終章 十二月 その3

二人で手を繋ぎながら、リューリの家に到着する。


今までリューリを送り届ける為に来たことはあったが、中に入るのは初めてだった。


いわゆる南軽井沢と呼ばれるこの地域は介護施設や別荘地などはあるが、ショッピングセンターは離れており比較的静かな地域だった。


その森の中。


門をくぐり敷地内へ。


軽井沢では塀などの遮蔽物の建築は出来ないため、門といっても丸太が置いてあるだけで敷地全体が解放感に溢れている。


アーチ状の格子が頭上に組まれており、格子の根本には薔薇の苗らしきものが、きちんと剪定された状態で生えている。


来年の六月頃に訪れたならば、きっと薔薇の一番花が出迎えてくれるだろう。


苔の生えたアプローチに庭石が並び僕らを家の玄関へと誘う。


アーチの両脇に明るすぎない程度の外灯。


それは歴史の教科書に載っているガス灯に似た物だった。


アーチは左に曲がっており、このアプローチ自体が直線ではないということが分かる。


それが何を意味しているのか、家の中に入るまで僕は分からなかった。


闇の中に佇む和と洋が組合わさった古い洋館。


その木材がなんという種類なのか僕には分からないが、黒い壁面と白い窓枠のコントラストは旧軽井沢にある有名なホテルを彷彿とさせる。


異なるのは、玄関部分だけが高く造ってあり、左右非対称だということ。


向かって右側は登り斜面になっており、建物も傾斜に合わせて登り勾配になっている。やがては玄関の高い部分と同じ高さになっているので、右側と玄関部分は繋がった構造になっているのかもしれない。


その造りは一見して建物が何階建てかは分からない。


ただ最近の知識で軽井沢では最大で十メートル、二階までしか建築出来ない事を知っていた僕は、この建物も二階建てであるだろうと推測する。


向かっての左側は平地に合わせて平屋となっている。


建築については全く素人の僕でもそれが変わった造りをしているということだけは理解出来た。


玄関にも灯りが着いている。


「ママ、帰ってきてるみたいね」


リューリのお母さんとは以前に会って以来となる。


とても感じの良い、温かい印象だった。


…何も結婚を申し込みに来たわけでもないし…。


僕は自分に言い聞かせる。


リューリが自分で鍵を取り出し、玄関を開ける。


「ママ?ただいま。わへい、どうぞ」


「お邪魔します…」


外見が変わっているなとは思ったが。


室内はさらに変わった造りだった。


まず玄関を入って目に入った物。


吹き抜けの高い天井。


そして、中央にあるのは…。


「もみの木…?」


樹齢どれくらいだろう?


僕が手を回せない位にその幹は太い。


そのもみの木が天井まで伸び、もみの木から屋根を支える梁が四方に伸びている。


敷地の入り口からアプローチが曲がっていた事や奇妙な家の造り。


そこで僕は造られている事に気付く。


つまり敷地の中でどこに建物を造るかではなく、この場所にもみの木があったため、もみの木の位置に建物が出来たのだ。


なんという贅沢。


なんという道楽。


目の前の光景に僕は言葉を失った。


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