終章 十二月 その1

十二月になり、軽井沢は恐ろしい程の寒さに見舞われていた。


目の前に白煙を上げる浅間山。


いつだろうか。


僕は子供の頃父や母に連れられて軽井沢に来る度にこの浅間山に恐怖したものだった。


見るからに噴火します、という程の白煙。


そして大人達から過去に実際噴火したと、聞きその恐怖は増したものだった。


浅間山は見る角度によって男性的で雄々しくも女性的で色っぽくも見える。


今はうっすらと雪化粧をしていた。


浅間山に三度雪が降ると軽井沢の町にも雪が降るのだと僕は聞いていた。


その浅間山も雪に覆われている。


昼を過ぎたというのに吐く息は白く、吸い込む空気は肺の中が凍るのではないかと思えるほどに冷たい。


僕がこの軽井沢の冬を最初から最後まで越すのは初めてだ。


本当に冬を越えることが出来るのだろうか?


不安になる。


僕はジェットヒーターの電源を入れ薪小屋の中を暖める。


かなり派手な見た目のヒーターだが、これだけ冷えきっていると焼け石に水…いや南極大陸にマッチ…だろうか。


僕は今、自分の家で薪を作る作業に取り組んでいた。


母のツテでエンジン式の薪割り機を手に入れる事が出来た。


また町の貯木場で一年乾燥させた木を手に入れる事も出来た。


一言で木と言っても薪として適さない木もあるそうだ。


今回は幸運な事に桜の木を手に入れられた。


母に教えてもらったのだが、桜の木は薪として最適なのだそうだ。


三十センチ程にカットされた丸太を薪割り機にセットする。


レバーを押すと斧状の金属が油圧で競り出していき、丸太を割いていくというものだ。


薪ストーブは暖かいのだが、薪を買っていたら経済的ではない。


薪を購入しようとして、ホームセンターに行き僕はその事を思い知らされた。


薪割り機は古いものだがまだまだ使うには充分だった。


やってみると面白い。


もちろん素人だから怪我には気をつけなければいけないが。


薪小屋で作業をしているとハクセキレイの親方が入り口まで飛んできてこちらを見ていた。


冬になったらハクセキレイはどこかに行くのかと思っていたが、親方の生活は変わらなかった。


いつも通り餌箱の餌を食べ、家の周りをパトロールし、僕の様子を見に来る。


「寒いね親方。君達はこの寒さ平気なの?」


親方は尾羽をぴこぴこさせた後、玄関の方角を見、僕を見てまた玄関を見た。


誰か来たのだろうか?


「この家、インターホン付けない?私、お金出しても良いわ」


リューリが薪小屋に顔を出す。


きっと玄関のドアを何度も叩いたのだろう。


僕は薪割り機の騒音で気付かなかったのだ。


「ごめん。もうそんな時間?」


薪割り機を止め、身体の埃を払う。


今日は夕飯をリューリの家で食べる事になっていた。


リューリのお母さんに紹介してもらう為だ。


あ、思い出したら物凄く緊張してきた…。


「まだ時間はあるけど…」


リューリが僕の姿を見る。


最近購入したつなぎの作業着。


身体中に木屑が付着している。


「ごめん、シャワー浴びてくるね。中で待っていて」


僕はリューリを伴って家に向かった。


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