第六章 十一月 その29

「二人して私の話していたかしら」リューリが野山先輩の隣に座る。

「リューリイヤーは地獄耳、だな」

「なによ、それ」

野山先輩がリューリをからかう。

「マスター、何か下さいな」

「あちらのお客様からです」

僕がうやうやしくワイングラスに入ったトマトジュースを差し出す。

「何、これ」

「トマトジュースだ。身体に良いぞ?」

野山先輩がワイングラスを手の平で揺らしながら答える。

「頂くわ」

「んじゃ乾杯いや、君達に完敗」

「ふふ、乾杯」

グラスを合わせる二人。

「んでどうだったよ?夏彦君は」

「そうね…。技術はあると思うわ。ジャッジも良い。けど…」

「けど?」

二人の会話を僕は変な汗をかきながら聞いている。

リューリが僕をちらりと見る。

「…自分本位すぎる」

「…だろうな。初めて組んだんだろ?最初はそうなんじゃないかな。慣れていけば違うんじゃないか」

野山先輩が僕を見てニヤニヤしながら聞く。

…何を考えてるんだろう。

何か仕掛けているような、そんな聞き方だ。

「わへいは…」

カウンター越しに上目遣いで僕を見つめるリューリ。

「初めから、気遣ってくれていたわ。私のやりやすいように」

リューリに言われても僕はよく分からない。

そんなに気を遣っていただろうか。

「でも技術力で言ったら…」

野山先輩が意地悪な目付きをする。

「わへいより上手だろ?このまま夏彦君と組んだらどうだ?」

…野山先輩の意図に気付く。

僕が聞きたい事を代わりに聞いてくれているのだ。

「それは、ないわね」

きっぱりと否定するリューリ。

「私、我が儘なの。付き合ってくれるのはわへいしかいないわ。それに、夏彦君がもたないんじゃなくって?」

「あはは、違いない」

野山先輩が僕を見る。

リューリの気持ちは分かった。

後をどうするか、それは僕次第だろう。


「いやぁ、参ったな」

言いながら松山がカウンター席に座る。

「松山、お疲れさん。どうした?」

「京ちゃん、上級生の女子に囲まれてたんです」

松山に付き添われながら松葉杖の新田さんも座る。

新田さんはちょっとご機嫌斜めだ。

「悪かったよ。でも俺は佳乃だけだよ」

「松山と新田さんって付き合ってる?」

「そうだよ」

松山が新田さんの肩を抱く。

「ちょっと、京ちゃん」

「佳乃だけなんだ。俺をおとことして見てくれたのは」

きっとそうなんだろう。

松山の事情なら、理解者が必要だろう。

松山を男として、きちんと見てくれる人が。

コイツの性格を見ていると、前向きで明るい。

きっと新田さんのおかげなのだろう。

ひょっとしたら他にも両親や理解者がいるのかもしれない。

北海道で松山や新田さんはどんな風に過ごしているのだろう。

広い大地の、広い空の下で。

伸び伸びと暮らしていたら良いな。

そんな事を僕は考えた。

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