終章 十二月 その29

翌日、関東中部エリアトライアル、ミックスダブルスの大会が始まる。

「それじゃあ、わへい後で、ね。…勝ちなさい。私達と戦いたければ」

「もちろん」

僕は短く答えてリューリと拳を合わせる。

受付では野山先輩と黒崎のペアや部長と旭先輩のペアもいた。

「わわわ、わへいさん。緊張しますねぇ~」

秋さんがかちこちになりながら、僕の腕を引っ張る。

…会場の雰囲気に飲まれているようだ。

秋さんは本格的な大会に出るのが初めてらしい。

僕は町内の大会にも出ているから、少しは場馴れしている。

僕には、秋さんに対して自分の都合に付き合わせてしまったという、負い目を感じている。

だから僕の都合ではない“何か”を秋さんには、自分で掴んで欲しいと願っている。

「秋さん、リラックスリラックス」

「そんな事言われても~うぅ~緊張するぅ~」

「秋さん、落ち着いて。息を吸って~」

「すぅ~」

「吐いて~」

「はぁ~」

「はい、吐いて~」

「はぁ~」

「吐いて~」

「はぁ~くぅぅ。苦しい」

「秋さん、律儀すぎ」

「もう…吸っていい?」

「いや、もう少し頑張ろう?」

「はぁ~まだ、で、す、か?」

「ごめん!もう吸って!」

「くはぁ~」

「ははは、本当に律儀だね」

「わへい、さんッッッ、酷い、ですよぅ」

肩とやたらと目立つ胸を上下させて秋さんが抗議する。

「秋さん、まずは楽しもう。いつも通り無理せず行こう。僕は君とこの大会に出られただけで満足だよ」

「わへいさん…。そんな優しい事言って。リューリ先輩に聞かれた怒られますよぅ?…主に私が」

「いや、僕が酷い目に遭うな」

お互いにクスクスと笑い合う。

「それじゃ行こう。まずは初戦。アイスの状態を確認するくらいの感覚で」

「OKですぅ」

僕はリューリがプレゼントしてくれた手袋をはめ、秋さんと二人並んでカーリングホールに踏み出した。


僕らの初戦の相手は都内のペアだった。

シートはカーリングホールのほぼ真ん中にあるCシート。

隣のBシートではリューリと夏彦先輩のペアが試合をしている。

大会の際には同じシートが重ならないように配慮されるので、次の試合は僕らの使い慣れたシートでの試合が期待できる。

…行けるかもしれない。

もちろん目の前の相手を倒すのが先で、リューリ達も勝ち上がるのが大前提だが。

僕はここ数日のCシートの様子を思い出す。

あくまで僕の見たところでは極めてオーソドックスなシートという印象だ。

つまりは単純に技術の差がモノを言うことになる。

「自分のやってきたことを信じよう」

自分に言い聞かせるように秋さんに呟く。

こくりと頷く秋さん。

僕達の先攻で試合が始まる。

最近の練習通り秋さんが第一投と第五投を担当する。

相手のチームがどんな種類のショットを投げたか、どのコースを使ったか。

相手のドローウェイトはどのくらいか。

自分達の投球はもちろん大切だが、相手の投球まで観察し自分達の投球に活かすよう僕は努めた。

秋さんには極力ドローショットを、なるべく同じコースで投げてもらう事に専念する。

残念ながら秋さんに戦術面での理解を得る事は難しい。

であれば、いかに明確に具体的に役割を伝えられるか、その事に僕は最近気をつけていた。

難しいショットは僕が担当すれば、良い。

パートナーに気持ち良くプレーしてもらう事を心掛ける。

相手ペアとの実力は伯仲していた。

僕の最後の投球ラストロック

ドローショットをハウス内に納めれば僕らの勝ち、だ。

すでに隣シートの試合は終わっていて、片付けをしながらリューリがこちらを見ているのが分かる。

失望させたくない、彼女を。

追い付きたい、彼女に。

僕はチラリとリューリを見て、すぐにハウスにいる秋さんに視線を戻す。

秋さんがハウス内で投げるポイントにブラシを立てている。

あのブラシの向こうにリューリが、いる。

すると、秋さんのブラシがすぐ目の前にある錯覚におちいる。

実際は50m程離れているのに。

僕の投げるストーンが通る軌跡が見えた気がした。

頭の中でハウス中心付近に止まるストーンのイメージが浮かぶ。

…これなら。

僕は心の中から沸き上がる根拠のない自信に突き動かされ、リリースする。

ストーンはイメージ通りにハウスの中に誘導され、止まる。

「やりましたよ~わへいさん!」

秋さんが近付いて来る。

僕らは初戦を辛くも勝利する事が出来た。

相手のペアと握手を交わし、カーリングホールを後にする。

とても嬉しいのだが、それを相手のペアの前で出すのははばかられた。

「公式な大会で初めて勝ちました!」

「ありがとう、秋さん。ナイスドローでした」

「いえいえ、まあまあ、たまたま、ですよぅ」

照れて手の平をひらひらさせる秋さん。

「これが勝利の美酒ってやつです。堪らないでしょう?」

「はい、堪りませんねぇ!嬉しいですねぇ」

今度は胸を揺らしながらぴょんぴょん跳ねだした。

本当に見ていて飽きない子だなぁと思う。

「おめでとう、わへい」

「一回戦目は勝ったようだね。僕らが君達の壁となろう」

そこにリューリと夏彦先輩が現れる。

「リューリ、約束通り、君に辿り着いたよ。次は負かせてあげる」

「あら生意気。いつから私のわへいクンはこんなに生意気になったのかしら。次の試合では徹底的に躾してあげるわ。…その前に」

僕の頬にリューリの手が触れる。

冷たくて気持ち良い。

「約束を守った事にご褒美あげるわ」

何を言う暇もなくリューリの唇が僕の唇に触れる。

秋さんがキャーっと頬を赤らめ、夏彦先輩がやれやれと首を振った。


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