第5話◆苦悶

『―・・・もう疲れたよ・・・』


 ・・・どれだけの『旅』を続けて来たというのだろう―・・・。

 それなのに、自分が探し求めている《人物》には未だに巡り逢えずにこうやって・・・


『――・・・もう・・・身体が動かない―・・・』


 ・・・そこで意識が途切れた。






 ―・・・重い瞼を静かに開くと、

 見覚えも無い高い《天井》があり・・・目線だけで辺りを見回せば、

 今まで目にした事の無い豪勢な部屋に自分がいる事に気付く。

「・・・お目覚めになりましたか?

《王様》が『狩り』からの帰りの道中で貴方をお助けになられたのですよ?」

 《召し使い》なのだろうか、

その女性は嬉しそうに声を掛けて来た。




「・・・ほうっ‼️

身形を整えれば、コレまた何と美しい・・・‼️

そなた、名は何と言う?」


 自分の身分であれば『お目通り』さえ叶わないであろう《人物》を前に、

 萎縮する事も無く・・・淡々と答える。

「――・・・『天涯孤独』の身ゆえに、

この私に《名前》などありません・・・」

「それは、また気の毒な‼️―・・・ならば、

そなたに《名前》と何不自由の無い『生活』を授けよう‼️

・・・他に所望するモノがあれば、何なりと申せ。そなたの『願い』・・・、

このワシが全て叶えようぞ‼️」


「・・・ならば。一つだけ―・・・。

私の『大切な人達』を《王様》のお力で捜して戴きとうございます・・・」

「・・・フム。」

 一瞬の間を置いて、

「それは何とも容易いが――・・・。

では、ワシの『願い』も聞き入れて貰うが、良いか?」


 ――・・・その為に、

 この己れの《容姿》があるのだと悟らずには要られないのは、

 先程から自分に向けられている王の眼差しが・・・『好奇』の他ならなかったからだ。


「―・・・仰せのままに―・・・」


 ・・・もう拒むだけの気力さえ、

自分には残されてはいなかった――・・・。




 「ビクンッ‼️」と無意識に弾いた身体で、

〈サトル〉は《悪夢》の呪縛から逃れるように目を覚ました。


「――・・・何て《夢》・・・⁉️」

 しかし瞬時に、


『違う‼️・・・アレは『いつか』の《ボク》だ―・・・‼️』


 ―・・・物心が付いた時から〈サトル〉には断片的な『記憶の欠片』が無数にある。

 しかし、それが何を意味するモノなのか判らずに、その数だけが膨大に増えて行く『感覚』は自覚していたが、

 それらをパズルの《ピース》のように組み合わせていく『器量』までは未だ持ち合わせてはいなかった・・・。


 ・・・そんな自分の《過去》を、

こうして『鮮明』に自ら対峙したのは『現在(いま)』が初めての事だった―・・・。


『・・・ボクは・・・ボクは――・・・』



 ――・・・自分が『何の為に』生まれて来たのか―・・・。


 それを《宿命》として何度も《時代》を越えて来た事を、

 漸(ようや)くこの歳になって朧気ながらに理解出来るようにはなったが、

 その己れに課せられた《宿命》がこれ程までに重く、辛い――・・・『堕ちていく』モノだとは想像だにしなかった。


『・・・これからも・・・続いて行くの―・・・⁉️』


 それが『進行形』であると直面した途端に

全身の毛が逆立つような『恐怖』と『不安』が〈サトル〉を襲う。


『・・・怖いっ‼️』


 ――・・・初めて自分の《宿命》を呪った。


 ・・・一体、《自分》にはこの先どんな『運命』が待ち受けていると言うのか・・・。


『助けてっ‼️・・・亮っ‼️』


 声にならない〈サトル〉の叫びは悲痛な『嗚咽』となり・・・朝が来るまで続いていた――・・・。






「・・・今日、お前は船に乗るナ」


 〈サトル〉の様子がおかしいと最初に気付いたのは〈亮〉だった。

「どうして⁉️・・・ボクなら平気だよ⁉️💦」

 そう必死で取り繕ったが、

この《父》には通用するハズも無い。


「・・・仕事の邪魔だ」

「・・・‼️」


 一言で『正論』を言われてしまうと何も言えなかった。

 《スタッフ》の一員として認めて貰えてから船を『見送る』なんて初めての事だ。


『―・・・亮を怒らせた・・・』


 ・・・仕事は『遊び』じゃ無い。


 いち《スタッフ》として、自己管理も出来ない人間と仕事するような〈亮〉では無いし

 そんな生半可な考え方では命だって落とし兼ねない『危険』が伴う仕事だと、

 《子供》であっても理解していたハズだったからこそ、

 〈サトル〉は自己嫌悪に陥っていた・・・。






「・・・もう少し《言葉》を選べなかったのか?・・・あれじゃあサトルが可哀想だ💧」


 他の《スタッフ》もいる前で、

あえて《日本語》を使わずに《息子》であっても容赦の無い『ストイックさ』をわざとに

『アピール』した〈亮〉を、

 〈ケリー〉は露骨に批判的な不満を洩らすも、〈亮〉は表情も変えずに答えた。

「お前は甘いナ。今日のアレ(サトル)じゃあ事故に成り兼ねん。

・・・オレは、そこまで気を回してやれないからナ・・・」


「――・・・そんなに『大事』?」


 〈ケリー〉はそれを『仕事』とも『息子』とも言わずに訊ねたが、

「・・・オレにはアレ(サトル)しか『無い』からナ―・・・」

 と、ストレートな言葉を返され思わず唇を噛んだ――・・・。




 ―・・・今回の《仕事》は、

《南欧》地方の観光資料用の公的なモノで、

特定の《ターゲット》を追わず・・・地味に(笑)『ポイント』を探しては撮影して行く、長期に渡るモノだった。

 そんな〈亮〉達の『常宿』は《ログホテル》と呼ばれる、

 スウィートタイプの《ログハウス》が敷地内に点在する洒落た造りの《ホテル》で、

 〈亮〉は一人で。後の《スタッフ》は『二人一組』で5つの《部屋》を借り切り、

 〈サトル〉は〈ケリー〉と『相部屋』になっていた。


「・・・タダイマァ~🎵サ・ト・ル❤️」


 灯りの付いた自分の《ログハウス》のドアを開けるなり、

 わざと陽気に《日本語》で声を掛けた〈ケリー〉だったが、

 〈サトル〉の姿は何処にも無かった。


「・・・サトル・・・?」


 ・・・今日の一件もある。

 不安になった〈ケリー〉は部屋中を探すと

二階バルコニーの《テラス》で『うたた寝』をしている〈サトル〉を見付け、安堵した。


「―・・・サトル、起きて。このままじゃあ《風邪》を引いちまうゾ・・・?」


 耳許の甘い囁きで目を覚ました〈サトル〉は、いつの間にか眠り込んでしまったらしく慌てて起きた。

「おかえり、ケリー💦

・・・ゴメンなさい・・・ボク―・・・💧」

「・・・いいんだ。・・・昨日、寝てなかったんだろう?ドコか具合でも悪いのか?」


 〈ケリー〉の優しい問い掛けにも、ただ無言で首を振る。

 その様子に、それ以上の『詮索』はせずに

「・・・そうか。

じゃあ『食欲』はあるんだよナ?

今晩は、このケリー《シェフ(笑)》が特別に腕を奮って『最高のディナー』をご馳走するから、楽しみにしてろヨ?❤️」

 〈ケリー〉のいつもの調子に〈サトル〉も思わず笑みが溢れる。

 その愛らしさに〈ケリー〉も目を細めて微笑むと、

 〈サトル〉の頭を軽く撫でて言った。


「・・・キミは微笑(わら)っていた方が似合ってるヨ。・・・俺で良ければ、何時でも相談に乗るからサ🎵」


『―・・・ケリーは優しい・・・』


 〈サトル〉は特に今日の自分を気遣ってくれている〈ケリー〉の気持ちが素直に嬉しかった。


「・・・ありがとう・・・」

「じゃあ早速、《晩餐》の準備に取り掛かろう‼️」

 そう言うと〈ケリー〉は〈サトル〉を催促するように、

階下の《キッチン》へと連れ出す。


「・・・ボクも何かお手伝いしていい?」

 〈サトル〉の言葉に〈ケリー〉はウインクして答えた。


「モチロン‼️・・・大歓迎サ❤️」




 ―・・・こんなに楽しい気分で食事をしたのはどのくらい振りだろうか・・・と思う程、

 『支度』から『片付け』までがあっという間に過ぎてしまった。

 普段の〈亮〉との《食事》が決してつまらない訳では無いが、

 口数の少ない〈亮〉は専ら『聞き役』で、

話をするのはいつも〈サトル〉ばかりだった。


 ―・・・だが〈ケリー〉は違う。


 とにかく話が上手い上に、

ただ一方的に喋るのでは無く、巧いタイミングで話題を振って来る。

 大いに盛り上がって二人で笑い転げる様を〈亮〉が見れば、

 きっと「食事中にはしたない💢」と目を三角にして怒るだろう。

 だけど〈ケリー〉はお構ナシで〈サトル〉をトコトン笑わせた―・・・。


 相手が《子供》だと判っていても、

その『存在感』は不思議とそれを感じさせない『魅力』がある。

 ―・・・何より。

微笑(わら)った顔は元より、その仕草一つ一つの『愛らしさ』が堪らない。


『・・・成る程ねぇ~・・・』


 〈ケリー〉は〈亮〉の気持ちも判る気がしたが――・・・。


『・・・俺じゃあ、そんなに『役不足』だったのかい・・・?』


 ――・・・『遥か昔』として自身で片付けていた《感情》が、実は未だに『癒えない』で燻るこの自分の気持ちを、

 もう隠し切れない―・・・と、ココで改めて悟る羽目になってしまったのである。




 《シャワー》を済まし、一息吐こうと《リビング》へ行った〈ケリー〉は、

 もうとっくに床に就いたと思っていた〈サトル〉が居た事に驚いた。


「・・・どうしたんだい⁉️・・・眠れないのか?」


 そう言って〈サトル〉の顔を覗き込んだが思った以上に深刻なその表情を見て言葉を失くす。

「・・・亮と何かあったのか・・・?」

 その問いには大きく首を振ったが、

「―・・・悩み事・・・?」

 それには反応せず、ただ口を真一文字にしたままだった。


「・・・それが『原因』かぁ・・・💧」


 〈ケリー〉は〈サトル〉の横に腰掛けるとジッとその顔を見つめて何かしらの『言葉』を待ったが・・・

 それを拒むようにスッと目線を外され、目を丸くした。

「・・・亮にも、俺にも・・・言えないようなコト・・・?」


 ・・・言いたくても、

どうそれを『表現』していいのか判らない。

 ――・・・ただ一言。

「・・・怖いんだ・・・」

 そう言ったきり〈サトル〉は黙ってしまった。


『・・・一体、何をそんなに思い詰めてるんだ⁉️』


 とても子供の悩み事とは思えない、

その憂いた《表情(かお)》に見ているこっちの胸が痛くなって来る。

 〈ケリー〉は居た堪れずに〈サトル〉を優しく抱き締めた。


「・・・何も怖がる必要はナイ。皆が《キミ》を護ってくれる」


 〈ケリー〉の胸にしがみついた〈サトル〉は、声を必死に押し殺し泣いている。

「キミは『独りぼっち』じゃナイんだから――・・・」

 そのあまりの『愛しさ』に、

〈ケリー〉は無意識に〈サトル〉の髪に顔を埋め・・・そっと撫でながら抱擁していた。


『独りぼっちじゃない』


 今の自分の欲しかった《言葉》だったのか

甘い囁きのように・・・何度も繰り返し〈サトル〉の心に響いている。

 それに優しい抱擁の『心地よさ』と〈ケリー〉の静かな心臓の音が、

 何だか『懐かしさ』をも感じさせ・・・みるみる不安も宥めていった――・・・。


「――・・・サトル・・・?」


 気が付くと、自分の胸の中で〈サトル〉が静かな寝息を立てていた。


『・・・こうして見れば、未だ《子供》なのに――・・・』


 〈ケリー〉は〈サトル〉 の閉じた瞼に溜まった涙をそっと拭うと、

 愛しげにその唇にキスをして微笑む。


『・・・亮・・・。お前は、この子の『何を』欲しがってるんだい・・・?』


 〈サトル〉を起こさないように静かに抱き上げながら徐々に不埒な感情が沸き上がる。

『俺なら、この子の『全て』を自分のモノにして一生・・・手放したりはしないケド―・・・』


 いつしか〈ケリー〉は、

〈亮〉から・・・この愛しの《息子》を奪い盗り自分の『手中』に修めたいという強い『欲望』に駆られ始めた。

 それは自分の過去に受けた傷を癒す『最善策』であり、

 その『原因』である〈亮〉に対する『復讐』にもなると考えつつ・・・。


 何より。

未だに『諦め切れずにいた』〈亮(かれ)〉への『想い』を――・・・

 今、我が腕の中で静かに眠る〈サトル〉に重ねて『昇華』させたい一心だったのかも知れなかった――・・・。

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