第五章 八月その27

僕はふらふらとしながら庭園に到着する。


風が吹けば軽井沢の朝は夏でもかなり涼しいのだが。


今日は風がない。


自転車での道中はこんなに長かったか?と思う程にきつい道のりだった。


それでも庭園の湖畔は山から吹き下ろしてくる風が心地いい。


「おはよう」


やはり黒崎が先に到着しており、挨拶を交わす。


「ああ、おはよう」


少し間が空く。


それでも黒崎は“昨日どうだった?”とは聞いてこない。


それは興味がない、という訳ではなく。


彼なりに僕が話してくるまで待ってくれているのだろう。


上手く行っていればすぐに話してくるだろうし、上手くいかなければ、様子でわかる。


つまり黒崎は僕の様子からすでに結果を察しているのだった。


「大丈夫か?いやに汗かいてないか?」


「それほどてまもないよ。寝不足かな?試合の疲れが出たかな」


「試合の疲れはあるだろうな。練習と試合は違うし六エンドスイープしっぱなしはさすがにキツイよな。僕はスキップだから楽さしてもらってる。今度代わるか?」


「いやいや、スキップの重圧は僕には耐えられないよ」


他愛のない会話。


それでも黒崎が饒舌すぎる。


僕に気を遣っているのはよくわかった。


「水分摂りながらやれよ?帽子しっかり被って、体調キツかったら主任チーフに…」


「わかった。わかったから。お母さんか。お前は」


でも心遣いは嬉しかった。


朝礼後、仕事に取り掛かる。


風に当たりながら動いていると少し気分も晴れ、身体も楽になったようだった。


入荷した苗木をショップまで運び、ウッドチップを置き場から一輪車で運んでくる。


さすがに腕が怠いがこれも筋トレと思えば苦にはならなかった。


「おい。無理するなよ?力仕事は代わるぞ?」


休憩時間に黒崎が声をかけてくる。


「思った以上に大丈夫だ。一汗かいたら楽になった。身体にエンジンがかかったみたいだ」


しかし。


自分で楽になったと思っていたが、昼になっても食欲は戻らず。


変な汗もそのままだった。


それでも午後数時間でアルバイトも終わりなのだから、という思いで仕事を続ける。


『今日、帰ったらリューリに連絡しよう』


体調が崩れてくると気分も後ろ向きになってきて。


昨日の後悔が後から後から波のように押し寄せるのだった。


『メッセージ送って…電話して』


そんな事を考えていると。


夢か幻か。


リューリが入園してきたのが見えた。


すでに僕はふらふらしており、目の前の彼女が本物かそれとも僕の幻想か、判断がつかなくなってくる。


「……!!」


何かリューリが僕に近付き言っている。


そうだ。謝らなきゃ。


…リューリに謝らなきゃ。


「…ごめん」


僕がしっかり言葉を発したかは分からない。


そこで、僕の意識は途切れた。


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