終章 十二月 その30

その日の午後、リューリ達との試合が始まろうとしていた。

十一月の合宿の際には手も足も出ずぼろぼろに負けた相手。

その時は第四エンドまでだったが、今大会の予選は第六エンドまで。

パワープレーがお互いに一回ずつというのは同じだ。

僕達の後攻でスタートする。

僕はリューリからもらった手袋をはめ、気合いを入れてアイスの上に立つ。

「その手袋、使ってくれてるのね。嬉しいわ」

「リューリこそ、ネックウォーマー使ってくれてるんだね」

「暖かくて調子が良いわ。ありがとう」

リューリがネックウォーマーに顔をうずめる。

…我が恋人ながら可愛い。

「わへいさん、リューリ先輩に見とれてる場合じゃありませんよぅ?」

横から秋さんの声。

頬をぷくっと膨らませている。

本当によく人の事を観察してるな、と思う。

「ごめん。集中するよ」

すると秋さんは手にしたブラシを夏彦先輩に向け…。

「さぁ夏彦先輩!!因縁の対決です!リューリ先輩とわへいさんの間に入るなんて不届き千万!この私のブラシのさびにしてやるのです!寄らば斬る!そしてリューリ先輩は私達が取り戻しますよぅ!」

…宣言した。

…決め台詞のつもりかな?

ブラシのさびってなんだろう?

「いい加減人を悪者みたいに言わないで欲しいな。また誤解を招く。まぁ、いい。君達の挑戦は受けて立つ…って人を挑発したならこちらの言い分も最後まで聞きたまえ!!おーい!」

宣言するだけ宣言して、秋さんはさっさとウォーミングアップに行ってしまった。

「秋さんじゃないですけど。リューリは返してもらいますよ。ちなみにそろそろ夏彦先輩の精神力が限界じゃないですか?」

「…うん。実はね。胃に穴が開きそうだよ。外したらただじゃおかない、というプレッシャーが凄まじい」

夏彦先輩はお腹の辺りを押さえていた。

さすがにここで“座間ざまぁ夏彦”とは言えない。

ちょっと気の毒。

でも自業自得。

「同情はしませんよ。元々夏彦先輩が言い出したのが、きっかけなんですからね」

「うぐ。否定は出来ない」

「しかも万が一にも僕らが勝ったら。解放はされますけどリューリになんて言われますかねぇ?」

「…止めたまえ。本当に胃がキリキリしてきた」

…期せずして心理戦成功かな?


今回使用するシートはEシート。

これは僕らの縄張りだ。

リューリ、君に一泡吹かせてみせるよ。

「わへい!」

突然後ろから声を掛けられ振り向く。

すると後ろのコーチ席に野山先輩が座っていた。

「…何やってるんですか?先輩」

「試合の間だからな。コーチしてやる」

「野山先輩は、僕らのコーチという事ですか」

「間違ってもリューリ達あちらさんには付かないさ」

「心強いです。タイムアウトってアリなんですか?」

「もちろんアリだ。ただし一回だけ。呼ぶときはよく考えて呼べよ」

「わかりました」

「…意外だが諦めてないな?何か算段があるのか?」

「全くなくは、ないです」

「それはそれは。楽しみにしてる。見せてくれよ。私の弟子が奴等を負かすところを」

「負かすのは至難の業ですが…。一泡吹かせて見せます」

「よし。行ってこい」

野山先輩がコーチ席から身を乗りだし、握り拳を突き出す。

僕もそれに握り拳を合わせた。

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