第六章 十一月 その11

朝六時。


僕の起床時間だ。


外はまだほの暗い。


松山は起きると言っていたが下に下りてみるとまだ寝ていた。


…初めての布団やベッドというのは慣れないものだと思うが、松山はどうやら気にしないようだ。


…寝相が悪い。


スウェットが捲れてお腹が見えている。


膨らんだ胸元などはやはり女性のそれだが。


僕はなるべく身体を見ないようにして、毛布と布団を掛けてやる。


そして松山を起こさないように部屋を出る。




僕は脱衣場で着替えを済まし廊下やらキッチンやら食堂の暖房を着ける。


薪ストーブにも火を灯す。


部屋を暖めている間に男女のお風呂の残り湯を抜いておく。


清掃は帰ってからかな。


そんな時間の組み立てを頭の中で済ます。


野鳥の餌台に餌(ハクセキレイの親方へのお供え物)を乗せておく。




その時ドタドタと二階から騒がしい音がして、バタンと激しくドアが開く。


「わりぃ寝過ごしたみたいだ」


スウェットのままで松山が表れる。


「…頭ドライヤーで乾かさないから。寝ぐせすごいぞ」


「水つけときゃあ、直るわ」


「しかし、初めてのベッドであれだけ眠れるのは羨ましいな」


「嫌味か?」


「まだ時間はある。もう少し眠っていればいい」


「習慣だからな。朝の鍛練だ」


「鍛練?なんの?」


「もちろんカーリングさ」


言いながら何かの型を行っている。


…僕にはそれが正拳突きに見えるのだが。


「何やってるんだ?」


「空手だよ」


「いや、何の練習してるんだ?」


「カーリングだよ」


「で、何やってるんだ?」


「空手だよ」


…頭が痛くなってきたが、それでも同室のよしみで理由を聞いてみる。


「それがどうカーリングに活きるんだ?」


「強い足腰と柔軟なバネ、さらに精神力を鍛える事でよりパワフルなショットと正確な狙いを…」


「うん、なるほど。分からん」


それなら普通に筋トレしろよ、という質問は逆に馬鹿にされそうだが、一応聞いてみる。


「普通に筋トレしたらどうなんだ?」


「普通の筋トレだけじゃ普通の域を出ないだろ。お前馬鹿か」


…馬鹿に馬鹿と呼ばれた。


「やっぱり荒波に向かってストーン投げるとか、滝をスイープで逆流させるとか、そういう修行してみたいよな」


…精神的な事で色々あるかもしれないが、コイツの一番厄介な病名が分かってきた気がする。


…中二病。


そう思うと急に親しみが沸いてくる。


…口が悪いけど。


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