終章 十二月 その15

僕は主にドローショットを安定させる為自宅では下半身をメインとした筋トレを実施していた。


部活では隙あらばドローショットの練習を行い、部活以外でも秋さんを誘い三十分だけでも一緒に練習する事を心掛けた。


アイスリーディングという課題に対しても、各A~Fシートの特徴を掴む為に曲がる様子を記録するようにした。


最も、国際カーリング選手権大会の影響でカーリング場が“アイスメイク”に入った為、アイスの状態は変わってしまったのだが…。




そして十二月半ば。


国際カーリング選手権大会が始まる。


僕も最近になってカーリングの動画をネットで見るようになり、国内の有名な選手は分かるようにはなっていた。


北海道のチームや地元長野県のチームなど国内からも有名チームが集まる。


もちろん国外の有名なチームも。


僕達カーリング部のメンバーは部活の代わりに、ボランティアに参加していた。


大会期間中はカーリング場は使用出来ないし、勉強も兼ねてという事だった。


僕はリューリや野山先輩達と一緒にスタッフ用のビブスを着用し、チケットのもぎりや席の誘導など慌ただしく動き回る。


ふと、二階のラウンジから見下ろすと受付付近に人が集まっていた。


それも全員男性。


中には首から大きなカメラをぶら下げている人もいる。


「出口に男性ばっかりいるけど何かあるの?」


隣にいるリューリに聞いてみる。


「ああ、あれは…。女子選手の出待ちね」


リューリが苦笑する。


「出待ち?」


やがて有名な女子選手がやってくると、男性陣が駆け寄り、一人ずつ何事か話し掛けたりプレゼントを渡したりしている。


「凄い人気だ」


僕は感心する。


「日本でこんなにもカーリングが人気あるなんて。知らなかったな」


「…それはちょっと違うわね」


リューリが苦笑したままやんわり否定する。


「人気があるのは特定の女子選手。あそこの彼ら全員がカーリングに興味ある訳じゃないわ。…もちろん純粋にカーリングに興味がある人もいるでしょうけど」


「えっと?どうこう事?カーリング見に来てるんだよね?皆」


「大多数は、ね。観客席でカメラ構えている人いるでしょう?」


「いたね。随分熱心に試合を記録していた」


「…それも違うわ。一部の人だけど、彼らは特定の選手だけを撮りに来ているの」


「有名なカーリング選手だけを撮りに来てるのか」


リューリがちょっと困った顔をする。


どうも僕は会話が噛み合ってないみたいだ。


「どう言ったら良いかしら。平たく言うとアイドルの追っかけみたいな人が、いるのよ」


「ん?ごめん。意味が分からない」


「感覚的にはアイドルのライブ会場とか、コスプレイヤーとかコンパニオンの写真撮る感覚かしらね」


それを聞いてようやく納得する。


と、同時に目眩めまいを覚える。


「…つまりカーリングには興味ない、と?」


「全員がそうではないわよ?でもその感覚の人もいるわ」


その手の人にはカーリングの試合結果はどうでも良いものなのだろうか。


…ちょっとモヤッとした。


もしリューリが他の男性からそういう目で見られていたら。


そんな事を考えて、僕は嫉妬してしまった。




夕方でボランティアを終えるとリューリと二人で二階のラウンジで食事をする。


大会期間中は軽食を出すお店が開いている。


またカーリング関連グッズやカーリングシューズ、ブラシ等も販売していた。


今日はリューリと夜の試合を観戦する事になっていた。


土日に行われる決勝トーナメントは有料だが、平日の予選は無料なのがありがたかった。


最近は国内の試合は予選から有料になっているそうだが。


…以前リューリから“どこかにデートを”という要望だったが、結局僕らの場合はカーリング試合観戦になってしまうのだった。


入り口で毛布を受け取り、観客席に着く。


平日の夜、男子の試合だったが、それでも観客席は満席に近い状態だった。


軽井沢町チームの席は埋まっていたので二人で空いている席に座る。


試合が始まると僕は試合経過やストーンの曲がりを思ったままに記録していく。


手元には携帯でネット中継を見ていた。


若干タイムラグがあるが、解説があるお陰で分かりやすかった。


「戦術の勉強?」


毛布の下からリューリが手を伸ばし、僕の手を握る。


…手が冷たい。


そっと握ってあげる。


「そう。君達に勝つ為に、ね」


「嬉しいわ。私の為に努力してくれているの?」


「君に相応しいカーラーになる。それは君の為なのかな?僕が君に負い目を感じたくないから。そう考えると、今回の全てが僕の我が儘かも」


「ホント、ね。私に従っていれば楽をさせてあげたのに」


そして握ったリューリの手が強く僕の手を握る。


それこそ爪が食い込む程に。


「そうやって僕がなんでも君に従うダメな男になったら。君は嬉しいのか」


リューリはちょっと考えて。


「それも悪くないわね」


悪戯っぽく笑った。


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