第4話◆暗雲

 〈サトル〉の通う《学校》では近頃『フリーハグ』という行為が流行っていた。


 何てコトない『スキンシップ』のようなモノで、男女を問わず抱き締め合うのだ。

 子供間の『じゃれごと』と《学校関係者》を始め大人達は微笑ましく思っていたのだが――・・・。

 ココに一人、困惑する子供もいる事を知らなかった・・・。




「サトル‼️・・・ハイ『ハグ』して❤️」


 朝、《教室》に入るなり大きく両手を広げた〈ルイス〉に歩み寄られ・・・、

〈サトル〉は思わず後退った。


「・・・おはよう、ルイス💧

・・・でも、それはボクが嫌だって―・・・💧」

「ええ❤️・・・もう何十回と聞いてきたわ‼️💢でも、またアナタ明日から《学校》休むんでしょ⁉️💢

・・・淋しがる私の気持ちに、少しは応えようとは思わないの⁉️💢」


「・・・はぁ――・・・💧」


 〈ルイス〉は《クラス》の女子の中でも 

一番積極的にアピールをしてくる。

 今の自分の《生活圏》が『男ばかり』というのもあるが、

 そもそも《女性》に対してどう接していいモノなのかが〈サトル〉には全く見当も付かなかった。


 渋々(笑)、

〈サトル〉は〈ルイス〉に近付くと両手をぎこちなく後ろに回し、

 彼女の背中をチョンチョンと突く。


「・・・‼️💕‼️」


 その瞬間、

感激した〈ルイス〉は渾身の力で〈サトル〉を抱き締め、言葉にならない歓喜の声を上げた。

 それにビックリした〈サトル〉は耳まで真っ赤にして慌てて彼女を突き放すも、

当の〈ルイス〉はそんな事はお構い無しで、

 その『悦び』を一大スクープのように他の女子達に自慢して回っていた――・・・。


 その姿に唖然としていたが、

 ふと我に返った〈サトル〉は憮然とした態度で自分の席に着く。

 ・・・幼い頃は《両親》は勿論、〈亮〉も良く抱き締めてくれていた事を思い出し―・・・


『・・・この年齢(とし)になっても『抱き締めて欲しい』・・・なんて、思っちゃいけないのかなぁ―・・・』


 ・・・いつの頃からか、

〈亮〉が自分を抱き締める事はおろか〈サトル〉の身体に触れる事さえ、避けるようになっているのを憂いた。

 勿論、それは自らを《マイノリティ》だと公言している〈亮〉の、

 自分に対する『気遣い』だと判っている。

 ・・・事実、巷では『あらぬ噂』があるのも――・・・。


 しかし。

 そういった事も含めて、何もかもをいつも〈亮〉一人だけが矢面に立っている―・・・

 自分が《子供》だから『護られている』立場でしか無い状況が、

 〈サトル〉には悲しい程遣りきれない気持ちになっていた。


『・・・亮は・・・ボクを『養子』にしたばっかりに、いつも辛い思いをして―・・・きっと色んなコトを我慢してるんだろうな―・・・』

 と、思い・・・この先に続く、


『後悔をしているんじゃないのか・・・?』


 ――・・・という『核心』は、

〈サトル〉にとってあまりにも恐ろしく・・・口にするだけではなく、

 そう考える事さえしたくは無かった。






 《学校》から帰ると、

家の庭先で明日から出発する仕事の準備をしている〈ケリー〉がいた。


「・・・⁉️」


 不意に後ろから抱き着かれ〈ケリー〉は驚くが―・・・腰に回された、

 その小さい手を見て直ぐ《犯人》が判る。

「・・・お帰りサトル🎵

それ今、《学校》で流行ってるんだろ?

ウチの子供(ガキ)達も、ところ構わずやってるヨ(笑)」


「・・・ケリーの背中は《煙草》の匂いがするんだね―・・・。《父さん》と同じだ・・・」


 〈サトル〉の言う《父親》が〈亮〉ではない事に気付く。


「アイツは《嫌煙家》だからナ💧・・・あぁ、亮なら今日は『打ち合わせ』で夜遅くまで帰って来ないらしいケド・・・どうする?

ウチに《晩ごはん》食べに来るか?」

 〈ケリー〉は《スタッフ》唯一の『既婚者』で、男の子と女の子の2人の子を持つマイホームパパだ。


「・・・いいよ。亮が帰って来るの、待ってる」


「そうか―・・・。じゃあ、コレを手伝ってくれたら《アイス》ご馳走するケド?」

 『二児の父』は《子供》の表情を読み取るのが上手い。

 どこか元気の無い様子を察して戯(おど)けて見せると、

 それに気付いた〈サトル〉も素直に〈ケリー〉に笑顔を向けた。

「OK🎵 」




 庭に一本だけある大きな木の根っこの《又》に、ちょうど《大人》と《子供》がスッポリ入る『スペース』があると、

 何故かこの家の主でも無い〈ケリー〉が自慢気に教えてくれた。


「・・・本当だ・・・‼️」


 純粋に喜び、嬉しくてつい、

「何か、この木に『ハグ』されてるみたいだね‼️」

 と、言って随分と『幼稚』な発言をしてしまったと、

〈サトル〉は見る見る間に顔を真っ赤にしてしまう。


 ―・・・が。


「――・・・だろ~ぉ?」


 そんな〈サトル〉を笑うどころか同じように喜んで見せる〈ケリー〉に、

〈亮〉には無い『何か』を感じていた・・・。




「・・・周りが《大人》しか居ないから仕方がナイのかも知れないが―・・・

そんなに気を遣おうとしなくてもイイのになぁ~・・・と、俺は思うケドね?」

 木陰で二人、

《アイス》を頬張りながら〈ケリー〉はさりげなく〈サトル〉に言う。

「亮があんなだから(笑)、厳しいんだろうケドさ。・・・キミは未だ《子供》なんだから。

その内イヤでも《大人》になるんだ。もっと―・・・今の間に《子供》を楽しまないと、

後で損した気分になるゾ?(笑)」


 さりげなく言った次は、戯けて諭す。


 〈亮〉には無い『何か』が、

『父の面影』だと気付いた〈サトル〉は自然と〈ケリー〉の肩に軽く頭を預けて呟いた。


「・・・そんなに―・・・ボクって、気を遣ってるように見える?💧」

「あぁ。正直、見ていて痛々しいと思う事があるヨ💧」

「・・・だけど亮は、ボクよりもっと《息子(ボク)》に気を遣ってるじゃないか・・・」

「―・・・それだけ、サトル。

キミが『大切』だからだヨ・・・」


「・・・本当に・・・?」


 〈サトル〉の声が泣いていた。


「ボクは・・・それに甘えていてもいいのかな」

「モチロン。アイツもそれを望んでいるハズだよ?」

 ・・・《父子》でありながら、

お互いを思い遣り過ぎて傷付いているその様は、まるで《恋人》同士の『感情』と大差がない――・・・と、

 思わずにはいられない。


 この二人の《関係性》が〈ケリー〉にとっては『衝撃』以外の何物でも無かった・・・。


『・・・何てコトだ―・・・』


 いつの間にか、隣で静かに寝息を立てる〈サトル〉に〈ケリー〉は複雑な『思い』を抱いてしまう。


『・・・亮――・・・キミは本当に、

サトルに《息子》として以外の『感情』はナイんだよね・・・?』


 遥か遥か、遠い《昔話》だと・・・

自分の『感情』は、とうに深い心の奥へと葬り去ったつもりでいたが――・・・。

 今はまた、それとは違う・・・その『当時』とは《カタチ》を変えた『感情』が重い首を擡(もた)げるように、

 〈ケリー〉の中に姿を現そうとしていた―

・・・。

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