終章 十二月 その8

リューリが僕の側に来て肩に頭を寄り掛からせる。


素敵な空間と、素敵な恋人。


…でも、僕は今日一つの決心をしていた。


どういう結果を招くか分からないけど、伝えなければいけない事。


「リューリ、あのね」


意を決して彼女に瞳を向ける。


彼女も真っ直ぐに僕を見る。


この瞳に嘘をついてはいけない。


「話したい事が二つ、あるんだ」


いつになく真剣な僕の表情にリューリも何かを感じたのだろう。


顔を起こし僕に向き直る。


「…聞かせて頂戴」


「うん。その、カーリングのミックスダブルスのペアの事」


「…」


リューリは僕をじっと…緊張した表情で見つめる。


勘の良い彼女は僕が何を言い出すか、おそらく分かっているのだろう。


だからはっきりと言う。


「…ペアを解消して欲しい」


言ってからふぅっと息を吐く。


今日の緊張はリューリのお母さんに紹介される事もあったが、この一言が原因だった。


ペアの解消を言い出したら?


嫌われるのではないか。


喧嘩になるのではないか。


そう心配していた。


しかし、先ほど自分でリューリはお母さんの前で宣言して改めて分かったのだ。


前提として、僕は彼女以外の女性とこの先付き合っていくつもりはない。


なら、どうやって彼女と乗り越えていくか、それを二人で考えなければいけない。


その為にはどちらかが一方的に我慢するのもいけない。


小さなすれ違いは時間が経てば大きな心の距離を産み出す。


「理由を…聞かせて」


リューリは自分の身体を抱き締めて、震えていた。


細い指先が肩に食い込んでいる。


自分の感情を押さえている事は分かった。


「…僕が、辛いから」


“君の為だから”ではない。


そう、自分の為。


「リューリの事を考えたら、自惚れではなく僕が良いのだと思う。でも、それでは僕が…辛いんだ。カーリングを嫌いになってしまう。自分も嫌いになってしまう…」


リューリが俯く。


「僕は、君に釣り合う男になりたい。でも今の実力差では、君に追い付く前に僕はリタイアしてしまう。最近、カーリングが…カーリングが楽しくなかったんだ。でも、それは君のせいじゃない。僕が僕に納得いかなかったからなんだ」


…分かってもらえるだろうか。


「…あなたの、為なのよね」


しばらくしてからリューリが上目遣いで僕に言う。


ぞくり、とする程に恐ろしく、美しい眼差しで。


「うん。…僕の為。我が儘だって分かってる。だけど認めて欲しい」


リューリはその鋭く美しい眼差しで僕を好きなだけ睨んだ後。


「…座間君に、ね。誘われていたのよ」


諦めたように呟いた。


「…うん。知ってる」


「あなたと森ノ宮さんのペアで、ね。あなたが楽しそうなのが分かったわ」


リューリは“悔しい”の部分を思い切り強調する。


「あなたが私と組んで落ち込んでいるのも分かっていたわ」


ふっと目力が弱まる。


「だから、こうなる事は分かっていたわ…嫌ねこれじゃ別れ話みたい」


「もちろん、そんなつもりはないよ!?僕は…君以外…付き合いたくない」


「ん。大丈夫、分かってるわ。で!?森ノ宮さんとのペアで私に歯向かう気?」


リューリは片方の眉毛を吊り上げ意地悪な表情に豹変する。


そして右手を銃の形にして僕の胸につきたてる。


「うん…その、つもり」


言いながらすでに僕は両手を挙げ降参のポーズ。


「あ、でも。練習後のマッサージはやらせて頂きます。君のケアはしたいから」


「…まぁ、良いわ。試合中のあなたの困った顔、私…好きなのよね…」


「そう言えば、この間は随分と楽しまれてましたね!?」


「私、サディストかも」


「…確実にそうだろうね」


お互いにふふ、と笑い合う。


「僕らが…君と夏彦先輩のペアを倒したら、その時はまた僕と組んで欲しい」


「それじゃあ座間君は噛ませ犬みたいだわ…座間君はともかく、森ノ宮さんは?それで納得するかしら?」


「その条件で話してみるよ。まぁ君達に勝つなんて、簡単ではないから、ね」


「早くしないと、座間君の精神が持たないわよ?」


「僕のリューリに近付くんだからそれくらいのリスクは当然だね」


僕達は再び笑い合い、額をこつりと合わせた。

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