第四章 七月その12

日曜日の朝。


僕はきじの鳴き声で目を覚ます。


独特の鳴き声は言葉に表すと“ケーン”とか“ギー”とかになるのだろう。


最初は驚いたし、雉なんて東京では見掛けなかったから珍しくて声を聞くたびに探していた。


まぁ今はすっかり慣れてしまったのだが。


七月も半ば。


軽井沢とはいえ、日中は暑い。


また父の実家にはエアコンなどないので、もっぱら扇風機が活躍する。


かつてはペンションだったという父の自宅は無駄に広く、冬寒く、夏暑かった。


いつものように自分と父の朝ごはんを整える。


「行ってきます!」


そしてまだ寝ている父に声を掛けアルバイトに出掛ける。


外に出ると清々しい空気が僕を包む。


本当に気持ち良い。


それでこのもやもやした、得体のしれない気分も吹き飛ぶといいのだけど。


自転車の側では小鳥がうろちょろしていた。


この小鳥がハクセキレイということを、僕は黒崎から教えてもらった。


白と黒のツートンカラーで尾羽をぴょこぴょこ上下に振りながら歩く。


首から下の黒い模様がネクタイにも見え、頬の模様が髭にも見える。僕はこのハクセキレイを何となく“親方”と呼んでいた。


人間を全く敵と考えていないのか、それともからかっているのか。


最近僕を見掛けては側に来て僕から2~3m距離をあけ、こちらを振り返りながら歩く。


まるで僕を先導するように。


「親方は悩みなさそうでいいな」


するとつばめがやってきてそれをハクセキレイが追い払う。


縄張り争いのようだ。


ということは、僕はハクセキレイから見て、少なくとも縄張りを荒らす外敵とは見なされていないことになる。


「親方も大変なんだな。悪かったよ」


するとハクセキレイは僕の言葉を肯定するように、振り返ると胸を反らした。


そして、再び尾羽をぴょこぴょこ上下に振りながら前を歩く。


それとも先ほどは僕が燕に襲われないように追い払ったのだろうか?


そんなに頼りなく見えるのだろうか。


「…まさか、ね」


自転車に跨がるとハクセキレイはまたこちらを見て、頷いたように見えた。


「心配してくれてるのか?ありがとう。…小鳥にまで心配される程、僕は酷く見えるのかい?何も、心配されることはないよ。何も」


僕は新鮮な空気の中、自転車を漕ぎ出していった。

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