第四章 七月その10

練習を終え、再びラウンジにやってくる。


リューリはシャワーを浴びに行った。


ラウンジには黒崎と野山先輩も来ていた。


二人で今日の結果を話し合っているのだろう。


僕は何となく少し離れた席に座る。


同じ部活とは言え、ミックスダブルスでは敵チーム。


その作戦や状態を聞くのはフェアじゃないと思ったのだ。


しばらくして、リューリもラウンジにやってくる。


「お待たせ」


ほのかに香る石鹸の香り。


髪が濡れていないのは乾かすのが大変なためだろうか。


「ハナ、お疲れ様」


「お疲れ。作戦会議中なんだ。聞くんじゃないぞ?」


「心配しなくても聞きませんよ」


僕らは僕らで今日の結果を話す。


もちろん実力的にはリューリには全く及ばない。


でも、きっとカーリングというのは一投一投、一試合一試合、話を重ねることでチームとして熟成していくのだろう。


ふいに、リューリが肩を擦る。


「肩凝り?」


「肩凝りというか、スイープした後にね。肩が強張る感じが、ね。あるの。マッサージでもすればいいんでしょうけど」


「肩、出してみて」


「え…分かったわ」


リューリが言われた通りジャージの上着をはだけ、Tシャツになる。


「触ってもいいかな?」


「ええ、いいわ」


リューリのうなじから肩にかけて軽くなぞる。


何度も何度も温めるように。


「少し俯いて。髪上げてくれるかな?」


「こうかしら?」


リューリが髪を上げてうなじを露にする。


僕は両手の指でリューリの背骨の両側を押しながらうなじから腰の辺りまでなぞっていく。


「ちょっとくすぐったいけど、気持ち良いわね。マッサージの経験があるの?」


「剣道やってた頃にね。先輩に教えてもらった…というか、やらされた。素人があまり力入れるとよくないから。撫でる程度でね」


指でトントントンと、背骨の両側をなぞり、そのまま頭のてっぺんまで。


「頭って…気持ちいいのね。けど頭は洗ってないから。汚ないわ」


「気にしないさ」


しばらく繰り返した後、リューリに右手を出してもらう。


「手を広げて」


「こう?」


僕は自分の左手でリューリの親指と人差し指指の間を挟み込み、右手でリューリの小指の辺りを挟み込む。


そのままリューリの手の平を広げるように力をゆっくり入れる。


そして、両手の親指でリューリの手の平をモミモミとぼぐすように押す。


「これ、すごく気持ち良い」


「手の平はね、ポイント高いでしょ?」


同じくリューリの左手もマッサージをする。


「はい、終わり」


「ありがとう。上手ね。気持ち良かった」


「コホン」


「わへいは大胆だな」


野山先輩の咳払いと、黒崎の感心したような、呆れたような声。


「なんだ、すっかり二人の世界だな」


「いつの間にそんなこんな仲になったんだ?わへい」


その時ようやく僕はTシャツ姿の女性の背中、頭、手を触っているという自分の構図に気付いた。


「…ごめんっ!これじゃセクハラだ。剣道では男子しかいなくて、つい、いつもの癖で。本当にごめん」


平謝りに謝る。


「良いわよ。私の事を考えてくれたんでしょ?練習よりずっと気持ち良かった。またお願いしようかしら」


「リューリが良ければ」


今日何度目かの赤面。


迂闊すぎた。…今度は気をつけよう。


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