終章 十二月 その16

僕とリューリは試合を見終わり観戦席を後にする。


「どうだったかしら?海外のチームの試合を見た感想は?」


「ハウス外のガードからガンガンハウス内を狙っていくのが凄いね。後は、もう…カーリングしたい。魂に火が着いた感じかな」


「ふふ。そうね。私もだわ…他には?戦術面の進展はあったかしら」


「…正直よく分からない。けど、とりあえず真似してみようかと思うよ。それ以上は企業(?)秘密」


「私に秘密を作るなんて。許せないわね」


リューリが僕を覗き込む。


「ごめん。それでも無理」


「…年末に試合が終わったら埋め合わせしてもらうわ」


「うん。了解」


「それじゃ帰りましょうか?」


「う…ん」


僕らは帰路に着いた。


時間は夜の九時を回っている。


気温はとっくにマイナスだろう。


猛烈な冷気が襲ってくる。


途中リューリと色々話していたが。


どうにも僕は落ち着かない。


理由は明確で、来週の週末にが近付いているためだ。


ふとした瞬間に思い出してしまい、不安と期待。


どうしようもなく焦がれる想い。


夜な夜な身悶えする身体。




その日が近付くにつれ、僕にも準備しなければいけない物がある。


『もう避妊具コンドーム買ったか?何かのついでにさりげなく買っとけよ』


松山の言葉が頭を過よぎる。


ふぅっとため息をつく。


「あなた…何か…気にしてる事が…いえ、隠してるわね」


さすがに鋭い。


あっさりと見抜かれる。


「うん。気にしてる事があるし、それを君には隠してる」


彼女に対して、ここで何も隠していないと嘘を言うことは、得策ではない。


だから隠している事を正直に言う。


「隠したい理由は何?さっきも言ったけど私に秘密を作るなんて許せないわね」


「隠すのは…恥ずかしいからだよ」


「来週の事、でしょう?何か悩みがあるなら言いなさい。私は、ね」


リューリが僕の鼻先に指を突き付ける。


「大切な思い出の日にしたいの。あなたと二人で。分かるわね?」


「…分かる。あぁ、参ったな。つまりアレだよ。アレを用意しないと」


「アレって何かしら」


そう、僕の恋人ははっきり言わないと納得してくれないのだ。


避妊具コンドーム買わなきゃなって」


…それでも目を反らさずに言う。


…冗談抜きで死ぬほど恥ずかしい。


「なら、買いにいきましょ。まだドラッグストアがやってるわ」


リューリが僕の手を握ってすたすたと歩き出す。


「いや、さすがに自分で買うから。付き合わなくて良いよ」


リューリが立ち止まる。


キッと、鋭い目で睨まれる。


「二人の大切な問題だわ」


また僕の手を引いて歩き出す。


「知り合いでもいたら、僕はともかく君が変に言われる。それは嫌だよ」


「気にしないわ。見せ付けてやりましょ?私達はセックスするんですっ、て」


やはり、敵わないなぁと思う。


そして僕は腹を括る。


彼女と付き合うという事は、こういう事なのだと。




ドラッグストアに着くとリューリは迷う事なくベビー用品、マタニティー用品が並んでいる棚に向かう。


避妊具こういうものがマタニティー用品と一緒に並んでいる事に、僕はカルチャーショックを受ける。


敵前逃亡したい気分だが何とか踏み留まる。


すると、商品を目の前にしてリューリがこちらを見る。


…いや、気のせいか下半身を見てないか…?


「大きさ…どうかしら?前に触ったときは大きかったかも…?」


ぽそっと呟きが聞こえた。


…サイズがあるのか!?


というか改めてその棚を見ると。


こんなに種類があるのか、という程に色とりどりの箱。


そして、多数の種類がある。


せいぜい一、二種類だと思っていたのに。


「ふ、普通で…」


もう何でも良いから早くしてくれ、というヤケクソな気分になる。


「厚み…はどうかしら?種類結構あるわね」


まるで夫婦が二人で家具でも選ぶように、彼女はそれぞれ箱を手に取り裏側の説明までしっかり読んでいる。


「うん。薄いのにしよう。君を感じたいから」


…僕の中でヤケクソを通り越し、何か突き抜けたかも。


「それじゃこれかしら?一応ちょっと大きめのも買っておきましょう。お金、ある?」


「大丈夫だよ」


「ならついでに私の生理用品も買っていくわ。ちょうど少なくなっていたの。買い物かご持ってきてくれる?」


…本当にこの愛しい方は。


僕にどれだけの新しい経験をさせてくれるのか。


彼女と一緒に生理用品が売っている棚に行くと、リューリは慣れた手付きで商品を選び買い物かごに入れていく。


「他には大丈夫かしら?」


「…僕には何が必要か分からないけど、大丈夫じゃないかな」


「それじゃあお会計ね」


レジに行くまでも周りの目が気になったが、会計も正に羞恥プレイだった。


買い物かごの中に生理用品と避妊具。


そしてそれを買う一組の男女。


こういうものが透明ではない、黒いレジ袋に入れられのだという事も僕は今日知ったのだった。


財布のチャックも開けられない程に僕は動揺し、真っ赤な顔で会計を終えたのだった。


「…冷や汗をかいたよ」


ドラッグストアを出て僕がため息をつく。


「そう?でもお互いの事を考えたら、男女にとって必要な物だわ。だから、慣れて頂戴」


この時僕はこの先もこういった事が続くと確信した。






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