第四章 七月その11

「さて。帰ってうどんを茹でなくちゃ」


僕は席を立ち上がる。


本来もっと早く帰るつもりだったが思いの外練習してしまった。


「そうね。帰ろうかしら」


リューリも席を立ち上がる。


「んじゃ私らも」


野山先輩達も立ち上がる。


僕と黒崎は自転車で。


リューリと野山先輩は徒歩で歩き出す。


「ハナは相変わらずね?」


首からタブレットPCを下げている野山先輩にリューリが呆れたように言う。


そして驚くべきことに野山先輩は七月になってもキャスケット(生地は薄そうだが)だった。


何となく、僕の隣にリューリ、黒崎の隣に野山先輩が並んで歩く。


「…君の家はこっち方向なのか?」


いつまで経っても付いてくるリューリに訪ねる。


「ハナの家から結構近いわよ?」


すると、我が家からもそう離れてはいないはずだった。


日はすっかり長くなった。


少し曇っているせいだろうか。


夕陽の周辺の赤とそのすぐ上に迫っている夜の紺色。


その色合いがとても綺麗だった。


どこから香る夕食の香り。


夕方と夜の境界。


何故だかひどく、堪らない程に懐かしい気分になり、胸が締めつけられるように痛む。


いつまでも、こんな風に皆で歩いていられたら。


そんな事を訳もなく考えてしまう。


でも。


そんな時間は続かない。


道路脇に白いSUVが停まる。


…リョージさんだった。


戸惑いながら、こちらを振り返りながら、リューリが去っていく。


そして、助手席に座る。


車は走り去ってしまった。


野山先輩と黒崎が僕を見る。


『いや、なんでそんなに心配そうな顔をしてるんですか?』


冗談を言おうとして、笑い飛ばそうとして、僕は言葉に詰り。


結局何も言えなかった。

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