終章 十二月 その23 ※一部性的な表現があります。

とん、とん、とん。


軽快に…階段を上って来る音が聞こえる。


ばく、ばく、ばく…。


階段を一段上る度に僕の心臓の音も音が大きくなる。


ぎし、ぎし、ぎし。


廊下が軋む、音。


がちゃり。


自室の扉が開く。


「お待たせしたわね」


そこには先程と同じ姿のリューリ。


シャワーを浴びてからまた同じ服を着たのだろう。


「不思議そうな顔してるわね。なんで元の服を着てるんだろうってところかしら?」


僕はこくこくと頷く。


「せっかくの初めてじゃない?あなたに服を脱がせて欲しいのよ」


「それは…童貞の僕にはハードルが高過ぎるのでは!?」


すると、リューリが寂しそうに微笑んだ。


「この後、私達が付き合い続ける限り…。私は何度もあなたに抱かれるでしょうね。でも、この一回きり。時間を掛けてゆっくり思い出にしたいの。私の…私の初めてだって思いたいの。過去を消したいのよ」


僕は言われるままに、彼女の服を彼女に教えてもらいながら、ゆっくり一枚ずつ脱がせていく。


最後の下着まで脱がせ終わった後。


目の前には夢にまで見たリューリの裸があった。


部分部分で筋肉質なそれは、僕が想像していた、それ以上に美しく機能美に溢れていた。


それは例えるなら美術の彫刻のように。


整った、陰影のある身体だった。


腹筋がうっすらと割れているところなどは感動ものだった。


胸の谷間やおへそ付近にほくろがあり、それを見付けた瞬間、突然身体の奥から沸き上がる劣情。


この綺麗な身体を暴力的に貪りたくなる衝動。


瞬間、松山が心配そうに僕を見つめる光景が目の前にフラッシュバックする。


…分かってるよ。


お前に心配されたくない。


ふうっと呼吸をする。


「どう?」


「うん…凄く、綺麗。何度も夢に見たんだ。でも想像よりずっと綺麗」


「何度も?」


「うん。何度も」


「ありがとう。さ、あなたも脱ぎなさい?」


「う…ん」


僕もリューリに見られながら服を脱いでいく。


「あ…の、恥ずかしいからあっち向いていてくれない?」


「嫌、よ」


「デスヨネー」


緊張で動きがぎこちない上に服を脱ぐ順番などがめちゃくちゃなのが自分でもわかる。


その間ずっと見られている。


最後にトランクスを脱ぎ、手で股間を隠す。


「森島わへい、気をつけ!」


リューリからの号令。


やむを得ず僕は手をどける。


お互いにお互いの身体を見つめる。


だめだ、猛烈に恥ずかしい。


だがリューリは堂々としている。


「あの、さ。触ってもいいかな」


「…どうぞ」


僕は彼女の肩から上腕の筋肉、背筋の筋肉、腹筋や太ももの筋肉を触る。


「これは…予想外だわ。女の子の裸を目の前にして触る所が筋肉?変態かしら?」


呆れたようにリューリが言う。


「いやいや。純粋に綺麗だなと。うん、やっぱり綺麗。良い筋肉してる。機能美っていうのかな。こういうのは」


「褒められたの?私は?」


「最上級に」


「ちょっと、さすがにくすぐったいわ」


「せっかくだから。もう少し触らせて」


「ねえ!?ちょっ、やめ…あはは、くすっ、ぐっ、たいっ、てば!ねえ!?」


終いにリューリは立っていられなくなりそのままベッドに倒れこむ。


「私をこんな形で攻めるなんて。分かってるでしょうね?」


キラリと彼女の目が光り。


そして僕の脇腹や足をくすぐる。


「ごめん!悪かった!本っ当に、ごめんなさい、調子に、の、り、ました、すみません!」


そうして僕らは心行くまでじゃれあった。




やがてお互いくすぐる行為が相手を気遣う触り方に変わり。


僕は稚拙だが精一杯優しく彼女をいたわり。


その時を迎える。


お互い呼吸があがっているが、さっきまで笑い合っていたせいばかりではなく。


僕はリューリの潤んだ瞳と上気した顔に魅入られる。


予め準備していた避妊具それを苦労しながら身に付ける。


…目と目だけの会話。




リューリが僕を導き、その時を迎えた時。


僕には全く余裕等はなく。


これで合っているのか?


大丈夫なのか?


不安になる。


リューリを見つめる…と。




「ごめんなさい…」




リューリは声を、肩を震わせていた。


瞳からはポロポロと涙…?


泣いている…?


僕はただひたすらに狼狽するだけだった。


「ごめん!痛かった!?何か痛い事してしまった?」


リューリはぶんぶんと首を振る。


「違うの。泣かないって、謝らないって、後悔しないって、決めてっったのに」


普段の彼女からは想像も出来ないような、弱々しい、でも絞り出すような、声。


それは、慟哭。


「ごめんなさい。あなたが初めてだったら良かった…。ごっ…ごめんなさい…ごめん…っ なさっ…っっ、いっ、っ」


リューリは心を絞るように嗚咽を漏らし続けた。


それは、贖罪。


「っっ、ずっと、不、安っだったの。初、めてじゃない、私がっ、嫌われっっ、ないかっ、て」


彼女は僕には抱き付かず、ただただ自分を、自分だけを抱き締めて泣き続ける。


それは、疑心。


「やり直しっっ、たい。あの時にっっ戻って、私をっっ止めてっ。私、あなたにっっ、相応しくっっ、ないっ。うっっ」


きっとそれは、後悔。




本当に、いったい、まったく、人間というのはどれだけの後悔を積み重ねて生きていくのだろう?




僕は彼女に体重を預けリューリの背中に手を回して抱き締める。


彼女がびくり、と反応する。




…言葉は慎重に選ばなければ、ならない。


言葉は使い方によっては薬にも凶器にもなるのだから。


「僕は…ね。前にも言ったけど君達が抱き合ってる姿を見て嫉妬してた。その夢を見て夢精までしたんだよ?酷いよね。みっともないよね。」


リューリは嗚咽しながらこちらを見ている。


「だから僕は君に相応しいかなんて自信はない。でも僕は君には隠さないって決めた。どんなに汚ない部分も。情けないところも。を裸でするっていうのは、そういう事だと思うんだ。だから。君の情けないところも、全て見せて欲しい。僕は嬉しんだ。それも含めて君だろう?」


リューリが真っ赤に腫れた目で僕を睨む。


「…酷いわね。人の情けない姿がみたい…なんて。あな、たの、情け…ない、ところ。次は絶っっ対に暴いてやるんだから」


恐ろしく美しい瞳。


「僕はもうほとんど見せたよ」


「悔しいわ。噛み付きたい」


「どうぞ」


リューリが容赦なく、本当に容赦なく僕の首筋に噛りついた。


「ごめんなさい」


「もう、いいよ」


温かい。


人間はこんなにも温かい。


僕らは捨てられた仔猫がきっとそうするように、抱き合って眠った。


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