『門出』だから、巻き込んでやろうと気合いを入れてみたんだが・・・アイツは大人し過ぎて『面白味』に欠けるナ・・・💧」
「〈シゲル〉は、そういうタイプの人間じゃあナイと思いますケド💧」
「・・・やっぱりそう思うか・・・」
〈亮〉の《我が子》に対する『茶目っ気』は端から見れば楽しいが、遊ばれている当の本人にはトンだ『災難(笑)』に違いない。
・・・けれども、
それがこの《父親》の〈サトル〉への『愛情』なんだと、〈原田〉にも伝わって来る。
「・・・キミ・・・原田クンだっけ?
《中学》も同じなんだよナ?――・・・アイツのコト、これからも面倒見てやって欲しいんだ。・・・『根が強い』分、受け身になって物事を対処しようとするトコがあるから、
少々『厄介(笑)』なんだ。
・・・充分傷付き易いクセしてナ💧」
「あぁ・・・それ判る(笑)。
・・・でも〈シゲル〉らしいと思いますよ🎵何か、それって(笑)」
「・・・そうか(笑)」
〈亮〉は〈原田〉と話していて〈サトル〉は《良き友》に巡り逢えたと安堵する。
「どうだい?・・・これからオレ達と一緒に《食事》に行かないか?」
気を良くした〈亮〉に誘われるも、
〈原田〉は辞退した。
「・・・ありがとうございます。
でも『父子(おやこ)水入らず』でどうぞ❤️
オレん家も、今日は《母ちゃん》が《赤飯》炊いてますから💦」
「・・・OK。じゃあ、またの機会に🎵」
〈亮〉はそう言って〈原田〉へ挨拶代りに軽く手を振ると、
困窮しきった《息子》の元へ歩み寄りながら手を叩いて声を掛ける。
「・・・ハイハイ。時間だ。
もう『勘弁(笑)』してやってくれないか?」
《父》はスッと女の子達を掻き分けると、
『藁をも縋る』情けない表情(かお)をした《息子》の腕を掴み、
人集(ひとだか)りの中から連れ出した。
「・・・ありがとう、亮💦」
「お前も情けない男だなぁ💧
そんなんじゃあ、先が思いやられるゾ?💧」
呆れる《父》の顔を上目遣いで見ながら、『場馴れ』して常に『余裕』な大人の雰囲気の〈亮〉が羨ましいと思う。
そんな悄気返る《我が子》の頭を軽く叩くと、
「・・・まぁ、その方がお前らしくていいのかも知れんがナ」
と、優しく微笑んだ。
その時、
「〈シゲル〉ぅ~っ‼️
今度は《中学》で会おうなぁ🎵」
後ろから〈原田〉の声が聞こえて来た。
「ありがとうっ❗️またね‼️」
〈サトル〉は振り返ると手を目一杯に振り満面の微笑(えみ)で、それに応えた――・・・。
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