第46話 ウチが百合なんは通天閣より有名やで

 夕方のラッシュの時間帯に差し掛かる頃だった。私は、大学でできた友人と今日の講義が終わった後で駅前のカフェに行こうとしていたところだった。人混みの中、私たちは目的のカフェに向かって歩いていた。肩がぶつかりそうになりながら、誰とも目線を合わせず、そして全員が申し合わせたように速足で歩いていく。


だが、そんな状況でも見えてしまった。

普段とは違う、セットアップを着たあの人が。

この間とは違う、自然な表情でいるあの人が。

隣にいるはずのない人と、恋人繋ぎで手を繋いでいた。


 だが、それが見えたのはほんの一瞬。また人の海に私は溺れた。いや、沈んだのだ。足が止まったから。呆然とそこに立っていたから。不思議と歩いているときにはぶつからないのに、立ち止まるとあらゆる方向からぶつかられる。私はそうしてぶつかってくる人の衝撃に揺らめき、川を流れる落ち葉のように翻弄された。


「ちょっと沙夜?どないしたん?」

不意に私の体が引っ張られる。友人が私を繋ぎとめた。


「え?えぇ、ごめんなさい。ちょっと立ち眩みがしただけよ。」

「…ほんまに?まぁええわ。はよ店に入ろ。それからやわ。」

友人は不振に思いながらも、この場での追及を諦めた。早くこの場から離れることを選択したようだった。それは私にとっても良かったことなのかもしれない。


「って、ここもメッチャ混んでるやん。」

「時間帯がそういう頃だから仕方ないわ。」

私たちは、目的のカフェに到着する。中は満員御礼状態。比較的最近にオープンしたこのカフェは中にプリンを入れたハニートーストが大人気らしい。今日の講義中にその話題になり、彼女に『行ったことない?ほな、行かなアカンやろ?』と押し切られ今に至る。これは少し待たないといけない。


「せや、沙夜にコレあげるわ。辛いやろ?」

入口の待合表に名前と人数を書いて、待合席に着くといきなり白い箱を私に渡してきた。何の事か分からず、その箱を見る。そこには『頭痛・生理痛に』と書かれた見慣れたパッケージがあった。なるほど、そういう風に見えたのね。


「立ち眩みするほど酷い時って、ありえへんほど痛いやん。」

確定ね。まぁ、そういった日も当然あるのだけれど。彼女なりに心配してのことだし、仕方のないことだわ。


「ユキ、ごめんなさい。残念だけど、私は先週もう終わったわ。」

「え!ほんまに?うわぁメッチャ恥ずいやん!仲間出来たと思ったのに~。」

私が勘違いを正すと同時に薬を返すと、ユキは頭を抱えて悶絶していた。


紹介が遅くなったわね。

彼女は笹森ささもり 美雪みゆき。本人の希望で、呼び方はユキ。関西圏からの進学で現在一人暮らし。言葉だけ見ているとそう見えないが、かなり整った人。まるで猫のように引き締まった体つきで、短めでパーマをかけて茶色く染めた髪型は、活発な彼女のイメージにぴったり。と思えば肩口が大きく開いた服で妙に色気があったりする。


「悪かったわ。騙すつもりはなかったのよ。」

「うわ、悪意あったんや!引くわ~。」

こんな性格だ。誰にも垣根を作らないユキはあっという間にあらゆる人と仲良くなってしまう。私もユキに侵攻された一人だ。当時は驚いたが、今では日常になっているから不思議なもの。


「お待たせしました。2名様、ご案内いたします。」

思っていたよりも早く、私たちのところに店員の女の子がやってくる。


「お、ありがと!自分、メッチャ可愛いんな。ちょっと後で一緒に写真撮らん?」

案内をする女の子にユキはさり気なく手を腰に回しながら歩いていく。もう、店員さん困っているじゃない。と、これがユキの生態。何をするのもゼロ距離にいきなり飛び込むから困ったもの。さて、店員さんを助けよう。


「いつも言っているけれど、貴女が男ならセクハラで捕まっているわよ。」

通された席に私たちは着いて、ユキを諫めていた。


「ん?そんなん当たり前やん。せやから女子大にしたんやし。」

「よくもまぁ、毎回正直に言えるわね…。」

「ウチが百合なんは地元じゃ通天閣と同じ、いやウチが勝つ位有名やで。」

「残念だけど、私は普通なのだけれど。」

「知っとるわ~。別にええねん。ま、もう一度その立派なのをこう、な。」

そう言うと、ユキは両手で空気を鷲掴みにしていた。そう、この子は女の子が大好きなのだ。それでいて欲望にも正直で、すべてオープン。


「で?もう揉ましたん?例の彼に。」

「ちょっと!人前で何を言っているの!」

浩介の事は、ユキと出会った初日。入学オリエンテーションの時に私がユキの魔の手に堕ち、ずっと胸を揉まれたのを止める条件に話したことで知られた。ただ、その後で、『彼氏持ちがそんなメイクじゃ彼氏がかわいそう』とメイクを教えてくれたり、先日もバックを買いに行くときにアドバイスをくれたりした。


「信じられへん。彼はド紳士なんか、もしくは私と同族なんやろか…。」

「ねぇ、ユキ?これで一度貴女の頭の中、開けて見てもいいかしら?」

私は冷たい笑顔を顔に貼り付けて、ハニトー用のナイフをユキの額に向けた。


「アカン!ウチの煩悩が全部バレてまうやん!」

「もう十分すぎるほどバレてるわよ!」

肩で息をしながら私は椅子の背に体を預ける。ユキと話すと体力の消耗が伴うのが不思議で仕方がない。会話ってスポーツなのね。


「あー、沙夜?」

今までの空気と違い、言いにくそうな様子でユキが私の様子を伺う。


「何かしら?」

真面目な話かもしれないから、私は座りなおした。


「あのな、気に障ったら悪いんやけどな…。」

ユキがそんなことを前置きするなんて珍しい。余程のことなのだと私は身構えた。そして、ユキの口が動いた。


「沙夜って生理痛酷い方なん?ウチ、あのトゲトゲの鉄球が暴れ回るようなんホンマに無理なんよ。動けへんくよーなるし。」

「それはその時にもよるかしら。辛いわよ、当然。」

きっと、この話は前フリで、本題は別にあるはず。私はそう信じて真面目に答えた。もし、これが本題だったら、やっぱり頭を一度開けてみようと思う。


「これが、言いたかったことなのかしら?」

「ちゃうよ。他にある。」

「貴女らしくないわね。いつものように言えばいいじゃない。」

「ほんなら言うで。」


『さっき、例の彼がおったんやろ。都合の悪い状態で。』


ユキの口から出た事。それは必死に勘違いと思うとしていた事。でも、ユキは浩介の姿はわからないはず。だから、見たわけではないと思う。


「さ、どうかしら?」

「沙夜は嘘が下手や。ホンマの事言い。ウチは味方やで。」


ユキの踏み込みに私は―。

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Still in love ~まだ別れたなんて言ってない~ 近藤ヒロ @koudouhiro

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