第五章 八月その34

「わへい、ありがとう」


リューリがそっと呟く。


わずかに声が震えている気がする。


それが恐怖によるものか、人を叩いた興奮か…それは分からなかった。


「あ、いや何も。ごめん、君のブラシで人叩いちゃった」


「それは、確かに感心できないけど…って頭、血が出てるじゃない」


「…転んだときに擦りむいたかな」


僕も興奮してしまっていたのか、今になって額が痛み始める。


「受付で消毒してもらいましょう」


「大したことじゃないけど…」


「…ダメ。他にも膝とか擦りむいてるんじゃない?頭を打っていたら病院行く必要があるわ」


確かに結構派手に転んだようだ。


「頭は庇ったから打ってはいないと思うよ?腕は擦りむいたかも」


そういえば…色々あったが。


さっき僕はリューリにキスされていた。


もちろん僕の人生では初めての体験だった。


リューリが初めてではないことは、この際考えないことにする。


…なんだか急に照れてきた。


「…どうしたの?頭痛む?」


「いや、その、そういえば思い出して…その、さっきの」


「…さっき…」


リューリも思い当たったようで。


「色々説明が面倒だったから、ごめんなさい。そのわへいなら、私は構わないし、でも、もっと違う状況でするべきだったかしら?」


「僕は、してもらえるならいつでも。ちなみに初めてでした」


「それは…ますますごめんなさい、かしら」


「僕は、ほら、男だから。お構いなく」


「ふふっ。何よ?それ」


「出来ればこのまま二回目といきたいけど。さすがにこれ以上駐車場で続けるのは恥ずかしいね。…思い出したら自分が恥ずかしくなってきた」


僕は靴を脱いだままで。靴下で摺り足なんてしたから、当然靴下は擦りきれていた。


そして手にはカーリングブラシ。


またしても、青春あおはるしてしまった。


「急に…恥ずかしくなってきた。何か恥ずかしいこと叫んでなかった?僕。本当に、すぐ熱くなっちゃって…」


「本当。あなた意外と熱血よね」


「…よく言われる」


「でも、助かったわ。そんなところも含めて。好きだわ」


「……」


…鼻血でるかも。


彼女の一言はそらくらい破壊力が強かった。






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