終章 十二月 その6

食事の最後には焼き色のついたチーズとコーヒー。


おそらくミックスベリー(?)状のジャムが乗っている。


美味しいのだが、食べながら何を話したら良いのだろうかと考え、緊張していた僕は一体何を食べたのかよく覚えていないというのが正直なところだった。


「わへい君」


チーズまで食べ終わった頃、改まってリューリのお母さんが僕を呼ぶ。


表情はとても柔らかい、優しい表情だった。


「はい」


僕は背筋を伸ばし返事をする。


「ふふ、ごめんなさい。そんなに硬くならないで」


とは言え僕の性格上、リラックスすることも出来ず…結局背筋を伸ばしたまま話を聞く事にする。


「…リューリの事、よろしくね。あなたには本当に感謝してるの。感謝しても足りない位に。あなたがいなければ、この娘は間違った道をずっと進んでいたでしょう。それは私達親の責任なのだけど。それをあなたに助けられました。夫もその事はよく分かっています」


褒められすぎて背中がむずむずするが、僕はリューリのお母さんの瞳をじっと見つめて話を聞く。


「出来れば…末長く娘をお願いしたいわ。将来的に、うちにお婿さんとして来て頂いても良いのよ?」


その言葉にリューリは驚く事はなく、僕も冗談とは受け止めなかった。


「…僕は先の事は分かりません」


本当は冗談として受け止めて、適当に答えるのもありだろう。


社交辞令で返すのもありだろう。


今の空気ではそれが良いのかもしれない。


それを咎められる事はないだろう。


でも、リューリのお母さんの言葉に誠実に答えたかった。


だからじっくり噛み締めながら、自分の気持ちを言葉にしていった。


「僕がリューリ…さんに、嫌われてしまう事もあるかもしれませんし。僕達は未熟で…きっとこの先喧嘩もするでしょう」


ゆっくりと息を吸って吐く。


今度は隣にいるリューリの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「今簡単に、経済力もないのにリューリさんの将来を下さいとも言えません。でも…」


未熟でも、誠実に。


嘘のない言葉で自分の心の中から、相手の心の中へ。


「僕は、彼女以外を考えたくありません。だから、喧嘩しても、嫌な事があっても。問題があっても。彼女と一緒にいる、その前提で。どうやって乗り越えていけるか、どうやって自分を変えていくか。二人で考えいきます。…もちろん君が嫌でなければ、だけど」


リューリがゆっくり瞼を閉じて、ゆっくり開ける。


「もちろん。嫌では、ないわ」


「…ありがとう」


「でも、相変わらず…顔、真っ赤よ」


「お母さんを目の前にして、僕は…とんでとない事を言っている…その自覚が僕には、ある。それをクールに真顔で言えるほど、出来た男では、ない…です」


言い終えて僕は椅子に沈み込んだ。


言いたい事を言ってようやく緊張が解けた。


「ごめんなさい。ずっと緊張して、料理美味しかったけど何を食べたか…分かりませんでした」


そして本音をさらけ出し頭を下げた僕に、リューリもリューリのお母さんも優しく笑ってくれたのだった。

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