第3話◆躍進
雲一つ無い快晴の空と、
果てしなく拡がりを見せて白波を立てるその澄んだ《大海原》の中を、
白い船は爽快に突き進んでいた。
「亮っ‼️あそこだっ‼️」
真っ黒に日焼けして白い歯を見せた《少年》は、前方左先に《海鳥》の群れを指差し叫んだ。
「お前の『勘』に感謝する、サトル‼️
・・・よし‼️さっさと準備しろっ‼️」
〈亮〉はそう言うと、
船の進路をクルーに指示しながら素早く他のスタッフには《英語》と《イタリア語》で『打ち合わせ』を始める。
《海鳥》は餌の群れを追って、
その魚たちの姿でキラキラ耀く海面の上を舞うように飛んでいるが、
〈亮〉達の狙いは――・・・。
キラキラの海面が揺ったりと大きく膨らみ波を打ち始めると、
「ブシューッ‼️」
その間から勢い良く潮を噴き上げ、海面が一段と黒く輝き出した。
「来たっ‼️」
「今だ‼️行くゾっ‼️サトル‼️」
二人は阿吽の呼吸で海に入ると、
後に続くスタッフと身振り手振りで『合図』をしつつ・・・
『貫禄』を魅せながら悠々と游ぐ《ターゲット》に近付き、
その姿を次々とカメラで捉えていった・・・。
《水中カメラマン〈木崎亮〉》の凄さは、タイミングやアングルに加え『スピード感』がある点だ。
そう自由の利かない《海(みず)》の中で、
驚く程『素早く』しかも数台の《カメラ》を取り替え駆使し、
捉えた《ターゲット》の『魅力』を最大に活かし収める『才能』があった。
勿論、それは〈亮〉一人の力で成し得るものでは無く、
優秀な《スタッフ》があってこそのハナシであり。
その《スタッフ》の一員として、
今や〈サトル〉は必要不可欠な『存在』として成長していた――・・・。
「今日の《ターゲット》には感動したよ‼️」
今回、《現地ガイド》として参加していた《イタリア人》の〈ショーン〉は興奮今も覚めやらぬ状態で、
そう何度も口にして大層『上機嫌』だった。
・・・そして、
そんな大人達の輪には決して入らず―・・・。
静かにその《打ち上げ》の雰囲気を楽しんでいた〈サトル〉に視線を向け、
「・・・彼は海の《女神(デルマーレ)》に『祝福』されている‼️―・・・あの幼くして華麗な『美貌』に、
きっと《女神(デルマーレ)》も『釘付け』に違いないっ‼️」
と、些(いささ)か露骨に『称賛』し〈サトル〉を赤面させた。
その姿は同性の男性から見ても愛らしい。
「・・・今日は疲れただろう。お前はもう部屋に戻れ」
「――・・・」
〈亮〉にそう促されると、
〈サトル〉も素直にそれに従い『打ち上げ』で盛り上がる《スタッフ》関係者に挨拶をして、部屋へと帰る。
「―・・・で?
あの『噂』は本当なのか?」
まるでタイミングを見計らったように、
〈ショーン〉は〈亮〉に近付くと下卑た笑みを浮かべた。
「・・・何のハナシだ?」
〈亮〉は彼の相手をする風でも無く、
酒を呷(あお)る。
その様子に一層厭らしい笑いを含むよう小声で囁く。
「・・・アンタが《ゲイ》だってコトは、この業界じゃあ『有名』だろう⁉️(笑)
―・・・あの《美少年(むすこ)》を『囲ってる』ってのも――・・・」
その言葉を最後まで聞かず、
〈亮〉は〈ショーン〉を容赦無く殴り付けた瞬間に、すかさず周りの《スタッフ》が止めに入った。
「・・・いい《スタッフ》に巡り会えたと思ったんだがナ。『残念』だヨ・・・」
自分を止める両脇の《スタッフ》に無言の合図をすると、
そのまま打ち上げ会場を去ってしまう。
「―・・・チクショー‼️💢
・・・何も急に殴らなくても・・・‼️」
殴られた拍子に口の中が切れたのか、
〈ショーン〉は赤い唾を吐き捨てた。
「・・・バカだなぁ、お前。
あの『噂』よりもっと有名な『ハナシ』を知らなかったのかい?」
一番古参の《スタッフ》である《アメリカ人》の〈ケリー〉が呆れながら同情して声を掛ける。
「―・・・『その噂』をヤツに話すと、
『この業界で仕事が失くなる』って・・・」
「―・・・⁉️」
「残念だったナ」
両手で『お手上げ』のオーバーリアクションをしてみせながら、
最後には〈ショーン〉を睨み付けるように続けた。
「・・・それに言っておくが、
ヤツは《息子》に対しては限りなく『ピュア』なんだ。
・・・『噂』はただの『デマ』に過ぎん。
覚えておいた方が自身の身の為だゼ―・・・?」
〈亮〉が、今夜みたいな公の場で「部屋に戻れ」と言う時は―・・・。
決まって自分が『好奇の目』で視られているのを事前に察して、護ってくれているのだと〈サトル〉は知っている。
自分のこの《容姿(ルックス)》も『今のサトル』には『必要では無いモノ』だと教えてくれたのも〈亮〉だ。
『昔から』周囲にチヤホヤされる事に慣れてはいるが――・・・決して『イイ気分』だとは思った事は一度も無い。
・・・かといって、
自分自身でどうにか出来るものでは無い事も〈サトル〉には・・・もう充分過ぎる程承知していた―・・・。
それが己れ自身の『生きる術』として、『必要不可欠なモノ』だという《知識》が
自分の中に既に『刷り込まれて』いた事も。
―・・・自身の成長と共に年齢を追うにつれ
まるで《パズル》のように数々の『記憶』が《ピース》として存在しているのに気付き、組み合わせて行けるようになると、
己れに課せられた『宿命』とも言うべきモノがある事を『自覚』し始めていた。
そして――・・・。
それは、いつまでもこのままではいられない・・・いつかは《父》である〈亮〉にも、
その全てを打ち明けなければならない―・・・と、いう事にも気付く。
しかし、それをどう《言葉》にして伝えればいいのか・・・までは、
齢(よわい)10歳を過ぎたばかりの〈サトル〉には―・・・未だ難しいのが『現実』だった。
『・・・亮は、何て言うんだろう・・・』
6歳で《息子》として迎え入れてくれた。
共に《世界》を旅し《相棒(バディ)》として――・・・、
海との出逢いからその素晴らしさまでを、
今日に至る迄の『総て』も教えてくれた。
そしてその中で・・・
この《海》が自分と全くの無関係では無いという事にも覚醒するように『自覚』出来たのも――・・・、
〈亮〉との出逢いがあってこそだ。
「・・・ボクが・・・『今のサトル』のままだったなら、このままずっと―・・・一緒にいられたのかなぁ・・・」
・・・近い将来。
必ずやって来るその『別れ』を考えるだけで〈サトル〉の瞳からは大粒の涙が零れ落ちて行く。
最近、このパターンを繰り返している事を〈亮〉だけには悟られまいと、
ひたすら声を殺して泣いていたのである――・・・。
そして同じく。
〈亮〉もまた、これから先を案じ〈サトル〉を手離さなければならないであろう『現実』に悩み苦しんでいた。
初めて出逢った時から『魅入られた』、
〈サトル〉のあの《容姿》は目を見張るモノがあったが、
年齢を重ねるにつれ『人を惹き付ける』不思議な《魅力》が現れ出した。
《女性》であれば、この上無い『幸せ』な事だろう。
しかし、《男性》でそれはある意味『不幸』になる。
何故なら――・・・その《父》は《ゲイ》だからだ。
勿論、《息子》に『欲情』する事は有り得はしなかったが、
常に自分の周囲には《仲間》が集まる。
それが―・・・とてつもなく怖かった。
己れが『原因』で本来なら味わう事の無い『苦しみ』や『傷』を負わせてしまうのでは無いかと・・・、
そう考えるだけで人の集まる公の場では気が気でなく《我が子》に全神経を注いでしまう《父(自分)》がいた。
ところが逆に『溺愛』が過ぎたせいで、
真しやかにあんな『噂』が公然と流布されてしまったのである。
『だったら潔く、手離してしまえばいいじゃないか――・・・』
何度もそう思いながらも出来ずにいるのは
『愛しい』と思う以上に、
あの『感性』を失いたく無いと強く願う《ダイバー》としての『エゴ』があった・・・。
全くの『未経験』の〈サトル〉を、
幼い頃から徹底的な『英才教育』として強(しご)いて来たが、
驚く程に《才能》を開花させて行くその様は、時に『嫉妬』に近い感情さえ抱いた。
・・・確かに〈サトル〉の《実父》である〈真輝〉もセンスはあったが《息子》のそれには及ばない。
《相棒(バディ)》として――・・・側に置きたいという己れの欲が、
《父親》の心情を上回っている事に自ら『父親失格』だと、
日々成長を見て取れる〈サトル〉を思えば思う程に苛まれ―・・・悩み続けていたのである。
『・・・サトルは、どう考え―・・・オレに何を感じてるんだろうナ・・・』
《息子》の自分に向けられた眼差しは、
あの出逢いから何ら変わってはいないだけに、こんな風に苦悩する《父》を『軽蔑』するのでは?・・・という不安も拭えなかった。
この総ての『感情』が、
ただ純粋な『子供への愛情』であると誰しもが思わないのが《世の常》なのか――・・・。
それが悲しい『結末』になるとはこの時の〈亮〉は気付きもしなかった―・・・。
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