第2話◆永久(とこしえ)
出掛ける時は必ず親子三人一緒だった。
ただ、あの日を除いては――・・・。
「・・・ボクは『おでかけ』しちゃいけないの・・・?」
真夜中に慌ただしく支度をする両親の物音に目を覚ました〈サトル〉は、不安げに訊ねた。
「・・・サトルちゃん、ゴメンね💦起きちゃったね💧
・・・実は私達の《恩師》・・・大切な人が事故に遭われてね。これから直ぐに《病院》へ行かなくてはならなくなったの・・・」
「・・・じゃあ、ボクも『ようい』するっ❗️ 」
母の言葉に〈サトル〉もパジャマを脱ごうとするが、
後ろから父に抱き抱えられ身動きが取れなくなった。
「遊びに行くんじゃないんだ‼️💢
《いい子》にして寝てなさい‼️」
「イヤだっ‼️ボクもいくの‼️」
本気で暴れる息子に父は呆れるも、
〈サトル〉を自分の方に向かせ改めて強く抱き締め諭すように言う。
「・・・もう、こんな遅い時間だし、
外は雨が降ってて風邪を引くかも知れないから、今日は大人しく『お留守番』をしてなさい」
父の口調は穏やかだが、
有無を言わせない『威厳』がある。
いつもなら、そこで素直に従う〈サトル〉が珍しく駄々をこね、
仕舞いには大声で泣き出し両親を困らせた。
「・・・どうしちゃったの⁉️珍しい・・・💧」
流石の母も困惑する。
「今まで、こんな遅い時間に一人で置いて行かれた事が無かったから、
怖くて仕方が無いんだろう?」
「・・・違うの。
この子、私達と離れるのを極端に嫌がるのよ・・・💧」
父は泣いて泣いて泣きじゃくる我が子を抱いて、頭を撫でてやるも一向に収まりそうも無い。
遂に降参しかけ、
「・・・参ったな💧どうする?連れて行くか?」
そう言ってふと、〈サトル〉を見て顔が綻んだ。
「・・・大丈夫よ、アナタ(笑)。
泣き疲れて眠っちゃったみたい―・・・」
妻が小声で、そっと泣き暴れて汗ばんだ我が子のおでこに纏(まと)わり着いた髪をかき上げながら微笑む。
二人して愛しい〈サトル〉の寝顔を見届け夫婦は目配せをして家を出た。
「・・・じゃあ、行こうか」
「えぇ」
――・・・これが最期の『別れ』となった。
亡くなった《両親》の《通夜》の最中に、
幼い嫡男である〈サトル〉が涙も見せずに
「・・・ボクもつれていってくれてたら、
『いっしょに』かえってこれたのに―・・・」
と、呟いた言葉を聞いた《親戚》の一人から話は静かに広がり、
《葬儀》の頃には・・・大の大人達が挙(こぞ)って、
小さな〈サトル〉を避けるような異様な雰囲気が出来上がってしまっていた。
―・・・そんな中、
〈亮〉が突然現れた事で《親戚一同》ザワザワと場も辨(わきま)えずに騒ぎ出す。
「一体、どの面提げて此処へ来たんだ‼️
汚らわしいわ‼️・・・とっとと帰れっ‼️💢」
騒ぐ《親戚》の一人が食って掛かりそうな勢いで〈亮〉を詰るも、
本人は動じる事もなく記帳を済ませ、
「・・・心配しなくても、アンタの《葬式》にゃ出やしないから安心しろ」
・・・そう一言言い放ち、
《焼香場》へと向かった。
《祭壇》に飾られた〈サトル〉の両親・・・
〈真輝(まき)〉と〈奈未(なみ)〉の《遺影》は幸せ一杯の笑顔のモノで、
故に涙を誘わずには要られない。
『・・・奈未さん―・・・、本当に亡くなったんだナ・・・』
―・・・歳が近いのと当時、家が近所だったコトもあり、
〈奈未〉とは《親戚》でも『幼なじみ』の関係だった。
それ以上に『特別な思い』があるのは、
〈亮〉自身が・・・誰にも打ち明けられずに苦悶していた、
秘めたる『心の内』を晒した最初の女性(ひと)だからだ―・・・。
「・・・へぇ・・・そうなんだ―・・・」
〈奈未〉はそう言ったきりマジマジと〈亮〉を見つめ、
「・・・私に《恋》が出来ないなんて、
亮は『不幸』よねぇ~」
と、サラっと言ってのけ(笑)〈亮〉を唖然とさせた。
・・・しかし。
「見たコトも無い『思い詰めた』顔してるから・・・どんな話をされるのかドキドキしたわ(笑)。―・・・バカね。
そんなの何一つ『負い目』に感じる必要ナイじゃない」
―・・・自分が《同性愛者(ゲイ)》だと打ち明けて尚、
何ら変わらず接して言った〈奈未〉の言葉に、不覚にも涙した――・・・
《あの時》を〈亮〉は宝物のように今日まで『大切』にし続けていた。
やがて《水中カメラマン》として《日本》より《海外》での活躍の場が拡がり、
〈奈未〉とは疎遠になりがちだったが・・・
今回この『訃報』を訊き、
抱えていた仕事を投げ出してまでも。
二度と踏み入れるつもりの無かった《故郷》に戻って来たのだ。
・・・『焼香』を済ませ、
〈亮〉は祭壇の脇にポツンと一人腰掛ける〈サトル〉に気付く。
『・・・アレが一人息子の―・・・』
《両親》のどちらに似たとは言わず、
幼いながらに整った顔立ちに一瞬魅入ってしまいそうになる。
――・・・が、
『どうして・・・そんなカオをしているんだ―・・・⁉️』
幼い故に《両親》の死を『理解』出来ずにいる『あどけなさ』・・・では無い、
とても《幼児》とは思えない―・・・何もかもを悟り『絶望』したような生気の無いその表情・・・。
〈亮〉はそこで初めて、
この《葬儀》の異様な雰囲気の『理由』が自分だけでは無く、
〈サトル〉にあると感付いた。
『―・・・またか・・・』
いかなる『理由』があるにせよ、
こんな年端も行かない幼い子供にまで容赦の無い―・・・
何かにつけて異端なモノは『排除』しようとする、《地元(ココ)》の人種の相変わらずの『考え方』に、
〈亮〉は嫌悪感から吐きそうな気分に襲われた。
「―・・・どうする・・・?お前が決めろ」
―・・・思えば、
6歳にも満たないかの幼児(おさなご)に何とも冷たい言葉を投げ付けてしまったと、
〈亮〉は口から吐いた後から後悔するも、
意外にも〈サトル〉はそれを受け入れた。
・・・それは『必然』だったのかも知れない。
「・・・ボクはすぐ・・・『ひとりぼっち』になるんだ―・・・」
《日本》を発つ《飛行機》の中で、
そう淋しげに呟いたのが印象的だった。
「・・・⁉️」
その時の〈亮〉は未だ、
この言葉の『意味』を理解していなかったが〈サトル〉は構わず、隣に座る新しい《父》にやや不安げな笑顔を向ける。
「・・・ボクはリョウのそばにいてもいいの?」
「・・・あぁ」
子供を相手に接する機会も無い〈亮〉は、随分とぶっきらぼうに答えてしまったが、
自分の問いに『即答』された事が嬉しかったのか、
〈サトル〉は本当に喜んで言った。
「《かみさま》が、きっとボクに『ごほうび』をくれたんだ」
「――・・・『ご褒美』⁉️💦
・・・オレが?・・・お前の・・・⁉️」
・・・子供の『世界観(笑)』に戸惑う。
しかし、続けた言葉が、
「・・・ボクね。ほんとうに、もう『ダメだ』とおもったんだ―・・・」
その口にした『心情』は明らかに、
あの時の表情(かお)だったと思い出す。
「・・・たかが6歳やそこいらで《人生》諦めるにゃあ、早過ぎだろう・・・💧」
「・・・ウン・・・。
だからリョウは『ごほうび』なんだ」
やはり子供の言う『世界観』は、なかなか理解し難い(笑)―・・・と思いつつ、
この先自分の『世界観』も・・・この《息子》に変えられて行くのかも知れないと、
そう考えるだけで―・・・不思議と〈亮〉は口許が弛んでいた。
『・・・何たって奈未さん、
アンタの《子供》だもんなぁ・・・(笑)』
「・・・サトル。もうお前はオレの《息子》であり《相棒(バディ)》なんだ、頼んだゾ」
「・・・ばでぃ?💧」
初めて聞く言葉に〈サトル〉は目を丸くする。
「オレ達の使う用語で《相棒》・・・『パートナー』って意味だヨ。
真輝(まき)―・・・お前の《お父さん》は昔、
オレと一緒に日本中の海を潜った《相棒(バディ)》だったんだゾ?」
〈亮〉の言葉に〈サトル〉は瞳をキラキラさせて訊いている。
「ボクも、もぐれる⁉️」
「潜って貰うサ(笑)。でなきゃ《相棒(バディ)》にはならない」
「じゃあ、きっとじょうずにもぐれるようにがんばるね‼️」
思った以上に話の食い付きのいい我が息子に少々驚きつつ、
その息子以上に密かに胸を躍らせている自分に気付き、
〈亮〉は思わず苦笑していた――・・・。
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