第六章 十一月 その19

豆を挽き始めて暫くして。


「わへい、私コーヒー飲みたいのだけど」


リューリがカウンター越しに覗き込むようにして言う。


僕は今、カフェオレを作るために豆を挽いている。


そして、またリューリはコーヒーが飲みたいという。


…まさか、今?


“コーヒーが飲みたい”


この一言は僕らの中では暗号になっている。


それは主に二人きりになりたいとき。


「それなら、フィルターを部屋から持ってくる。他にも持ってきたいからリューリ手伝ってくれる?」


「喜んで」


僕らのやり取りを何か察した野山先輩がやれやれといった具合で見送る。




リューリと二人で僕の部屋に入る。


部屋に入るなりリューリが僕を壁まで追い詰める。


「ここで松山君と泊まっているの?」


「…そう、だよ。でもアイツは男だからね」


「見た目は女の子だわ」


ぐい、と顔を近付ける。


「どんな事情か分からないけど、それで苦しんでるかもしれない。ならそのまま受け入れたいんだ」


「あなたが、そこまでしなくても」


さらに近付く。


「あなたは優しすぎる」


僕の肩に指が食い込むくらい、リューリが僕の肩を掴む。


昨夜から、言いたい事が山ほどあったのだろう。


僕はリューリの言いたいことを全て受け止める。


「それに今日は…森ノ宮さんと組んで楽しかったのかしら?」


もはや僕らの額はくっついている。


「今日、全然話し掛けてくれなかったじゃない」


「ごめん。中々近付けなくて。リューリも忙しそうだったし」


僕は冷や汗をかいているかもしれない。


…いや、やましいことは何もないのだけど。


「一年生同志仲良さそうだったわね」


…しっかり見られていたのだろう。


人差し指で僕の胸をぐりぐりと押してくる。


そして、溜め息をつくリューリ。


「ダメね。これ以上面倒な女になりたくないと思っていたのに。束縛しすぎかしら」


「…相手を束縛したいって思うのは、愛情の裏返しでしょ?僕だって夏彦先輩には嫉妬したよ」


僕の言葉を聞いてリューリは愉悦に浸ったようで目を細めて微笑んだ。


「あら、しっかり嫉妬してくれたのね。どんな風に嫉妬したのかしら」


ひょうが狩りのモードに入ったように、リューリもスイッチが入ったようだった。


目の光が強くなり頬が上気する。


そして僕は彼女に合わせ、自分の劣情を吐露する。


「あの先輩は君に近付きすぎだよ。ハウス覗き込むのは仕方ないけど…身体重なりそうだったでしょ?近付くなよって、そう思っていたよ」


「あの時、ね。心配してくれてありがとう」


リューリは僕の言葉に益々満足したようだった。


…何かしらの…ぞくぞくするような快感を得ているようだった。


「私も森ノ宮さんには嫉妬したのよ」


「…気持ちは嬉しいけど、頼むから森ノ宮さんにら意地悪しないでね」


「分かってる…わよ。さすがにそこまではしないわ。でも…」


リューリが僕の首筋に顔を寄せる。


また自分の所有権を主張するつもりだろう。


…今日は友利や旭先輩も泊まっていくから、一緒にお風呂に入ることになるのだが。


リューリの所有権キスマークが付いたら無理かな。


「分かったよ、どうぞ」


僕は首を傾けてリューリがキスマークを付けるのを待つ。


「いつもみたいだと二、三日で消えちゃうのよね…」


言いながら口を開け、僕の首筋に歯を密着させる。


…噛まれる!?


本能的に一瞬背中に寒気が走る。


首はもちろん生物の急所だ。


甘噛みされても、下手したら動脈が傷つくかもしれない。


でも、それでもリューリになら良いか…。


ふっと僕の身体から緊張の力が抜ける。


「本当に、あなたって…」


リューリが呟き、首筋にちくりとした痛み。


皮膚を噛まれたようだった。


「これなら暫くは…」


リューリが妖艶に微笑んだ。

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