終章 十二月 その27

僕は晴れてバイススキップとしてデビューした。

黒崎が投球する際はハウス側で指示を出し、ウェイトをジャッジする。

今回の試合はA~Fまである中のEシート。

このカーリングホールでは入り口と反対側の奥からA、B、Cとなり、一番入り口側がFシートとなる。

Aシートは主に地元のチームが使っている。

他方、Fシートは主に体験用等に使われる。

入り口に近いシートは温度の影響を受けやすく、シートの状態も変わりやすい。

僕ら初心者は主に入り口側のD~Fを使う事が多く、リューリ達上級者は奥側B、Cのシートを使う事が多い。

今回、バイススキップをしながら、僕はある作戦を思い付く。

ひょっとして、こちら側のシートになれば、ミックスダブルスでリューリ達に対して有利に立ち回れるかもしれない、と。

そんな密かな可能性を考えながら、黒崎に指示を出す。

黒崎とはそのエンド毎、投球毎、話を聞き、このエンドどうしたいかとう得点したいかコミュニケーションを取る。

「旭先輩の調子がいいから、それに乗っかってみようと思う。僕はドローに撤する。テイクアウトは旭先輩に任せるよ」

「OK」

その試合は終始煩く、賑やかに進んだ。

それはもう、賑やかだった。

最初はただただそのテンションについて行けなかったが、不思議な事にだんだんと慣れてきてその内楽しむようになってしまったのだから恐ろしい。

「カーリングは楽しむスポーツだろ?だからこれで良いんだ。カーリングの楽しさ、思い出したか?」

黒崎が僕の肩をぽんと叩く。

「ああ。なんだか緊張していた自分が馬鹿々々しくなるけど。楽しいな」

僕は素直に答える。

特に旭先輩の投球。

「俺のカーラちからが燃えているぅ!」

「ヤツのカーラちからが上昇している!?八十、九十!?馬鹿な!まだ上がるというのか」

「赤坂!ヤツのカーラちからは一体いくつだ!?」

「……百だ!」

「そんな馬鹿な!?この関東エリアでカーラちからが百を超えるヤツなど!信じられん!」

テンションは訳が分からないが旭先輩が絶好調なのは間違いなかった。

しかし、同好会の命運が掛かっているという彼らの言葉に嘘偽りはなさそうで、気迫は凄いものだった。

試合は終盤戦まで接戦が続いた。

僕らの一点リードで迎えた最終エンド。

このエンド相手が後攻。

僕らとしては相手を一点で押さえ、エキストラエンドを後攻で迎え、勝つ事。

そしてそれは上手く行っていた。

僕らがNo.1のストーンを持っている展開。

旭先輩の投球。

黒崎の指示は相手のNo.2ストーンを弾きそのままヒット・ステイする事。

この展開が続けば、相手は最後に一点を取らざるを得ない状況となる。

上手く行けば一点スチールして勝つ可能性すらあり得る。

「なんとしても、俺は勝つ!勝って…部長に自分の気持ちを伝えなければ…!」

旭先輩が燃えて叫んでいる。

…どうでも良いがコーチ席にその部長が座っている事、忘れてないかな?

「俺の…部長へのッッッ愛をッッッ!!好きだぁぁ部長ーー!付き合ってくれ!」

気持ちがたかぶり過ぎてしまったのか。

…言ったてしまったよ…。

この先輩は…。

静まり返る全員。

旭先輩もはっと我に返り恐る恐るコーチ席を振り替える…。

そして真っ赤になっている部長と目が合う。

部長の隣には、にまにましている野山先輩。

「あ」

一言呟いて、そしてぎこぎこと油の切れた機械のように、前を向く旭先輩。

「こうなれば自棄ヤケだぁ!俺のストーンが真っ赤に燃えるゥゥ!この愛掴めと轟き叫ぶゥゥ!らぁぶらぁぶ!!届けェェ俺のストーンよぉぉぉ!!!」

…スポーツをした事がある人は経験した事があるかもしれない。

訳もなく調子が良い瞬間というものを。

特に初心者に有りがちな傾向ではある。

理由は分からないが、何をしても上手く行く瞬間が、スポーツにはある。

ただし。

そういった瞬間は長続きしない。

何故なら上手く行っているか、本人が分かっていないからだ。

それは、バッテリーの切れた携帯のように。

終わりは突然やってくる。

今の旭先輩が正にそれだった。

結論から言えば、旭先輩のストーンは最悪の結果を招いた。

あろうことか僕らのNo.1ストーンのみ弾き出し。

ヒット・ステイする事もなく投げたシューターもハウス外へ。

それが決め手となり、相手のチームは二点を取り、僕らは敗北した。

もちろん旭先輩のせいだけではない。

ラストエンドで一点のリードしか得られなかった、組み立てにあり、僕ら全員の責任だ。

しかし、旭先輩の落ち込み方は半端ではなかった。

「すまねぇ…俺は…俺は…」

「旭先輩のせいでは、ないですよ?」

「そうですよ。それ以上に今日凄かったじゃないですか?」

「しかし、しかし…俺は…一番決めなきゃいけない時になんという失敗を…」

僕らがどれだけ慰めても、旭先輩のテンションが戻る事はなかった。

僕らが試合の後、二階のラウンジに行くとそこには野山先輩と部長、それに何故かリューリが…いた。

「…面目ない」

「謝るなら私じゃなくて、部長に謝りな?」

瞬間、周りの目も気にしないで土下座する旭先輩。

「すまんッッッ部長!俺は勝てなかった!お前に気持ちを伝えたかったのに!」

…その場の誰もが“いやいや思い切り言ってたよね”と心の中で突っ込む。

「来年!来年こそは!勝って部長にこの気持ちを伝えるからなぁぁぁ!」

突然がばっと起き上がり部長に詰め寄る旭先輩。

ばっっちんっっ。

部長のフルスイングが旭先輩の頬を張る。

「ばかぁっ!あそこまで言ったならこの場できちんと告白しろぉぉ!あときちんと名前で呼べぇぇ!」

「…すまん。部長。ずっと好きだった。付き合ってくれ」

「待たせ過ぎだぁ!ばかぁ!!」

野山先輩がやれやれという風にこちらを見る。

部長も旭先輩も照れながらも幸せそうだった。

そんな二人を羨ましそうに見つめる黒崎が…対象的だった。


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