第五章 八月その15

僕達“チーム黒崎”の初めての試合の日。


僕と黒崎はアルバイトを終えかなり早めに集合していた。


練習開始時間は十九時。


まだ十八時で一時間ほどある。


僕と黒崎は二階のラウンジで軽食を取っていた。


少し離れた席に黒崎の妹二人もいる。


二人で勉強したり、ゲームをしていた。


今日は黒崎の両親が仕事のため、妹二人を連れてきたのだそうだ。


黒崎が試合している間、二階のラウンジで親が迎えが来るのを待つとのことだった。


黒崎曰く“家に二人だけで置いておくのが怖い”とのことだった。


なるほど確かにここであればカーリング場のスタッフの目が届く。


スタッフも黒崎や黒崎の妹達の顔は知っているから、安心というわけだ。


「…聞いたぞ。ハナさんから」


黒崎がトマトジュースを飲みながら呟く。


「…どの話?」


「リューリさんの話」


「…僕に何を言わせたいんだ」


黒崎の小出しにする質問に、僕はじれったくなる。


「水臭いぞ。僕にも相談してくれ」


「野山先輩から何を言われたんだ?」


黒崎が肩をすくめる。


「あいつ、リューリの事が気になるくせに傷つくの恐がって動きゃしねぇ。尻を蹴っ飛ばしてやってくれ」


「…止めてくれ」


「確かに余計なお世話だろうけど」


ごくりとトマトジュースを飲む。


僕らが大人になったら飲み屋でこんな話をするのだろうか。


今はとても健全な飲み屋だ。


「僕もハナさんには賛成だ」


「おま、他人事だと思って」


「まぁ、聞きなよ」


「…」


「まぁ、確かにただの横恋慕では、ある」


「…心にダメージを負ったぞ」


「そのまま自分の心に閉まっておけば誰にも迷惑はかけないよな」


「…心を読むのを止めてくれ」


「でも、万が一だぜ?」


「万が一を強調するなよ。泣きたくなる」


「ごめんごめん。万が一か、億が一でもリューリさんがお前になびいたら、さ」


「確率がさらに一万倍下がったんだが」


「気にするな。このままリューリさんが不倫続けて良い方向に行くと思うか?」


「…それが良いか悪いかなんて本人達が決めること…」


「一般論に興味はないよ。わへいの心に、感情に聞いてる」


「たぶん、良くない。というか、許せない。僕が、あの人リョージさんの立場なら、本当に好きだったら…リューリの未来をきちんと考えて…自分から諦めるよ。それが大人ってもんじゃないか?」


「…かも、な。だからもし、わへいにリューリさんがなびいたら、そっちの方が良いと僕も思う。まぁその先に別れたりすることがあるかもしれんが」


「励ますか貶すけなすかどっちかにしてくれよ」


「いや、励ましてるんだよ。また振られたとしてもだよ?わへいが次に行けるだろ」


黒崎の言いたいことがわかってきた。


少なくとも、僕を心配してくれているのは、分かった。


「止めを刺してもらえということ?」


「そういうこと。ゾンビは死にきれないから彷徨うんだろ?きちんと死んで成仏したら、来世があるかもしれないぞ?」


「なるほどね」


僕もトマトジュースを飲む。


喉がからからだが、気持ちが少し軽くなった。


『相談ってこういうことか』


野山先輩も、黒崎もお節介だけど、今はありがたかった。


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