第六章 十一月 その32

次の日の朝。


松山達との別れの朝。


その日は朝からとても晴れて冷え込んでいた。


冷たい、どこまでも透き通った空。


そこから降り注ぐ凍てついた空気。


肺の奥まで凍り付きそうな、朝。


じゃり、じゃり、と音を立てながら松山達を玄関先まで見送る。


「それじゃ、青森でな」


振り向いて松山がにかっと笑う。


湿っぽくする気はないのだろう。


「ああ、青森で」


もちろん僕も湿っぽくなる気は、ない。


松山もがっちりと握手を交わす。


その手を握ったまま、ぐい、と松山が僕を引き寄せる。


「…避妊具コンドーム買っとけよ」


ぼそりと僕に呟く。


「言われなくたって」


「お、腹くくったか。ヨシヨシ。詳細聞かせろよ」


「聞かせないよ」


「はは、んじゃな。皆、ありがと。またな」


新田さんも牧村先生もそれぞれ挨拶をして車に乗り込む。


何処までも澄みきった空気の中を車が走り出す。


未練を残さず、あっさりと走り去って行く車。


大丈夫。


また青森で、そして来年会える。


だから、また会おう。


嵐が過ぎ去ったように辺りは静まり返る。




「静かだなぁー」


野山先輩が車の走り去った方角を見て呟く。


誰もが同じ事を考えていただろう。


「さ、皆!今日も練習でしょ?カーリング場行こうよ」


うちの部長が皆に言う。


そう。


今日も練習がある。


「青森でアイツらと会わなきゃな」


野山先輩が黒崎の肩をポンと叩く。


「この中の誰かが青森に行ければ、良いですね」


「ばぁか。私らが行くんだろ」


そのまま黒崎の肩をがくがくと揺さぶる野山先輩。


「それじゃあ今から全員がライバル、ですかね」


僕が野山の背中に声を掛ける。


「ミックスダブルスでは、な。チーム戦では協力しろよな?」


各々がカーリング場に向かって歩き出す。


「僕は戸締まり確認してから行く。先に行ってて」


皆に言い残し僕は家の中へ。


最後に家の鍵を閉めると、外でリューリが待ってくれていた。


「わへい、行きましょ?」


「ごめん。待たせちゃったね」


並んでカーリング場に歩き出す。


しばらく無言で歩く。


「…あのさ、リューリ」


「…何かしら?」


「その…さ、近い内に…二人きりになりたいんだけど」


「…今も二人きりだわ」


「いや、そうなんだけれども」


僕はリューリを見つめる。


リューリが僕を見返す。


「え…と、君を、その…抱きたい…」


「…抱き締めてくれるの?どうぞ」


「いや、そうではなくて」


リューリが立ち止まって、目を細めて僕を見る。


「…お願い。はっきり言って」


そうだった。


彼女はそういう性格だった。


「君とセックスしたい」


リューリが自分の身体を抱き締めて、震える。


寒いわけではないのだろう。


…むしろ、火照っているのかもしれない。


そのまましばらく沈黙が続く。


「え…と、したいのだかどいいかな?」


「私なら、我慢の限界。待ちくたびれていたから…」


潤んだ瞳が向けられる。


「…もちろん、Yes。…抱いて欲しい。ずっと…待ってたわ」


僕の頬に手が添えられる。


「…あなた、顔真っ赤。頑張って言ってくれたのね」


「うん。…待たせてごめん。…本当はずっとしたかったんだけど」


「…その前に、一度私の家に来ない?…ママがきちんと紹介してって」


「そういえばきちんと話した事、なかったね」


なんだろう、すごく緊張してきた。


「緊張するでしょうけど、その後にご褒美があると思えば、ね?日程決めましょう。…私の家に来る日、と…私達がセックス、する、日」


僕は茹で上がったようにより真っ赤になる。


十一月が終わり、より本格的な冬を迎える。




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