第五章 八月その35

八月も半ばの日曜日。


僕は祖母が入っている介護施設へとやって来ていた。


時間は午後五時を過ぎている。


隣にはリューリも一緒にいる。


だが、今日の目的は僕が祖母に会うことでも、リューリがお父さんに会うことでもなかった。


リューリがリョージさんと不倫をしていた。


その事に対するもう一つのけじめ、精算。


それを僕はリューリから相談をされ、一緒に行くことにしたのだった。


「…本当に付き合ってくれるの?」


「…もちろん。君の悩みは僕の悩みだよ」


「…ありがとう」


リューリが僕の手をぎゅっと握り締める。


「これを乗り越えたら。僕達ミックスダブルスですごく強くなってると思う。だってこれだけ、私生活でも関わってるんだから。お互いのこと、これだけ悩めるんだから」


「そうね。その言葉、今日が無事に終わったらもう一度聞かせて?」


僕もリューリの手を握り返す。


これから起こることを考えると正直胃が痛い。


が、彼女と付き合うと決めた時から、どのような面倒なことも二人で解決すると覚悟していた。




…この日、僕は予め母に連絡をしていた。


父が言っていたように大人の力を借りるつもりだった。


「わへい、来たのね」


母がラウンジにやって来る。


僕はリューリの手を放すべきかと悩んだが。


そのまま握っていた。


僕とリューリの関係を母へ説明することが省けると思ったからだ。


「そちらがリューリさんね」


「初めまして。お世話になります」


リューリが両手を添え、丁寧に頭を下げる。


自然と彼女の腕手は僕から離れていった。


「何度か施設でお見かけしてますよ。機屋はたやさんの所のお嬢さんでしょう?私も軽井沢の出身なの。お父さんは大変だったわね」


「…いえ。母も、いますから」


「あなたのしたことは、もちろん誉められることじゃないけど。精算しようと覚悟を決めたことは素晴らしいわ。私も協力するから。それに…私もよく理解出来るから」


母は少し寂しそうに言った。


「彼女には、先に私から話してあります。心配しないで。怒ってはいないわ。もうすぐ仕事が終わるから、それから四人で食事に行きましょう」


「…はい」


リューリを見るといつもの彼女とは比べ物にならないほど小さく見えた。


顔色はいつもより白い。


思わず彼女の手を握る。


彼女手は小刻みに震えている。


「わへいはリューリさんとお付き合いしているの?」


「うん」


「そう。リューリさんの話し相談乗ってあげてる?」


「…うん」


「わへいさんは…私を助けてくれました。彼のおかげで私、あんな関係を辞めることが出来たんです」


リューリが僕を見ながら言う。


僕はそんな事を言われて思い切り赤面する。




とりあえず二人とも僕の名前は“かずひら”だという事を忘れている気がするが。




それから四十分ほど、僕達三人はラウンジで待っていた。


それは永遠とも思えるほど長かった。


「…お待たせしました」


その時“彼女”が現れる。


僕の祖母を、そしてリューリのお父さんを担当してくれている介護士さん。


…そしてリョージさんの奥さん。


……リューリが今日謝罪しようと決めた相手。






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