終章 十二月 その4

「お帰りなさい、リリーちゃん。いらっしゃい。もり…しばさん」

「森島よ。ママ。もうわへいって呼んだら?」

「ふふ、そうね。いらっしゃい。わへいさん」

「お邪魔します」

僕は靴を脱いで家に上がる。

床も黒塗りの木材で、ニスだろうか?何かしら塗られており、使い捨て込まれた独特の光沢を出している。

上りかまちを跨ぐとぎしぎしと軋んだ音を立てる。

「このもみの木はね…落雷で先端が折れてしまったそうなの。危ないから伐採する予定だったのだけど、主人の父がこの家を建てる時に柱として残したそうよ」

僕の視線がもみの木を向いていると気付いたリューリのお母さんが僕に説明をしてくれた。

そのもみの木は皮が剥がされており、おそらく防腐剤が塗られているのだろう。

表面は滑らかで、わずかに光沢を放っていた。

ひょっとしたら鉄骨くらいは入っているのかもしれない。

リューリの自宅は向かって右側(傾斜していた側)にLDKがあり、僕はそちらに通される。


LDKも変わった造りで入ってすぐ左手にキッチンがあるが、ダイニングがキッチンより二段程高くなっており、さらにおくのリビングはダイニングよりも高い。

「座っていてね」

リューリのお母さんが言い残しリューリが座りその隣に僕が座る。

ダイニングに暖炉があり、時折薪が爆ぜる音が聞こえた。

ダイニングテーブルの下には絨毯が敷いてあり、床の色と同じ黒っぽい年代物のテーブルと椅子。

椅子には軽井沢彫りが施されており、よく見ると繋ぎ目が全くない。

まさか一本の木から掘り出したのでは?という考えが頭をよぎるが余りにも恐ろしい考えなので考えないことにする。

照明類はダウンライトなどリフォームしたと思しき仕様になっているが、スタンドライトはステンドグラスの傘が被さっているやはり年代物。

僕に家具の価値は分からないが、量産品ではない職人の手による一品物が安いはずがないという事だけは理解出来る。

贅沢の定義は色々あるだろうが、軽井沢ではそういった職人が造った一品物を贅沢とし、大切にする文化がある。


リビングにはリューリのお父さんとお母さんの写真やトロフィーなどが飾ってある。

カーリング場で撮ったものだろう。

「カーラーだったのよ。パパもママも」

リューリの家庭の話は聞いた事がなかった。

それぞれの事情があるし、必要があればリューリは自分から話してくれると思っていた。

つまり、今がその時なのだろう。



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