第五章 八月その21

第一エンドは相手チームに一点を取らせる展開が出来、有利な後攻で第二エンドを迎える。


だが、悲しいかな僕や旭先輩のテイクアウトが決まらず、ハウスの中に相手ストーンが溜まった状態で黒崎の最後の一投ラストロックとなってしまう。


いわゆる一点を取らされる展開。


これを黒崎がなんとか決める。


もし自分が最後の一投をだとしたら。


ハウスの中心に当たり前のようにドローを決めなければいけない。


そのプレッシャーは相当なものだ。


しかもアイスの状態は試合が進むごとに変わってくる。


今回のシートは霜が降りている状態だった。


こういうシートではストーンは予想以上に進まない。


僕らもストップウォッチを使い、その時のドローウェイトなどを計測はしている。


これが徐々に変わってくるのだが、それに合わせてウェイトを変化させる技術が僕にはまだ、ない。


ストーンをリリースしたときの0.1秒の速さの違いが、数mの違いとなることもある。


それほど繊細なスポーツなのだ。


それを決めきれる黒崎は僕から見たら尊敬に値するのだった。


その後も第三エンド、第四エンド、第五エンドとお互いに後攻で一点しかとれず、三-二で一点のビハインド。


最終第六エンドを迎える。


ここでもし一点しか取れなければ同点で延長エキストラエンドとなる。


ただその場合は相手が有利な後攻のため、スチールしない限り勝ちはなくなる。


そして実力が拮抗している場合、スチールというのは本当に難しい。


この試合ではほぼ負け確定といってもいい。


しかし。


第五エンドが終わった段階で僕と友利はふらふらになっていた。


自分がデリバリーする以外はスイープし続けている。


服は汗でびっしょりだった。


これではリューリの体力不足をどうこう言えない。


「失敗だった。わへい達に軽く食事とっておけ、と言い忘れていた」


「問題ない、です」


先ほども全力でスイープし、肩で息をしながら答える。


体力的にもそうだが、僕の腰がじくじくと嫌な痛みを訴える。


「冷たいアイスの上で二時間近く試合するから。立ってるだけでも体力消費するんだ。ましてやスイープをずっとしていたら身体中のエネルギーも無くなる」


「問題、無し!」


僕は黒崎にカラ元気で答える。


とりあえず買っておいたスポーツドリンクを飲み、呼吸を整える。


あと一エンド。


そしてなんとか自分のデリバリーを終える。


黒崎の順番。


相手のNo.1ストーンをテイクアウトし、No.1を取る。


相手チームのテイクアウトが失敗し、黒崎の最後の一投を残し、一点は確実となる。


黒崎の最後の一投ラストロックが相手のNo.2ストーンよりハウスの中心に行けば僕らの勝ちとなる。


「わへい、ここまで来たらより勝ちたいと思っている方が勝つんだ」


黒崎が言う。


おうよ、もちろん勝ちたいぞ。


僕は親指をぐっと上げる。


「行くぞ」


黒崎のデリバリー。


「ラインはいいぞ!後はウェイトだけ」


ハウスの中で黒崎の代わりにバイススキップをしている旭先輩が叫ぶ。


「落ちてきてるイエスだ!」


デリバリーし、そのまま僕らについてきた黒崎が言う。


「友利!気張れ!」


「は~い~!」


しかし、友利に力がない。


僕も腕がぱんぱんだ。


『腕が…動かない!』


乳酸が溜まりきった筋肉を無理矢理動かす。


「イエス!」


言いながら黒崎も加わる。


「イエス!ハイ!」


ハウスの中から旭先輩も合流し四人でスイープする。


「イエス!!最後まで!」


『…最後まで!!』


「「最後までイエス!!」」


ストーンがハウスの中心で止まる。


僕らの初勝利の瞬間だった。

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