第五章 八月その26

リューリを一方的に置いてきてしまい、僕はそのまま帰宅した。


試合後の帰宅だったので時間はかなり遅くなっていた。


本当は、普通の高校生であればこのまま自宅のベッドに倒れ込み感傷なりに浸るのだろう。


でも僕の場合、待っているのは夕食の準備その他お風呂掃除、食事の片付けなどの家事。


考える暇がないのは本当にありがたいものだった。


間もなくして父が帰宅する。


その日は二人で食事をする。


「お?どうした?これから食事か?」


「うん。今日は試合だったから」


「そうか。試合初めてじゃないかな?どうだった?」


「なんとかね、勝てたよ」


「おお!すごいじゃないか。これならオリンピックに…」


「無理だからね」


苦笑しながら答える。


「ねぇ父さん」


「どうした?改まって」


「大人はどうして不倫するの?」


一瞬で父の動きが固まる。


「その…どうした?」


「友達が…そういうことで悩んでいてさ」


「え、と。お前の友達っていうと高校生だよな?」


「そう」


「つまり、相手既婚者?」


「そう」


「まぁそのなんだ」


父が水を飲み干す。


「人それぞれの事情があるだろうけど、うん。良いことはないな。お前もわかってると思うけど」


「まぁ苦労はしてるよ」


「…すまん」


「母さんは、たぶんもう怒ってないよ」


「…そうかな」


「うん。もう少し時間くれってさ」


「…そうか」


「父さんは、さ。どうやって終わらせたの」


「…聞いちゃう?それ」


「その子はどうしたらいいかな」


「それは、大人がきちんと大人らしく。大人から身を引くべきだな。というか…それ、一歩間違うと犯罪じゃないか」


『うん。すでに一歩も二歩も間違えたから犯罪かも』


…とはさすがに言えない。


「身近な大人に相談するか。もしくは連絡きても、きっぱり無視をする。着信拒否。それと絶対に合わない。たぶんこれが一番だ」


「きっぱり、か」


「そう。関係終わらせたかったら。非情にならないといけない。」


「そっか」


『さすが経験者』


とも、やはり言えない。


「ありがとう。参考になった」


「でもな。こじれそうならまた相談しろ?自分達でなんとかしようとするな。その…」


父が一拍置く。


「頼りないと思うだろうけど、大人をもっと頼ってくれ」


「…ありがとう」




翌日。


僕は例によって浅い眠りの中でリューリとリョージさんの性行為を見てしまい、寝不足のまま朝を迎えた。




その日は朝から気温が高く、食欲もなく、録に朝御飯も食べずにアルバイトに向かう。


ニュースによるとこれからまだまだ気温が上昇するらしい。


昨日の試合の疲れも残っているのだろう。


普段練習していても、腕は筋肉痛で悲鳴を上げていた。


自転車置き場にはやはりハクセキレイの親方がいて、僕をいつも通り先導してくれた。


自転車まで辿り着くと、親方はじっとこちらを見た。


「えっと。親方どいてくれるかな?」


なぜだろう。親方は尾羽の代わりに頭をくっと下げた。


僕にはそれがため息をついたようにも見える。


「大丈夫だよ。親方」


親方は尾羽をぴょこぴょこと上下に振ると飛び去ってしまった。


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