終章 十二月 その14
『下半身を安定させるトレーニング?』
携帯から松山の声が響く。
画面の向こうでは風呂上がりなのだろう、ラフな格好の松山が映っている。
身体は女の子なのだが、精神的には男。
だからなのかは分からないが、Tシャツの下は何も身に着けてないのだろう。
髪からは水滴が滴り、肩と胸を濡らしている。
相変わらず髪をドライヤーで乾かす習慣はないようだ。
胸には硬い蕾のような突起物が汗で透けて見える。
「うん。お前は普段どうしてるかなって思ってさ」
十一月に合宿に来た際に僕は松山と連絡先を交換していた。
メッセージのやり取りはしていたけど、ビデオ通話は初めてだった。
『ネット動画でトレーニング方法配信してるカーラーもいるだろ?参考にしたらどうだ?俺は下半身はスクワットだな。あとサーキットトレーニングは毎日やってる』
…コイツもコイツなりに努力してるんだな。
としみじみ考えてしまう。
『で、なんでまた急に下半身の筋トレなんてしようと考えたんだ?あっ。お前まさかリューリさんにナニかしたな?それで下半身の筋肉が足りないって痛感シタのか?そう言えばスルって言ってたよな?シタのか?』
「いや、まだだよ」
いや、するんだが。
日程も決めてるのだが。
というか、食い付き過ぎだぞ。松山。
『なんだよー男になったら教えてくれよな』
「教えないよ。実は…」
僕はこれまでの経緯を松山に説明する。
『恋人取り戻すために修行してパワーアップとか
「いや、今の僕の話し聞いてたか?どこをどう聞いたらそうなる?」
『要約するとそうだろ?ドローショットと戦術かぁ。あとチームとしての熟成度もあるよな?あのおっぱい大きな女の子。森ノ宮だっけ?彼女も練習させないと勝てないだろ?』
「うん。でも、練習の無理強いはしないつもりだ。戦術面の勉強で今度の国際大会ボランティアで参加してくる」
『ああ、それは勉強になるだろうな。過去の試合動画も見ておけよ』
「そうするよ」
『なぁ…お前自信がなくてリューリさん抱いてないのか?この間は覚悟決めたって言ってたろ?』
ああ、コイツは。
僕は松山が、何故こんなに食い付いてくるのか、理解する。
心配してくれているのだ。
ならば隠す訳にもいかない。
「違うんだ。悪かった。覚悟は決めたし、リューリには伝えてあって。その…決めてるんだ。もう日程も。だからありがと、な。心配してくれて」
『そっかぁ。良かったなぁ。もう
「分かった、分かったよ。心配し過ぎだ」
『お前、計画とかガッチガッチに立てて本番で緊張して失敗しそうだからさ。ちゃんとドコにナニ入れるか分かってるか?…俺のでよければおっぱい見ておくか?お前さえ良ければ下だって…』
松山がTシャツを
「待て、松山。大丈夫だから。自分を否定するような事、僕にはするなよ」
『…分かった。なぁ森島。先に謝っておく。すまん』
「どうした、急に」
『俺…俺達は青森に行けん』
「…」
どうした…と聞きたいところだが、おおよそ理由は分かる。
松山と新田さんの事情では出場出来る枠がないのだろう。
「良いさ。僕らも行けるとは、正直思えない。でもせめて一勝。リューリ達には勝ってみせる」
『結果、出せよ。カーリングも、アッチもな』
「分かったよ」
画面の向こうで、松山の肩が震えていた。
実力でどうこう出来ない現実に突き当たった時、人は…僕は腐らないでいられるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます