終章 十二月 その24

僕らはその晩、互いに抱き合いながら微睡まどろんだ。


リューリは時々僕の存在を確かめるように僕を抱き寄せ、キスをし、また眠りについた。


こんなにも人の体温を感じるのはいつ以来だろう?


思えば赤ん坊の頃は、母親に抱かれて人の温もりというのを感じていたはずだった。


きっとそこまで遡らなければ、この温もりには辿り着かないのだ。


それほど人の温もりからは離れていたのだから…。


そういえばリューリは言っていた。


人というのはとても温かいのだと。


僕は改めて彼女を抱き締め目一杯、リューリの温かさと柔らかさを味わった。




浅い眠りを何度も繰り返しながら、僕は日の光と右腕の違和感で目を覚ました。


…右腕の感覚がないような。


横を見るとリューリを腕枕している自分に気付く。


思っていた程、腕枕というのは楽ではないらしい。


それからベッドが二人で寝るには狭すぎる。


自然とお互いがくっつく姿勢になる。


冬場だからいいけど、夏は無理そうかな。


そんな事をぼんやり考える。


部屋の中はお互いの汗と体液の混じった独特の香り。


でも不快さは全くなかった。


改めて“男”になったのだな…と考える。


マンガ等ではこういう時、頭の上に青空が広がり、“世界が変わった”と主人公が叫ぶものだけど…。


とりあえず僕の場合は身体中を倦怠感が襲っていた。


でも、精神的には幸福感に包まれている。


そして全力疾走した後の肺の中が空っぽになったような、充足感。


さすがに腕が限界なのでそっと動かしてみる。


リューリは起きない。


…そういえば合宿の時、リューリの寝起きは悪そうだった。


「う…ん…」


リューリがうっすらと目を開ける。


昨晩泣いていたから目は腫れている。


「おはよう、リューリ」


「おはよう…」


「右腕の感覚が無いのだけどずらしていいかな」


「だめ」


リューリはそのまま僕の腕の上ですやすやと寝息を立てる。


「今日カーリング練習あるでしょう?起きないと。…君、目が真っ赤で腫れてたよ」


その言葉を聞いてリューリがはっとして目を覚ます。


「ちょっと、顔見ないでくれる?私、酷い顔してるでしょう?」


「昨日言ったように僕は気にしないよ。とりあえず、シャワー浴びて来ようか?」




僕らはシャワーを浴び、食事を摂り二人で家を出てカーリング場へと向かう。


…それは僕らの日常。


「…不思議、私は今とてもすっきりした気分だわ。散々泣いたせいかしらね?」


先程よりはずっとすっきりした顔でリューリが呟く。


「君の言った事は本当なのかもしれない。やっぱり男女にとって必要な儀式だったって事かな。その儀式を終えたから…じゃないかな」


「…あなたは?今の感想をどうぞ?」


リューリが僕にマイクを向けるフリをする。


「僕は…地に足がしっかり着いて…。うん。何でも出来そうな気がする」


「…私に勝つことも?」


「そうだね。その為にも練習、練習。ミックスダブルスの前にチーム戦に全力尽くさないと、ね」


「…そうね。お互いまずはチーム戦。頑張るのは当たり前。結果出しましょう?」


僕らは澄みきった空気の中をカーリング場へと向かった。






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