第9話◆決然

 今まで胸に秘め閊(つか)えていた『思い』を、ようやっと《父》である〈亮〉に打ち明けられた歓びもあるが、

 以前のように―・・・

 《自分》を抱き締めてくれたり、頭を撫でて貰えた事がこんなにも『嬉しい』コトだと思わず、

 帰りの《バス》の中での〈サトル〉は何とも『幸せ』な余韻に浸っていた。


 しかし・・・その反対に、

〈亮〉はただ過ぎ行く景色を眺めたまま・・・物思いに耽(ふけ)て言葉すら発しない。


 《バス》の中では気にしない『フリ』をしていたが、

 流石に《電車》に乗り換えてからもは『我慢』出来ずに〈サトル〉は、

 おずおずと隣に座る〈亮〉に声を掛けた。



 《窓枠》に肘を付き・・・景色を眺めたまま口にした、その言葉に〈サトル〉は我が耳を疑う。


「・・・⁉️・・・今、何て言った・・・の・・・?」


「・・・今度の《誕生日》が来たら、

お前は《日本》へ帰れ―・・・と、言ったんだ」

 《父》肘を付いたままの姿勢を崩さずに、

視線だけを《息子》に向けて突き放すように言った。

「・・・今度の・・・って、後『半年』も無いじゃないかっ‼️💦

・・・どうして⁉️・・・どうして、そんな急に・・・」

 〈サトル〉は、さっきまでの気持ちから一転、青褪めてしまう。


「・・・彼処で・・・ボクがあんなコトを言ったから――・・・?」


「・・・いいや」

「じゃあ、どうしてっ⁉️」

 必死で《父》の腕を掴み縋る〈サトル〉に〈亮〉は目を閉じ、

 ・・・自らの溢れる『想い』を無理矢理に押し込め『冷静』を装い答えた。

「・・・お前が・・・いつの間にか、あんなにしっかりと自分の《前世(過去)》と向き合えるようにまで『成長』していたなんて――・・・

オレは正直、驚いたヨ。

・・・だから、いつまでもこのままじゃ駄目だと思ったんだ・・・」

「何が『ダメ』なのっ⁉️・・・ボク、

もう、亮の傍にいちゃ・・・いけないの⁉️」


「・・・あぁ、そうだ」


 キッパリと、そう断言され〈サトル〉は縋り掴んでいた手を離す。

「――・・・そうだよね・・・。

ボクの為に・・・今までずっと気を遣って『護って』くれてたのに、

肝心のボクは《前世(過去)》と同じ調子で何も考えないで『約束』守らなかったり・・・。

《いい子》じゃ無くて――・・・、

いつも亮に迷惑ばかり掛けてるモンね・・・」

「・・・ケリーの事を言ってるのか・・・?」

「それだけじゃ無いよ・・・」

 そう言いながら〈サトル〉はポロポロと涙を溢す。

「・・・だってケリーは悪くないモン・・・」

「そうだナ――・・・。

一番悪いのは・・・この《オレ》だ・・・」


「・・・エッ?」


 その思ってもみない〈亮〉の言葉に〈サトル〉は驚き、

 頬杖を付いていた手で・・・自分の顔を覆い泣いている《父》を見て、更に愕然とした。


「・・・どうして泣くの・・・?

やっぱりボクの事なんでしょ⁉️」


 労るような口調で、

小刻みに震え涙する《父》に問う。 

「・・・ボクが傍にいると・・・いつも亮を傷付けちゃうね――・・・どうしてなんだろ・・・」

 そう悔しげに涙ぐみつつ、

その顔を見られまいとして〈亮〉の腕に頭を付けて俯く《我が子》に、

 これ以上は堪えきれず目一杯の力で抱き締めた。


「馬鹿だなぁ‼️・・・それはオレの《台詞》じゃないかっ‼️

・・・誰がせっかく手にした《家族》を好き好んで手離すんだヨっ‼️

お前が、誰よりも『大切』だから‼️・・・これ以上、傍に置きたくないんだ―・・・」

 抑え込んでいたハズの『想い』が、堰を切ったように溢れてしまう。

「・・・オレの―・・・このオレの《幸せ》を、オレ自身で護る方法が――・・・。

他に見付からないんだヨ―・・・こうするしか」


「・・・判ってくれ、頼む――・・・」



 ・・・《息子》が傷付けば、この《父》も同等に傷付くのだと〈サトル〉は初めて知る。


『・・・コレ、『秘密』にしなきゃナ?

――・・・でなきゃ《パパ》が傷付く・・・』


「・・・ケリーは亮のコトが好きだったんだね」


「・・・遠い昔の《ハナシ》だ。お前が気にする必要はナイ」



 ――・・・この先も・・・あらぬ噂の《盾》となり、何が何でも《我が子》を護ろうとするその《父》を、

 逆に〈サトル〉自身が〈亮〉を護る事が出来るのかと、問われれば・・・『不可能』だとしか言いようが無い。

 《我が子》を傷付けたくないと思う《父》同様に〈サトル〉だって、

 これ以上〈亮〉が傷付く様を見たくは無かった・・・。


「・・・例え・・・傍に居なくても、ボクは亮の《息子》でいても・・・いいんだよね・・・?」

「当然だ」

 ぶっきらぼうだが『即答』で返してくれる〈亮〉の返事が大好きだ。

「・・・ボクが《日本》に行ったら、亮も《日本》でお仕事したりする・・・?」

「・・・あぁ。《日本》の海だって綺麗なんだゾ?―・・・お前が『還る』場所になってくれるなら、オレは何時だって・・・

お前の処に還ってくヨ。約束する」

 そう言って《父》は小指を立てた。

「・・・げんまん・・・✨」

 〈サトル〉は満面の微笑(えみ)で自分の小さな小指を絡める。


「《電車》に乗ってる間は、このままでもいい・・・?」

「・・・ん?―・・・あぁ、いいヨ」


 『甘えん坊』だと笑われても構わない。

 今まで出来なかった分と、別れるまでの分――・・・。

 甘えても許されるなら、叱られるまで《父》に触れていたかった。


『・・・未だ未だ《子供》だナ―・・・』


 〈亮〉はそう声に出し掛けて《言葉》を飲んだ。

 その《子供》を離す決心が、また揺らいでしまいそうになるからだ。

 ――・・・例え、『傍に』居なくても・・・。

 あの時誓った『想い』は変わらない。

 自分に出来る事があれば、全身全霊を掛けてやると――・・・。


『・・・それが『必然』だったんだよナ・・・、

奈未(なみ)さん、真輝(まき)・・・』


 〈亮〉は自分の《小指》に絡められた《我が子》の、その小さな『温もり』をもう一つの《宝物》にしようと思っていた――・・・。






 ・・・〈サトル〉が『帰国』する話に、

一番ショックを受けていたのは他でも無い〈ケリー〉だった。


「オイっ‼️・・・亮‼️『本気』なのか⁉️

・・・サトルは身寄りが無いから、お前が引き取ったんだろう⁉️

・・・あんな小さい子を『独りで』帰すなんてあんまりだっ‼️」

「・・・大丈夫だヨ。オレも出来る限りの『フォロー』は当然するし、

アイツも『了承』したんだ。

自分で出来ない事を『安請け合い』するようなヤツじゃナイ」


「お前に『帰れ』と言われれば、サトルはイヤでもOKするに決まってるだろ⁉️」


 トコトン食い下がる〈ケリー〉に、

些(いささ)かウンザリした〈亮〉は自分の《握り拳》で〈ケリー〉の胸元を小突くと、これ見よがしに顔を近付け囁いた。


「・・・お前は、こうなる事を望んでアレ(サトル)に手を出したんじゃないのか?

―・・・今更、『軽はずみな気持ちでやりました』―・・・なんて、

これ以上・・・お前を《軽蔑》させるような事は口にしないでくれよナ?」


 〈亮〉の冷たい《視線》に、

〈ケリー〉はフラフラと後退(あとずさ)る。

「・・・やっぱり・・・オレが《原因》なのか・・・」

 その言葉に〈亮〉はキッパリと否定した。

「・・・自惚れるなヨ―・・・?

いずれはこうするつもりだったんだ。

お前の事はただの『きっかけ』にしか過ぎん」

 項垂(うなだ)れる〈ケリー〉を尻目に、その場を去る〈亮〉へ・・・もうそれ以上は何も言えなかった・・・。






「・・・サトルっ‼️」


 その声に、振り向くのを躊躇(ためら)う〈サトル〉を察して、

「・・・いいヨ、そのままで」

 〈ケリー〉は歩み寄らず、距離を持ったまま話し掛ける。

「・・・キミに『申し訳ない』と言って赦して貰えるとは思ってはいないし、

俺も・・・赦しを乞うなんて考えても無い。

ケド・・・ただ一言。

《お礼》だけは言っておきたかったんだ・・・」

「・・・お礼・・・?」

 〈サトル〉が咄嗟に振り返ると、

その先には〈ケリー〉が切なげに微笑んで立っていた。


「・・・《薬》のコト。

亮に黙っててくれただろ・・・?」


「―・・・‼️」

 そう言われて思い出したように〈サトル〉は〈ケリー〉に駆け寄ると、

 その袖口を掴んで問い質(ただ)す。

「そうだよ‼️ケリー❗️アレは一体、何だったの⁉️―・・・今・・・何か《病気》してるの⁉️」

「・・・サトル―・・・」

 自分に悪戯(いたずら)されそうになった事は憶えていないにせよ、

 強引に《キス》をされ・・・充分傷付いているハズなのに、

 それでも今、真剣にこんな男の心配をしているこの《少年》が、

 この期に及んでまで『愛おしい』と思ってしまう。


 ・・・己れの『罪深さ』に〈ケリー〉は涙が止まらなかった―・・・。

「ケリー・・・」

 不安げな顔をする〈サトル〉の肩を掴み、

しゃがんで目線を下げ微笑むと諭すように言った。

「・・・俺はもうじき《スタッフ》を辞める事になる。サトル・・・キミを傷付けたお詫びに、

《日本》に帰る迄の間に俺の持つ、この仕事に関する『知識』を全部キミに《プレゼント》するから・・・、

どうか受け取ってはくれないだろうか?」


「・・・そんなに・・・悪いの?ケリーの《病気》」

 〈サトル〉の言葉に誘われるように優しく愛おしい《少年》を抱き締めると、

 そっと耳打ちする。

「俺は《HIV》の感染者(キャリア)だが―・・・

《AIDS》が発症してしまってね。

思った以上に『進行』が早いらしい・・・」

 その衝撃的な囁きに〈サトル〉は為す術も無い。


「―・・・亮には?・・・言ったの⁉️」


 ようやっと発した声は、悲しみで震えていた。

「まさか。誰にも打ち明けてはいない。

サトルが今、初めてだナ」

「そんな・・・っ‼️」

 〈サトル〉も〈ケリー〉を思い切り抱き締め返す。《煙草》の匂いは相変わらずだ。

「・・・亮のコト・・・『好き』だから、

悲しませたく無くて言わないの・・・?」

「あぁ。・・・―だから、『内緒』だゾ?(笑)」


 ―・・・あの〈亮〉の性格上、

知らなければ後で必ず『後悔』すると判っていながら言わないのは・・・

 明らかな〈亮〉に対する『嫉妬心』だと気付く。

 〈サトル〉にあったと思うその気持ちは、

いつの間にか自分には決して手に入れる事の出来なかった、

 この《少年》を手中に収めているにも関わらず・・・あっさり手放そうとする〈亮〉への

『復讐』もあるのかも―・・・と思った。


 が。流石にそれは、この《少年》には言え無かった・・・。

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